第5話銃弾と金塊

 エーラとは連合諸国のうち最後までエルフに抵抗したヒト族の国である。

 それゆえ、エルフのエーラ人に対する取り扱いは非常に酷いものだった。

 100年ほど前エーラに乗り込んだエルフの地主たちは大規模な囲い込みをし土地から大量のエール人の小作人を締め出してしまった。それに追い打ちをかけるようにエーラ人の主食であるジャガイモの病気により飢饉が発生し、生き残るためエール人たちの多くが移民となりエルフランドの都市部へと流れ込んだ。

 彼らは都市部で最貧困層を形成しエルフたちから労働力として酷使された。その苦しみから逃れるため大人も子供も誰もがジンなどの酒に溺れた。酔った母親がジンをスプーンですくって乳幼児に与えたというひどい話まで残っている。

 そんな事情もあってエルフからみるエーラ人に対する評価は、田舎者、酔っぱらい、愚鈍である。

 差別の対象であり、扱いは連合諸国の他人種の中で最下位。プスタリア人、ポロニア人よりも下で、移民として新参者のダークエルフとようやく同じ位の扱いというひどいものであった。

 実際の彼らは貧しくはあるが陽気でフレンドリーである。だが、その行動がどことなく自虐的でもあった。

 彼らのジョークにも自虐的なものが多い。

「お国自慢?そうだね。エーラは雨ばっか。だから庭の水撒きをしなくていいよ」

 ジョークのはずだが何故か物悲しい。

 彼らは顔では笑っているが心の中は悲しみでいっぱいだ。彼らは一人ひとり周りに目に見えない膜を張っている。身内以外に自分の心情を吐露しない。彼らは盛んにおしゃべりをするが、それは一人になったときの孤独をより一層噛み締めるためだとも言われている。

 彼らは人に面と向かってはっきりした物言いをしない。

 はい。いいえ。したい。したくないと明確に表現することができないのである。

 彼らは雰囲気で察してくれよと言うが、彼ら以外にはその雰囲気がわからない。

 このように彼らは物悲しい生き物である。と同時に、彼らの先祖がエルフに最後まで反抗したのをみてもわかるように極めて好戦的で喧嘩っ早い。敵には実にしぶとく反撃をくわえてくる。


 こんな性格から彼らは現在に至るまでしぶとくエーラの独立を諦めていなかった。

 エーラ人過激派がエーラでエルフの警官を暗殺したり爆破事件を起こすことは日常茶飯事。ときには総督府を占拠しようと派手に警官隊と銃撃戦をすることさえあった。

 だが、しぶとい彼らにも悩みがあった。エーラ本国では大量の強力な武器を手に入れることは非常に困難だという問題である。


 エーラ人過激派はその活動に必要な武器を手に入れるためしぶしぶ犯罪者の組織と結びつかざるを得なかった。

 武器を与える見返りとして犯罪者の組織は過激派を助っ人として容赦なく抗争に使った。抗争相手に対して過激派を利用して特攻を仕掛けるのである。

 たとえば抗争相手の親分衆が護衛で周りを固めつつ建物から出て路上の車に乗り込もうとするとき、通りの角から1人のエーラ人過激派が散弾銃やら短機関銃やらを持ってふらっと現れ、そのまま命知らずの突撃をかけてくる。

 突撃をかけられた方は大量の失血を強いられてたまったものではない。

 だから、他人種の犯罪者たちはエーラ人の犯罪組織にかかわるのを極度に嫌がった。


 ところが今回、サルヴァトーレ率いるダークエルフのマフィアたちはあえてエルフランドの首都ベルエンネでエーラ人と抗争することを選んだ。 

 サルヴァトーレはエーラ人はたしかに厄介な存在だが犯罪者集団に必須な組織性に欠けていることに着目して長期戦なら勝てると踏んだのだ。エルフランドではエーラ人の犯罪者組織が一番大きい。これを潰せばエルフランドの闇の世界を支配できる。独裁者エーコによってもたらされた本国での失地回復のためサルヴァトーレはエーラ人たちに食らいついた。

 こうしてベルエンネの下町で両者の抗争が始まった。

 サルヴァトーレは自身の右腕であるジュゼッペを司令として送り込んだ。これに対してエーラ人側も頻繁に特攻を仕掛けてきた。


 抗争は過激を極めたが、世上ではそれほど目立つものではなかった。エルフの官憲にとってダークエルフやエーラ人の犯罪者が何人死体となってスラムの路地裏で転がろうと目くじらをたてるほどのことではなかったから。


 抗争が始まって1ヶ月。

 マリアカリアたちの予備学校終了まであと1ヶ月ほどに迫った頃、サルヴァトーレは抗争に変化が生じたことに気づいた。

 エーラ人の特攻の頻度がかなり落ちている。

 最初は、囮を使い特攻をかけるエーラ人をおびき寄せて一人ひとり始末していくという地道な努力が功を奏したのかとも思えた。しかし、それにしては特攻のかわりに狙撃を受け何人ものこちらの幹部が消されている。エーラ人は意図的に特攻の頻度を落としているのであろうか。それとも……。


