明日も雨が降るように

Suzuki

僕らは『虹』を知らない

 『虹』という気象現象があるらしい。

 空気中に霧状に散乱された水滴をレンズとして、太陽の光が反射し、半円系の七色――赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の帯ができるのだそうだ。雨によってできる弓という意味らしい。その光景はたいそう美しく、見るものを圧倒させたという。けれど、僕はそれを見たことがない。僕だけじゃなく、この時代に生きる誰もが、見たことはないだろう。共存の象徴だというけれど、どだい無理な話だ。


 雨は、ずっと降り続いている。僕の生まれる前からずっと。たぶん、止むことはないだろう。僕たちの体を、空気を蝕み続ける。そしてまた、争いも止みはしない。

 ずっと前、僕らが旧文明や旧時代と呼ぶころに戦争があったらしい。そして、この星は汚染された。今は地下栽培の限られた食料を争って、町同士で奪い合いをしている。いや、奪い合いなんて生易しいものじゃない、血みどろの殺し合いだ。


 奪われれば、飢えて死ぬ。奪わなければ、全員に食料が行き渡らず、やはり飢えて死ぬ。あるいは、殺される。自分たちが生きるために、殺さなくちゃいけない。他の町のやつらは、敵。見つけ次第、殺す。そして、食料を奪うため、襲撃して、殺す。他の大切な人が、死ぬかもしれないから。裏切者も、殺す。自分たちの中でさえ、限られた人間しか生かすことができないのだから。


 生きたところで、いずれ死ぬ。遠からず、僕も10年とちょっとのその生を終わらせることになるだろう。だけど、その時まで守りたいものを守る。だから、殺し続ける。例え幾人を手にかけようとも、僕は生きていたいし、守りたい。

 必要最小限じゃない人を生かすために、余力が欲しい。それを得るために、戦う。だけれど、戦うためには、余力が必要だ。そして、それを得るために。悪循環に入っても、現状維持をする限り抜け出すことはできない。だから、地下都市同士で戦い、時には滅ぼす。ここも、時期にそうなるかもしれない。だけど、その時まで命をつなぐ。

 そこに、『正義』の二文字なんて存在しない。あるとすれば、それは死んでいった者たちだけだ。




「シェーン、生きていたかい」

「ああ、五体満足さ。スティーブの方も無事そうだな」


 スティーブ・エルナンド、僕の友人の一人。生まれが近く、この町でもかなり親しい方だ。僕らの名字は旧時代の適当な名前を引っ張ってきている。だから、全員に名がある。スティーブは左足を敵に吹き飛ばされたことがあり、義足をつけて武器工場で働いている。爆薬や武器は簡単に作れるくせに、食料は限られた分しか生産できないらしい。


「どうだい、食料収集班に配属されて少し経ったけど」

「まあ、やることは同じだ。敵を殺す。そのついでに食料をもらってくるだけだからな。警戒班と大して変わらないよ」

「気をつけろよ? 慣れてきたぐらいが一番怖いぞ?」

「わかってるって」


 ついでに僕のことも紹介しておくと、シェーン・ブラウン、食料収集第二班所属。僕の任務は、他の町を攻撃し、食料を収集、つまり奪うこと。ここに配属されたのは1か月ほど前で、2回襲撃を生き残って来た。何人も殺したし、仲間も殺された。


「アリシアも無事か?」

「ああ。怪我一つないよ、幸運なことにな」


 アリシア・リーネル。僕の幼馴染で、僕と同時に第二班に配属された。スティーブと同じくとても仲がいい。ブロンドの髪が特徴的な、かわいらしい女の子だ。

 男だろうが、女だろうが関係ない。戦える者は戦う。そうでなくとも、スティーブのように武器を作る。総力で戦わない限り、死者が増える。現に第二班のリーダーは女性だ。


 大体、10歳を過ぎて戦えると判断されたら、僕たちは食料収集班に配属される。それまではほとんどが警戒班に所属している。逆に、スティーブのような遠征が不可能なものは武器工場で働いている。食料生産設備は旧文明の遺構がそのまま残っているが、一定量しか生産してくれないのだ。だから、食料収集班が最も層が厚くなる。そして僕らも次々に配属されていく。

 食料収集班の仕事は月に何度か。それがない時は、周囲の警戒に当たっている。警戒班だけじゃ手が足りないのだ。というか、警戒班の仕事にプラスされたと言った方が正しい。


「それはよかった。また会おう」

「またな」


 スティーブと別れて警戒作業を続ける。


 この地下都市は広い。それは、それだけ強いということでもある。僕が生まれる前に、いくつもの町を潰して生産設備を手に入れたらしい。だからといって、安全ではないが。外に出れば毒ガスの雨が降り注ぎ、敵の脅威にさらされる。中にいても襲撃はあるし、爆発事故もある。つまり人が死ぬ。けれど、僕らは生きている。必死に、もがきながら生きている。


「誰だ! って、アリシアか」

「その声はシェーンね」


 反射的に銃を向けあった相手は先ほど話したアリシアだった。向こう側から歩いてきたアリシアと出会ったということは、もう警戒作業はおしまいか。リーダーに報告しなければな。油断してはいけないが。


