第125話 チェスガン襲撃前夜

フローラが【歌姫】の【職種】につけたお祝いとして、美声のネックレスをプレゼントしてから3日が経過していたのだが、自分は毎日フローラの歌声を町外れの広場で聞いていた。


「お兄様、どうですか!?」


「うん、完璧だよ。よく、僕の鼻歌レベルの曲を再現出来るね」


実はモロットには音楽的なものが売っているお店が無いのも理由にあるのだけど、モロットにずっといる人には、音楽というものには全く馴染みのない娯楽だった。


あとは、お母さんは見た目からは想像出来ないレベルの音痴という欠点もあり、うちの実家内では音楽を歌う者はいなく、フローラは今まで歌うという行為をしたことが無かった。

 なので、フローラはチェスガンで流行っていた曲を教えて欲しいと言われた時は、チェスガンで全く曲を聞いていなかった自分は困ったのだが、そこで前世ではアニメやアイドルの曲を覚えていたので、自分が好きな曲ってことで、鼻歌でフローラにいくつもの曲を教えていた。

 ついでに、覚えている範囲の振り付けを教えて上げると【歌姫】の効果なのか、あっと言う間に自分以上の再現度でコピーしていた。

 

「お兄様が好きなものは全て私も好きになりたいので頑張りました!」


「そ、そうなんだ……あまり無理しないようにね? それにしても、そのコピー能力は、踊りや歌関係以外にも適用されるのかな?」


「コピー能力ですか?」


「うん、例えば僕の使うスキルをフローラが見て真似できるのかなと思ってね」


「どうでしょうか……お兄様に教えてもらった曲や踊りは、何となくですが頭の中で私が動いているイメージが湧いてきて、身体をそのイメージ通りに動かせば再現出来ているのです。なので、スキルを見せて貰って、私が動いているイメージが湧いてきてら再現出来るかもしれません」


「なるほどね……ちなみに、これは見える?」


自分は右手に【魔導剣】を出して、フローラに見せてみる。


「えっと、右手を握って前に突き出している様に見えますが……お兄様は何かしているのですか?」


「やっぱり見えないよね。一応、右手に無属性の魔法スキルで作った剣を握っているんだよ」


「剣ですか……? すいません、分かりません。」


「いや、僕もフローラにコピー能力をって話をしておいてアレだけど、僕の戦闘スキルって無属性ばっかりだから、フローラには見えないから、再現とか無理だなと思ってね……」


もし、スキルのコピー能力などがあったら凄いなと思ってのだが、自分にはフローラに見せられるスキルが無かった……


まあ、すぐに検証しなくても良いかな。


「フローラさん! そこの男は誰だ!」


「ん? あれはグロスくん?」


広場に大きな声と共に入ってくる人がいたのだが、そこにはフローラの幼なじみのグロスくんが居た。


何でこんな町外れの広場は、極稀に野生動物なども出てくるので、子供がひとりで来るのは禁止されている筈なんだが……何でひとりで来てるんだ?


「あ? 何で俺の名前を知っているんだよ」


やっぱり、グロスくんは態度が悪いが、まだ5歳だし、仕方ないのかな……?


「お兄様になんて口を利いているのですか!? 殺しますよ?」


……フローラの言葉使いの方が、もっと悪かった。


これは冬休み中にでも直しておかないと、学園に入学したら大変だぞ。


「お兄様だと? ……この人がフローラさんのお兄さんだと?」


あれ?


自分がフローラの兄だと分かると、急に自分の見る目が鋭くなったぞ?


「そうですよ! 先日の祝福の時も居たでしょう!」


「……フローラさんしか見てなかったから、分からないが……そうか、お前が例のお兄様か」


自分はグロスくんに何もしていない筈なんだけど……親の敵みたいなレベルの殺意に近いものをグロスくんから感じるぞ?


「例のお兄様? ってか、僕はグロスくんに何かした?」


「俺はお前が居るせいでフローラさんと付き合えないんだ!」


「え、なにそれ?」


「私はお兄様がいるのに誰かと付き合うだなんてあり得ませんって言っただけですよ。」


「あ、うん。何となく分かったけど……」


「こんな弱そうで冴えない兄の何が良いって言うんだ! 俺なら将来、力一つで英雄になってやる!」


「超天才のお兄様にあなたが何かに勝てると思っているの?」


「こんな奴に勝つなんて余裕だ。何なら今ここで戦っても良いぜ。」


「お兄様、グロスに身の程を教えて上げてくれませんか?」


「いやいや、僕とグロスくんでは年齢差があるし……グロスくんは【職種】を取得したばかりでしょ?」


流石に年下のグロスくんと戦ったら、いろいろと不味いだろう。


「ああ! 俺は【闘獣士】になったから、誰にも負けない!」


【闘獣士】って、確かチェスガン学園にも居たな……えっと、確か獣人族の格闘技が得意な特殊【職種】だったかな。


ブラットの【グラディエーター】とか【ドラグナー】に比べると数段見劣りするけど、近接戦闘ではかなり強い【職種】な筈……グロスくんが自信満々なのは当たり【職種】を貰えたのもあるのかな?