 マフィアによるお得意の手段は“待ち伏せ″である。相手の幹部の情報を集めてその情婦の住処や足繁く通う食堂を突き止め、住処から出てくる幹部を向かいの家から狙撃したり、押し入って情婦もろとも銃弾を浴びせたり、食堂のまえを通り過ぎる車の中から掃射したりする。

 時期が来たと感じ取ったサルヴァトーレはそろそろ止めを刺すべく“待ち伏せ“をするようジュゼッペに指令を送ったが、エーラ人の幹部の行方がまるで分からない。

 エーラ人の幹部が潜行しているとするのもおかしい。彼らの名で末端に指令が出ている様子がないのだ。内部抗争でもあったのか。自分たちが誰と争っているのかさえ分からない。これはマフィアたちにとっても厄介な出来事であった。


 +


 同じ頃、“ブラブラする蜘蛛“こと侯爵令嬢エッラも苛立ちを隠せないでいた。

 彼女にとりエーラ人の過激派は治安を守るため情報収集の対象である。

 しかし、彼らとつながりがあるロバート・ボイルという2重スパイの行方がまるで分からない。彼女はロバート・ボイルにどうでもいい情報を流す代わりに過激派の情報収集を行なってきたのだ。

 ほかにも何本かの情報収集のルートがあったが、いずれも収集の内容が不正確であったり情報源がロバート・ボイルのように行方不明となっている。

 彼女はポロニア人の件でみそをつけている。このまま女王陛下の譴責をうけることだけは何としても避けたかった。


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 さらに同じ頃、ドワーフのカール博士も怒り狂っていた。

 彼はエーラ人にしてやられたと思っていた。彼はエーラ人過激派の協力要請に応じ外交官たちの手を煩わせて苦労して調達した武器を渡したのはいいが、それ以降なしのつぶて。向こうから接触をはかってくることもなければこちらから接触することもできない。向こうの様子が全くわからないのだ。


 この、どの勢力も分からなかったエーラ人たちの内情がちょっとした出来事のせいで明らかとなる。そのちょっとした出来事とは……。


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 わたしはこの1ヶ月ほどの間、迷っていた。

 わたしとマフィアとの付き合いを知っても、ゲルトルート、アンヌやイレムたちのわたしに対する態度に変化はなかったようにみえた。しかし、彼らの目がわたしの心をえぐる。彼らの視線にわたしは怯える。

 わたしの態度は何となくぎこちのないものになってしまった。

 分かっているとも。別に彼らがわたしに含むところがあるわけではない。すべてわたしの不安やら焦りやらが彼らに投影されているにすぎない。

 こんなことではダメだ。

 わたしは決心した。


「ゲルトルート。わたしはちょっと出かけてくる。

 少しの間、戻って来られないかもしれない。大学の入学に間に合うかどうかも分からない。

 君は羨ましがりでさみしがりや、意地っ張りのうぶな小娘で、おまけに測りたがる奇妙な癖をもってる。だが、すべての人に優しい。君が誰かに意地悪したところなど見たことがない。いい医者になれると思う。大学では頑張ってくれ」

「ちょっと。たったそれだけの言葉をポンポンぶつけただけで一方的にお別れするつもり?私もアンヌもカリアが決着をつけに何か行動するのを止めたりするつもりはないわ。だって、そういう性格だって知ってるから。

 でも、せめて私たちの言葉を聞いてから出てっいってほしいわね」

「ゲルトルート。わたしはそういうのは苦手なんだ。

 ああそうだ。アンヌ。君はきつい性格の、したたかな女性で、ひどいケチんぼだ。あと……数学の天才でおまけに美人だな。もう褒めるところを思いつかない。とにかく多分立派な研究者になれるだろう。専門外だからわからないけど頑張ってくれ」

「カリアはひどいわね。まあいいわ。とにかく話を聞いて。いくらカリアでもマフィアを皆殺しには出来ないでしょ。そんなことしなくても彼らと手を切る方法はあるはずよ。たとえば亡命しちゃうのよ。ロレーヌ共和国の大使館にアンリ・ポンクレールという2等書記官がいるの。あの、よくドナヒュー座のボックス席に来てマグダに手を出そうとする奴ね。こいつの伝があれば簡単にロレーヌ共和国に亡命できるはず。どう?計画変更してこちらを試してみない」