「そろそろ、襲撃に行くころかしら」

「だろうな。第二班は長らく活動していない。食料も少しピンチだ。誰かを餓死させなければいけないくなる」


 終わらない話題。尽きることなんてありはしない。少なくとも、地下都市の膨大な人数を抱えて何もせずに生存できるほど甘くはない。


「いつまで、こんなことを続けるのかしらね」

「あと何百年もだろうな。少なくとも、僕らが生きているうちに終わらないのは確かだ。このセリフも326回目だ」

「そうね。命を散らすその時まで、生き続けなくちゃならない。絶望する暇なんてないわ」

「だな」


 毎日のように繰り返す。けれど、それくらいしか、考える話題もないのだ。あとは。


「ねえ、何か電子書籍から拾ってきた話題ない?」

「ああ、じゃあ何にするかな」


 旧時代の遺物。電子ではまだ動いているものがある。酸性雨から電気を作っているらしい。


「そうだ、昔、旧文明ができるその前に、すべての道がつながっていると言われる都市があったらしい」

「何それ、襲撃し放題じゃない」

「だな。だが、それでも落ちないくらい、強かったらしい。その代わり、都市の中で戦っていたとか」

「馬鹿じゃないの。そんなくだらないことで死ぬなんて。警戒して眠れなくなるわ」

「確かにそうだな。ある意味、裏切りなんてことが不可能な時代に生まれた僕らは。幸せなのかもしれないな」

「そうでも思わなきゃ生きていられないけどね」


 『裏切り』が平気で存在する世界、か。僕らは、信用しなくちゃ生きていけない。アリシアを、スティーブを、リーダーを、そして町の仲間を。それは、誰だって同じだ。外の世界の過酷さを知っているからこそ、内側は固くなければたやすく崩壊してしまう。よくもまあ、壊れなかったものだ。いや、壊れてしまったからこうなったのか。


「いずれにせよ、僕らは必死で生きるのみだ」

「そうね」


 決意はいくら固くしても、もろいものだ。だけど、それを失った瞬間に僕らは死ぬ。だから、身を引き締めていなくちゃいけない。リーダーに教えられたことだ。


「おーい、シェーン、アリシア、こっちだ。ご苦労だったな。マイケルあとは任せた。私も交代だ」


 班の集合所につくとリーダーにねぎらわれる。キャロライン・スズキ。黒髪黒目、小柄な体格で、僕よりも小さいくらいだが歴戦の勇士で、確か17歳くらいだったはず。食料収集班全体の最年長で、町の中でもかなりの力を持つ。傷だらけになりながらも、数多の戦場を渡り歩いてきたベテランだ。ちなみに2児の母でもある。

 マイケル・リーは副班長。こちらも15歳とかなりのベテランだ。マイケルにも妻と息子がいる。


「よう、シェーン、アリシア。収集班の任務は慣れたか?」

「まあ、大して変わりませんからね」

「私はあまり慣れてないです」

「そうか。それと2人にも報告だ。明後日、南南東にある街を襲撃する」


 襲撃の話を伝えられる。そろそろかとは思っていたが、明後日か。死ぬ覚悟をあらためてしなければ。何せ、一回の襲撃で、確実に死人が出るのだ。いつ自分の番が回ってくるか、わからない。


「わかりました」

「了解です」

「気は抜くなよ。それと、今日はシェーン、アリシア、お前らには別の話もあるからな」


 なんだろうか。リーダーがアリシアに目をかけていることは知っているが、僕まで呼ばれるとは珍しい。


「慣れて来たか聞いたが、まあ、大丈夫そうだな。いつまでも初心は忘れてはならない。だが、平常心を保て。それで、本題なんだが」


 困ったように笑いながらリーダーが言う。


「お前ら、結婚はいつするんだ?」

「え?」

「だから、結婚だよ。もうそろそろ結婚してもいいころだぞ。2人ならお似合いだろうしな。それに、子どもも産まないとな。私もあと1人か2人は欲しい所だ」


 くしゃっと笑いながらリーダーが言う。戦いながらまだ子ども産むつもりですか。


「どうした、お互い気になっているんだろう? 部下を結婚させるのも上司の務めだからな。お前らはお似合いだと思うよ」


 僕よりも低い目線でリーダーが言う。そうだよな、もう襲撃に参加する年齢になったのだから。アリシアは、かわいいし、気心も知れている。そっとアリシアの方を伺うと、同じタイミングでこっちを見ようとしていたのか、プイっと顔をそらされた。女心がわからないのは、今も旧時代も一緒だな。『ツンデレ』なんていう言葉もあったらしいし。


「アリシアは私に似ている。配属された当初は私もそんな調子で、少し臆病だった。シェーンは逆に怖いもの知らずだ。あいつに似ているよ」


 あいつ、という人物を僕は知らない。ただ、恐らくリーダーの亡くなった夫だろうと思った。自分たちに似ているから、相性がいいとリーダーは思ったのだろう。たぶん、僕らを心配してるつもりでもあるんだろう。


「まあ、今のところはいい。だが、頭の中に入れておけよ。人口も減少傾向だからな」


 それだけ言うとリーダーは去っていった。これも電子書籍から得た知識だが、旧時代は平均年齢はずっと高くて、結婚も20歳くらいじゃないとできなかったらしい。今は、そんなところまで生きられない。生きていたとしても、五体満足なのはまれだ。そういう意味では、リーダーはとても珍しい。

 アリシアと結婚か。考えたことがない。生き急がないように考えないようにしてきたから。だけど、もうそんな時期なのかもしれないな。ただ、今は、明後日の襲撃に集中しなければ。結婚なんて、生きてこそだから。

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