「君たちがわたしのことをどう思っているかよく分かったよ。わたしは荒野の用心棒じゃないんだ。皆殺しなんてするものか。

 でも、頭が冷えた。亡命はしないが、計画を変更して優しい君たちの助けにすがるのも悪くはないかもしれない」


 +


 まずは情報収集だ。わたしは最終的な話し合いをするためではなく、情報取集のためジュゼッペに連絡をつけて会いに行くことにした。


 季節は冬。

 今年の冬は厳しい。下町もすっかり雪で覆われている。雪のせいで下町特有の貧しさ、悲惨さ、猥雑さも少しは主張を抑えているようだ。

 わたしは毛皮のコートを身にまとい、頭に毛皮の帽子を被り、手は黒の革手袋をはめてそのうえで毛皮のマフの中に入れている。勿論ベレッタを左手に握ったままだが。足には頑丈な編上げ靴を履いた。


「お嬢様。前にこの地区は安全だと申しましたが、ここのところ少々厄介なことになってまして。できれば落ち着くまでしばらく接触を避けていただきたいのですが」

 普段落ちついて貫録を見せるジュゼッぺが気ぜわしくしゃべり、護衛たちは周りの建物の窓や屋上をしきりに気にしている。

「狙撃手?」

 わたしの呟きにジュゼッペが反応する。

「話が早いと助かります。さあ、はやく中へ。寒さと弾丸を避けら」

 だが、皆まで言わせずわたしは黒の皮コートを着たジュゼッペを押し倒した。偶然、目の前の料理店の窓ガラスに光の反射があったのを目に入れたのだ。


 突然、目の前の歩道に積んだ雪がはじけ飛ぶ。


「室内へは避けられませんでしたな」

 わたしとジュゼッペは料理店の前から通りの角に飛び込んだ。

「くっちゃべってる場合じゃないわ。

 (ジュゼッぺの護衛に向かって)お前とお前は料理店の裏手からまわってあの建物の右側を抑えろ。お前とあとの2人は通りを横切ってそのまま向かいの建物の裏手にまわり建物の左を抑えるんだ。敵を建物の中に封じ込めればいい。あとから応援を得て掃討する」

 格上に対する敬意をかなぐり捨てわたしは勝手に指揮をとることにした。


 通りは料理店の前で右に折れ直線で70メートル程いった先に尖った形の建物があってそこから二股に分かれている。

 狙撃手はその尖った形の建物から撃ってきた。


「ジュゼッペさん。一段落するまで敬語はなしにします。それまでわたしが指揮を執るわ。わたしは軍人であなたがたより専門家ですから。

 それよりも敵の狙撃手はいつも一人なの?」

「はい。お嬢様。いままで奴は一人で行動していました。

 それにしても奴のせいで私はお嬢様に大きな借りができてしまいましたな」


 色は様々だが一律にソフト帽、厚手のコート、マフラー、革手袋の集団が駆けつけてきた。もちろん手には散弾銃やらドラム型の弾倉のついた短機関銃を持っている。


「こちらのお嬢様がこれから狩りをして下さる。お嬢様の言うことはなんでも聞け。これは俺の命令だ。わかったな、野郎ども」


 ジュゼッペが集団を威圧した。


 わたしは例の建物を包囲させたまま、連中の1人に下町で下水管理の下請けをしている業者を引っ張ってこさせ、地上の地図も手に入れさせた。

 ジュゼッペの言うところによると、狙撃手は特定の誰かを待ち伏せしているのではなく幹部らしき男を1人だけ撃ち殺すと住民にすら姿を見られることなく逃れ去るらしい。

 そこで、わたしはやつの逃走経路を割り出し、先回りして奴を待ち伏せることにした。かなり時間を食ってしまったが、ここからエーラ人の支配地域までは遠い。たぶん間に合うだろう。


 連中の一人が10才くらいの子供を連れてきた。

「マリアばあさんの孫でさあ。坊主が鳩小屋から女を見たって言うもんですから連れてきやした」

 狙撃手は屋上から撃ってきたらしい。

 子供は自分の家の建物の屋上にある鳩小屋が雪でどうなっているか気になって偶々女の狙撃手を目撃したのだ。

 狙撃手には連れはおらずやはり単独で行動しているらしい。

 子供の述べる狙撃手の特徴は、若い女性。濃い色の金髪を後ろで一本に編んで垂らしている。丈の短い薄いコート。手編みであろう不格好な手袋。スコープつきの短い銃身のライフル銃。黒いゴム長靴。

 子供はその女性と目が合ったらしい。だが、女性は子供を見逃したようだ。


 ……わたしならどうしただろうか。


 わたしはジュゼッペに建物の掃討を任し、5人選んで散弾銃を持たし先回りすることにした。

「たぶん逃げ去っていると思うが、一応建物の掃討をしてくれ。それと屋上に薬莢が落ちていたら拾っといてくれ。掃討の仕方は」

「大丈夫ですよ。お嬢様。私たちはこういうのには慣れていますから。それより無理しないでくださいよ。お嬢様に何かあったら私たちはサルヴァトーレ氏に許してもらえませんから」

「わかった。お互い手早く済ませよう」


 +


 業者に聞いたところ、予想通り例の建物の地下には地下水道につながる竪穴があるそうだ。業者は地下水道に詳しい水道労働者を連れてきていた。

 わたしは地図をなぞって予想した狙撃手の逃走経路を示し、通りから外れ三方を建物に囲まれたある地点を指で叩いた。

「ここに先回りする」

 わたしが予想した狙撃手の逃走経路上、地下水道にもぐり込めるのは7箇所しかない。そのうち6箇所は通りの四つ角にあるマンホール。いずれも人目につきやすく、銃を持って入り込むのは不可能だ。狙撃した女性が出入りしているのはわたしが指で叩いた地点しかありえない。

 ここまでの情報を得るためわたしは酔った水道労働者の顔に雪玉を押しつけ正気にかえらせるという作業をしなければならなかった。


「お前もマンホールを開けるための道具なりなんなりを持ってついてこい」

「地下水道にもぐりこむんで?」

「わからん。とにかくまずはこの地点の周りの建物を調べる。ここ以外の6箇所は念の為に住民に見張らせておけ」


 わたしたちは馬力のある大型の自動車に乗り込み、住民に指示を与えつつ目的地に向けて自動車を走らせた。


 水道労働者に聞くと、その地点はすくなくとも2年は誰も巡回していないらしい。着いてみると、その地点にはひどいやっつけ仕事のバラックが建っていた。

 周りの建物は皆窓にガラスはなく戸も破れて中に雪風が入り込んでいる。


 わたしは水道労働者にバラックを見張らせ、まずは周りの建物に突入した。従うソフト帽の男たちは嫌そうにしながらも靴でゴミを蹴り飛ばしてついてきた。


 建物の中にはひどいボロを集めて身にまといながら凍えている老人たちしかいなかった。

 わたしは老人たちに小銭をばら撒きバラックの様子などを聞いたが満足な答えを得られない。

 そこで、ソフト帽の3人に建物内で見張りをするよう指示を出し、外に出てバラックへ向かった。見張っていた水道労働者は変化がないと言う。


 仕方がない。


 残りのソフト帽の2人にバラックに向かって散弾銃で銃撃をくわえさせ、ベレッタを片手にわたし自身がバラックの戸を蹴破って中に突入した。


 バラックの中には汚い身なりの子供が一人、腕を身に巻きつけ蹲って震えている。それと薪をくべて沸かしている鍋と水桶、大きな布切れがあった。梁には洗濯縄がかかっている。


 わたしは急いで水道労働者を呼び寄せてマンホールを開けさせ、竪穴に耳をそばだてる。


 まだなんの物音も聞こえてこない。

 わたしは子供に合い言葉でもあるのかと小声で尋問したが、震える子供はなにも答えなかった。ソフト帽の男たちが子供を蹴ろうとしたが、止めさせた。その代わり、大声で金をせびる等脅せと命じておいた。


 男たちの大声と子供の泣き声が辺りに響きわたる。


 しばらくすると、流れる下水をバシャバシャ踏んでこちらにむかってくる足音が聞こえてくる。


「何度も言い聞かせただろう。バラックに入ってくるなって。出て行け。乞食共」

 竪穴から怒声が響く。


 水道労働者が懐中電灯でおびき寄せた狙撃手を照らし、わたしとソフト帽の2人が下に向かって銃を突きつけた。


「銃を両手で頭の上にあげろ。ドブネズミ」


 かなり臭い狙撃手の女性を武装解除したうえ、わたしは銃を突きつけたまま湯浴みをさせた。もちろん男共には背を向けさせてだが。


 外の3人に周りの状況を確認させた後、わたしは汚い作業着に着替えあまり役に立つとはみえない綿のコートを羽織った女性に3つだけ質問した。


「名前は?」

「……モーリン。モーリン・オハラ」

「何人殺した?」

「……」

「ドワーフの協力者か?」

「ちがう」


 モーリン・オハラは目撃通り濃い金髪の15、6才ぐらいの小娘だった。目の色は緑。目付きは悪い。ほっぺたは真っ赤。鼻はエルフと違い小さく可愛らしい。栄養不良なのか痩せている。手はやや大きい。


 わたしはモーリンと子供を連れて撤退することにした。


 +


 わたしはモーリンと子供を同じ部屋に入れて尋問することにした。

 部屋の中では奥の机のところにジュゼッペが座り、その横を本国から兵隊としてスカウトされてきたばかりという若い男が立って2人を警戒した。

 わたしは毛皮のコートを脱ぎドレス姿になって部屋の真ん中にある机に腰掛けた。もちろん手には革手袋をはめたままである。モーリンと子供はその机に面して椅子に座らされている。つまり、彼らはわたしと対面した形となっている。

 子供は相変わらずブルブルと震えている。モーリンはその厚ぼったい唇を噛みしめてこれから起こることへの不安に耐えているようだ。

 わたしがドレスの腕の部分に沢山ついている飾りボタンを弄おうと右手を持ち上げると、モーリンの肩がピクリと反応した。


「いい銃だな。木目も綺麗だ」

 わたしは弾丸を抜いたモーリンの銃を机のうえから取り上げた。

「モーゼル短型騎兵銃に民間の4倍望遠照準鏡つき。ザールラント製だな。お前はわたしにドワーフの協力者ではないと言った」

 わたしはモーリンの緑色の目をのぞき込んだ。

「では、なぜお前がこの銃を持っている?人殺しらしく誰かを殺して奪ったか?考えるまでもなくそうに決まってるな、人殺しめ」

「ちがう」

「なにがちがう。貧乏なお前が買ったなどと到底考えられんよ。ドワーフがこんないい銃をただでくれるはずはないしな」

「ちがう。私は同胞を守ったんだ。ただの人殺しなんかじゃない」

「なにを訳の分からぬことを言う。人殺しは人殺しだろう。ただの人殺しとそうでない人殺しがあってたまるか」

「お前こそ人殺しだろう。私はみんなを守るためにやったんだ」

「おかしなことを言う。お前の目の前でその同胞というのやらが殺されかけていたのか?お前は地下水道を通ってこっそり近寄り、まるで狩りにでも行くように笑みを浮かべながら訳も分からず立ちつくしている人間を狙撃して回っただけではないのか。お前は実際に殺されかけている人1人でも狙撃で助けたことがあるのか?仮にそうだとしても人殺しには変わらんがな」

「……黙れ」

「なあ、人殺し。人殺しは楽しかったか?スコープ越しに人の脳漿が飛び散るさまを見て楽しくてしょうがなかったんだろう?違うのか。どうなんだ、人殺し」

「黙れ。やめろ。ちがう。お前の言うことはみんなでたらめだ」

「自分がただの人殺しだということはお前が一番よく分かってるはずだ。でたらめか?7人も殺しておいてよく言えるな、そんなこと」

「やめろ。もうやめて。あんた方に告げることは何もないわ。もういいから何も言わずにさっさと殺して」

「なにを甘いこと言っている。人を殺そうとしたとき覚悟しなかったのか。お前は何を言われようと黙って耐えなくちゃいけない立場にあることを忘れるな」


 モーリンは目を固くつむり両手で耳を塞いで顔を膝に押しつけ肩を震わし、そして泣き始めた。


 わたしは耳を塞いでるモーリンの手をどかし質問を続けた。

「最初の質問にもどるぞ。銃をどうやって手に入れたんだ?」

「……もらったわ」

「誰に?」

「……」

「娘が人殺しなら父親も人殺しだろう。人殺しの父親からもらったんだな?」

「父さんは人殺しではない。殺されたんだ」

「じゃ、誰にもらったんだ。はっきり言ってみろ。わたしはお前に人殺しをさせたのは誰かと聞いているんだ」

「アーネスト・オコーナー。わたしに人殺しを命じたのはこいつ。わたしはやりたくなかったんだ。でも、もう人がいなくなって……」

「命じた人間と銃をくれたやつは違うのか?」

「銃は党の人がくれた。アーネストは自分じゃ何にもしなくて党の人に命じるだけ」

「アーネストというのは犯罪者か?」


 モーリンが頷く。


 大体確認すべきことは確認したが、まだ残っている。仕方がない。


「おい、ガキ。お前はそこの小娘が人殺しに出かけているのを知っていたな。湯を沸かしてあそこで人殺しを手伝っていたわけだ。人殺しを手伝ったものは人殺し同様罰を受けなきゃならないことはわかってるな」

「ちょ、ちょっと待って。パトリックはただ私についてきただけ。何にもしてない。私のために食料運んでただけ」

「なお悪い。命じられたのではなく、自発的に自分で覚悟を決めてお前の人殺しを手伝ったんだ。殺されても文句は言えまい」

「そんな。パトリックはまだ小さいの。まだ8才なのよ。どうか。どうか憐れんで頂戴。お願い。代わりに私がどんな殺され方をしても文句言わないから」

「馬鹿か、お前は。代わりになれるほどお前の罪は軽いのか?それに死んだ人間にとってまだ小さい小さくないなんて関係ないだろう。やったことの報いは受けろ」

「お願い。お願い。どうか憐れんで。お願いします」


 モーリンは両手をあわせてわたしに懇願しだした。


 それを見て今まで立木のように黙ってただ突っ立っていたジュゼッペの護衛の男が突然話し始めた。

「お嬢様。わっしらダークエルフは子供には手をかけやせん。女にしたってなかなかのことがねえ限り殺りゃしません。2人にどうかお慈悲をかけてやってくだせい」

「口を閉じてろ。別にわたしが裁くのではない。こいつらにだってやったことに対する覚悟というものがあるはずだ。わたしは今が報いを受けるときだと教えているにすぎない。この際、はっきり言っとくが、わたしのことをお嬢様と呼んでいいのはサルヴァトーレ氏とジュゼッペさんだけだ。お前たちにまで言われると虫唾が走る。お前たちはわたしのことを少尉殿と呼べ。そして、わたしがお前たちに何か命じたらはっきりと『わかりました。少尉殿』と答えるんだ。では、命令する。お前は邪魔だから外に出てろ」

「……あの、わっしはジュゼッペさんの護衛で」

「返事は?」

「……」


 わたしが一歩前に出るまでにジュゼッペが男に対して頷く。


「わかりました。少尉殿」


 男は部屋の外に出た。


 だが、わずかだが間があいたのがいけなかった。


「なにさ。お嬢様だって。少尉殿だって。あんたなんて鬼よ。人殺しの軍人じゃない。あんたなんかに私たちを裁くことなんてできやしない」

 モーリンは狂ったように叫びはじめた。

「裁く資格なんてあるもんか。同じ人殺しじゃないか。あんたなんかに殺されてやるもんか。いやいやいや。あっちいけ。みんな消えろ。消えちまえ」

 わたしは暴れはじめたモーリンを椅子に突き返し平手でビンタをくれてやった。

 すると、モーリンは息を溜めわたしの顔に唾を吐きかけようとした。

 わたしは唾を吐きかけようとした瞬間を狙ってモーリンの頬を拳で殴った。

 血の混じった唾が部屋の隅に飛んでいく。


「悪いな。自衛行為だ。唾をかけられるのは嫌いでね」

 殴られて顔を横に向けさせられたモーリンにわたしは告げる。

「ガキが本当に人殺しを手伝ったんならわたしにできることは少ない。でも、何も知らずにいたのなら手伝ったことになるまいな」


 モーリンは一瞬私が何を言っているのか解らないようだったがすぐに食いついた。

「そうよ。パトリックはなんにも知らなかった。なんにも。だからパトリックは人殺しを手伝っていない。だからパトリックは死なない。殺されない」

「じゃあ、質問だ。モーリン。食料はどこからもらってきていた?誰がバラックに残っていたジャガイモをくれたんだ?」

「党の人」

「具体的には誰だ?」

「ヒュー・オドネル隊長」

「これで最後だ。あと何人、党の人は残っている?」


 +


 別室でわたしはジュゼッペと得られた情報の確認をした。

「モーリンがドワーフの協力者じゃないと断言している以上、エーラ人の過激派に対するカール博士とかいうドワーフの影響は切れましたわね」

「ドワーフはエーラ人に武器のあげ損になったわけですな。お嬢様」

「でも、エーラ人はザールラント製のいい武器を得たわけだからこれから苦労なさるでしょうね。ジュゼッペさん」

「おや。手伝ってくれないわけですか。お嬢様」

「今まではサービス。ここからはビジネスになるけど、よろしくて?」

「サルヴァトーレ氏に聞かなくてはなんとも一存では決められませんね。早速連絡してみましょう」

「わたしの予想だと向うでは大変なものが落ちているはずだわ」

「どういったものでしょうか?サルヴァトーレ氏に是非お伝えしませんと」

 知っているくせにジュゼッぺはとぼけるのがうまい。

「向こうにあるものは、まず死体の山。これは確かね」

「はい。私もそう思います。お嬢様」

「そして、たぶん宝の山。エルフランドで大きな落し物をした人たちがいるはず。それを調べといて頂戴な。調べてくれたら手伝うこともやぶさかではありませんわね」

「お嬢様に手伝っていただくと、かえって高くつきそうですな」


 ジュゼッぺが凄みのある笑いを浮かべた。


 +


 わたしはモーリンとガキのいる部屋に帰りガキにチョコレートをやった。

 随分と悪役を演じたから疲れてしまったのだ。

 わたしはエルフランドのチョコレートを好かない。変な甘さとザラザラとした後味が気に入らない。だからチョコレートはいつもメラリアから送ってもらっている。ガキにやったのもそうだ。

 だが、ガキは頑なに受け取ろうとしなかった。

 それで、わたしは言わなくてもいいことを言った。

「お前がここで意地を張ろうがどうしようが、誰も知らないし誰も褒めないよ。人生短いんだ。もらえるものはもらっておけ。食べられるものは食べておけ。終わるときになって後悔しても遅いぞ」


 ガキは泣いてしまった。


 わたしはモーリンにもチョコレートをやった……。


 +


 3日後。

 わたしはエーラ人支配地域にある丘の上から双眼鏡で下にある農家の建物と倉庫と豚小屋を観ていた。

 ジュゼッペは大急ぎで強力な武器をかき集めたが、ポロニア人からたった11丁の狙撃銃を買い得ただけだった。それらは安くて頑丈で信頼性の高い銃であったがいかんせん銃身が長くて目立った。

 わたしは今、狙撃銃を担いだ11名を含む57名の部下を率いて最後の局面に立ち会っている。

 思ったとおりこれまでのところエーラ人の抵抗はなかった。エーラ人には指揮をするものがいないのだ。


「少尉殿。酒場や売春宿、賭博場を皆んな押さえたのにまだなんかすることがあるんですかい?」

「大有りだ。ここ一番の勝負どころだ」

「エーラ人の親分やら幹部やらが下の農家に隠れてるんですかい。それならそうと、早いところ片付けちまいましょうよ」

「エーラ人の親分とか主だった連中はもうこの世にいないよ。独立党とかいう過激派に何週間も前に消されている。もともと過激派の連中は武器が欲しくてお前さん方の商売敵の手助けをしていた。図に乗った犯罪者たちは過激派を手駒として使いつぶしはじめた。特攻をかけてきたのは皆んな過激派の連中。当然人数も減るわな。不満も溜まる。そんなときエーラ人の親分が大儲けの話を仕込んできた。奴ら、仕事に過激派の連中を使い無事成功。そこで何が起こったと思う?」

「山分けの取り分の話でもめたとか?」

「さすがだな。餅は餅屋か。それで殺し合いがはじまったんだが、間の悪いことにお前さんたちが極めて強いちょっかいをかけてきた。過激派の連中も犯罪者集団も一枚岩ではない。それぞれの一部がそれぞれの一部と結びつこうとしたり反目し合ったりしたわけだ。エーラ人は組織性が弱いからな。結局、ヒュー・オドネルという過激派の幹部にアーネスト・オコーナーという小悪党とかがつるんで、例の小娘1人をダークエルフに対しての捨て駒に使って時間を稼ぎ、その間に内部を統一しようとした。が、どうやら失敗したようだ。なんといっても過激派は7人しか生き残ってない。しかも戦闘に耐えられるのはもっと少ない。その少ない生き残りたちが下の農家に隠れているというわけさ。酒場で捕まえたアーネストの連れがすべてしゃべって裏が取れている」

「そうだったんですかい。それならなおさら早く片付けちまいやしょう。あっちは7人以下、こっちは58人。負ける要素がないじゃありませんか」

「ふーん。そういうことを言うんだったらお前が先頭に立つかい?わたしはおっかなくてできないがね。相手は軍人じゃないけどそれに近いプロだし。ザールラント製の武器を備えているし」

「いやいやいや。俺たちは素人ですからここは軍人さんに指揮してもらった方がよっぽどマシっていうもんですよ。そうだ。そんなおっかないんだったら放っとけばどうなんで。過激派の連中がヤクザじゃねえんでしたら、俺たちと競合しませんぜ」

「いいこと考えるな。でも、それは無理だ。この下の農家に宝の山があってそれの確保が必要だからな」

「宝の山とはなんなんで?」

「金だ。正確には金の延べ板の山だ。連中の大儲けの話とはポロニア人の金の延べ板を奪うことだったんだ。どうする?命惜しさに逃げるか?」

「い、いや。そんな話を聞くと引けません」

「だろう。そこで、わたしがここにいて57人のボンクラ共を指揮するということになっているわけだ。わかったら、わたしの命令には絶対服従だ。いいな?」

「あ、あのう。大変申し上げにくいんですが、少尉というのは将校さんのうちでも一番下の方になるんじゃありませんか?」

「そうだよ」

「じゃあ、指揮の経験も少ないんじゃないのですか?」

「なるほど。お前はわたしの指揮能力を疑っているわけだ。だが、心配は無用だよ。幹部養成学校というのを知っているかい?わたしはそこの出身者だ。くる日もくる日も演習漬けだった。演習で何をするかといえば、かわりばんこに大尉の役をやって同級生100名を指揮して模擬戦をする。こればっかりだった。そのくせ教官殿の評価はきつく、本日の演習見るべきものなし。評価なしばかり。こんな地獄のような体験をしたわたしだ。指揮ができないわけがないだろう?安心しろよ」

「……」


 +


 眼下の敵の動きを十分確認して結局、わたしが先遣隊をともなって農家の倉庫に突入すると、金の延べ板の入った小箱の山を前に男が一人煙草をふかしつつ箱に腰掛けて待っていた。箱の上にはブローニング・ハイパワーという自動拳銃が置いてある。


「貴様がヒュー・オドネルか?」

 わたしが呼びかけると、男はただ肯いた。

「一戦望むか?」

 わたしが箱の上にある拳銃の方を顎で指しながら尋ねた。

「いや、もうその気力がない。俺はただ誰が一番乗りするか見届けるために待っていただけだ」

「自殺するのかい?」

「ああ。気が向いたらね」

「なぜ金をもって逃げ出さなかった?」

「どこへ?エーラに逃げても言われることは同じ。金があるんだったら首都ベルエンネで武器を買え。だが、無理だ」

「お前たちが仲間割れで武器の売買を仲立ちしてくれる連中を皆んな殺してしまったからな」

「そのとおり。俺たちよりよくわかってんじゃないか。こっちの方じゃ、そういうことすら分からずに殺し合った」

「アーネスト・オコーナーも死んだか?」

「ああ、俺が殺った。金を持ち逃げしようとしたからな。あんなに仲間を犠牲にしてそれはないからな」

「お前が戦う気がないんだったら残りの連中にダークエルフ200人とやりあっても勝ち目はないと伝えてくれないかな。無駄なことはしたくない」

 男は笑った。

「俺たちの方にはたった6人しかいないのに大法螺吹くか、普通?精々50人程度だろう」

「惜しい。もう少しいる」

「見くびって悪かったな。計算弱いんだ、勘弁してくれ。正解は52人だな」

「いや、正解は87人だ」

「ふん。嘘コケ。でも、58人にはかなわないから降参するように伝えてみるよ。でも言うこと聞くかどうかはわからないぜ」

「ああ、それで結構だ」

「よし。聞いたか、ダニエル。ひとっ走り行ってこい」

 床下からネズミのように子供が出てきて駆けていった。

「相変わらずエーラ人の子供はネズミみたいだな」

「子供だけじゃないよ。先祖伝来、大人も子供もみんなネズミの真似してエルフ共から逃れて生き延びてきたんだよ。それはそうと、この金の山どうするね?どうしようと、もう俺たちには関係ないがね。好奇心で聞いてみたかったんだ。一番乗りしてくる奴はどう答えるのかってね」

「貴様はもしかして一番乗りはエルフだとは思っていなかったのか?それも“蜘蛛”とか言われてる女の手先が」

「ああ、そうだ。一応、情報通らしいからな。ここがどうなってるか一番早く予想すると思っていた。だが、期待ははずれた。なんと一番乗りはダークエルフの女狐だった。あんたの名前を教えてくれよ。土産にしたい」

「メラリア王国国家義勇軍少尉マリアカリア・ボスコーノだ。さっきの質問の答えはたぶんポロニア人に返す、だろうな」

 うしろからジュゼッペのつけてくれた部下が叫ぶ。

「そりゃないですぜ。少尉殿。俺たちがあんなに苦労して手に入れたのを返すって、どんな聖人様ですかね」

「こんなはした金、手に入れてもそれだけのこと。これを返すことによって得られる利益はかなり大きい。ボンクラのお前たちは理解できないだろうが、サルヴァトーレ氏はそこらへんよく理解している。問題はないさ。

 ところで、今俺たちが苦労したとかなんとか理解できない言葉を聞いたが、ちゃんとわかるよう説明願いたいな。お前たちのしたことはただわたしの後ろについて歩いただけ。これがなんの苦労なのかな?」

「……」


 ジュゼッぺの部下はそれっきり黙りこくったが、代わりにヒュー・オドネルが笑いこけた。


「ハハハハハ。はした金か。意外に大物だな、お前」

「もう名乗ったんだ。お前じゃなくて、“少尉殿”と呼んでくれないかな。ヒュー・オドネル」

 わたしがこう返すとヒューは笑いながら首を振った。


 ヒューが言ったように普通に考えたのならエッラの手先が一番乗りだろう。出し抜けたのはわたしがモーリンを捕まえたからだ。

 幸運だった。幸運すぎると言ってもいい。これでアンヌたちと一緒になって考えた計画が一足飛びに実現しそうだ。今やサルヴァトーレもエッラもポロニア人もここにいるヒューたちもわたしの掌の上に乗っかっているといってもいい。

 これを利用してわたしは誰に対しても対等の地位以上に立ってやる。


 +


 ポロニア人の金とエーラ人過激派の生き残りの身柄を確保したわたしは話をつけるため一旦ジュゼッペのところへ戻った。


「すべて順調に運んだわけですな。お嬢様」

 ジュゼッペはエーラ人の制圧とポロニア人の金の確保に成功したのでご機嫌だった。

「まだまだはじまったばかりよ」

 わたしはポロニア人の金の使い道について説明しサルヴァトーレ氏の了承をとってくれるように頼んだ。ジュゼッペは意外にもポロニア人に金を返すことについて異論を挟まなかった。彼は生粋のマフィアであり恩義というものがどれほど人を縛るのかよく分かっていた。

「それと、エーラにいる過激派の連中に武器を売る話もしといてね。ますます商売が大きくなることにサルヴァトーレ氏もさぞお喜びになるでしょうから」

「でも、エルフどもに目をつけられる危険も背負い込むことになりますからサルヴァトーレ氏が手放しで喜ばれるとは限りませんよ。お嬢様」


 お上の目をくらまし悪事をするのがお前たちマフィアの仕事なのだから危険は承知のはずだろう。なにを分かりきったことを言う。

 一瞬鼻白む思いをしたが、冷静になるとわたしにも分かった。この老人はわたしからの借りがますます大きくなることに不安を覚え釘をさしてきたのだ。


「これくらいのことではまだまだですよ。ジュゼッペさん。これからはもっともっと大きな賭けがはじまりましてよ。フフフ」

「ハハハ。老いた身には眩しい限りでございますよ。お嬢様」


 わたしには精々大きく転ばないよう気をつけなさいなと老人の目が語っているようにみえた。


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