「お兄様?」


「いや、フローラがそんなに可愛く見てきてもグロスくんとは戦わないからね?」


「か、可愛いだなんて!」


「チッ! やっぱりお前は倒さないと気が済まないぜ! 俺と戦え!」


どうしよう……


とりあえず、グロスくんと戦うのは不味いだろう。


ブラットやエレナとは親が公認だからな……そうか。


「子供同士だけで戦うと僕も困るから、グロスくんの親が戦いに見に来るのなら戦っても良いよ」


「本当だなっ!」


「うん、ただし危ないことは出来ないし、回復の為にうちのお母さんも来て貰うからね」


「早速、親に話してくるぜ!」


そう言うとグロスくんはすぐに広場から走っていった。


「……面倒なことになったね」


「すいません、お兄様。あんなのが幼なじみだとは」


「うん、フローラに猪突猛進って感じだね。さて、グロスくんの親はどうするのかな……」


「グロスの親は似たような性格なので、多分戦いになりますね」


「そうなのか……出来れば、親が断って欲しいけど」


子供の1歳差でもこの世界では、かなりの差が出るのに、自分、グロスくんは約3歳も離れているからな。


普通の親なら戦わせない筈なんだけど。




☆ 



結局、グロスくんとは両方の親立ち会いで戦う事になった。


「本当に戦うことになるとは……」


「さっさとやろうぜ!」


普段着の自分に対して、グロスくんは腕や足に皮製のガード、あと皮製の胸当てを付けており、子供にしてはかなり本気装備だった。


これは確実に親の後押しがあるんだな……


グロスくんの後ろを見ると、巨体の厳つい獣人族のおじさんがおり、あれがグロスくんのお父さんだろう……ん?


グロスくんのお父さんは何故か青い顔をして……ちょっと震えてる?


対して、自分の方は笑顔のお母さんが回復の為に来てくれていた。


まあ、怪我をさせる気は無いけどね。


「いくぜ!」


戦いが始まると、グロスくんは真っ直ぐに向かって来て、殴ろうとする。


……やっぱりブラットに比べたら遅いな。


ガキンッ!


「何だと!?」


グロスくんの拳は自分の直前で、自分の身体表面に膜のように張った【魔導壁】により防がれる。


ガキンッ! ガキンッ! ガキンッ!


「くそっ、何て硬さなんだっ!」


グロスくんは必死に自分を殴っているが、自分は【魔導壁】に守られていていて、多分グロスくんから見たら、自分は何もせずに立っているだけなのに、一切ダメージが入らないし、硬いものを殴っている感覚で不思議がっているだろう。


ちなみに、自分の作戦はひたすら守って、グロスくんが諦めるのを待つだった。


それからグロスくんは3分位殴っていたが、やっと息切れして、苦しそうな表情になっていた。


「はぁ、はぁ……どうなってるんだよ……もうダメだ……」


ずっと殴っていたから酸欠状態になったのか、グロスくんはバッタリと倒れてしまう。


「流石はお兄様、お疲れ様です!」


「ソフィア様、すいません、うちのバカ息子がご迷惑を……」


グロスくんのお父さんはお母さんにペコペコと頭を下げて謝っていた……


「別に子供同士の争いですから、怪我をしたわけでも無いですし、気にしてませんよ。」


「ありがとうございます。あとでバカ息子にはよく言っておきますので」


グロスくんのお父さんはそう言って、グロスくんを担いで帰っていった。


それから、グロスくんの性格は一気に変わるのだった……





冬休みも半分が過ぎたが、自分は家でのんびりしていた。


 実家には自分の個人部屋が無いし、寝室もフローラと一緒だから、フローラが寝た時位しか【魔導工房】には入れないのだが、フローラは寝ているとき自分を抱き枕のようにして寝るので起きるまで脱出が出来ないので、冬休み中は基本的には生産はせずに、シーラさんの食堂を手伝ったり、エレナと一緒に森へ行ったり、ブラットと模擬戦したりしていた。


 ちなみに、フローラは自分が教えた36曲をマスターし、雰囲気だけしか教えられなかった振り付けはフローラなりに曲にマッチしたアレンジをしていた。

 そして、町外れの広場でやっていた自分だけの歌の発表会が、町長のお願いによりモロット中心部にある広場でやることになり、毎日が小さなライブ状態になっていた。


 5歳にして、このカリスマ性……フローラ、恐ろしい子だ。




 今日はお父さんが帰って来る日。


 家族4人で晩御飯を食べていたら、珍しくチェスガンでセシリアショップを任せている、セシリアから【魔素通話】が来た。


『マスター、大変です! チェスガンに魔獣の群が向かっていると騎士団からセシリアショップに連絡がありました。』


『えっ? それは大丈夫なの?』


魔獣の群?


チェスガン周辺には群れるような魔獣はいないって聞いた様な……


それにしても、騎士団からセシリアショップに連絡が来たってことは、チェスガンの全世帯に連絡して回っているって事だろうか?


『既にチェスガン周辺には、いくつもの群れが待機している状態みたいですが、まださらに増えているらしいです。』


『えっと、魔獣が待機なんかするの?』


魔獣は基本的に知性らしきものはほとんど無いから、待機みたいなことはしない気がするけど……魔獣使いでもいるのか?

 いや、魔獣使いはそんなに数を操れないからな……


『はい、何故か統率が取れているみたいで、見た目も人類と魔獣が混ざったみたいな新種らしいので騎士団は警戒しています。数的に騎士団だけでは厳しいです。』


人類と魔獣が混ざる?


それって獣人族とは違うんだよな?


獣人族は基本的に人族とほとんど変わらず、尻尾や耳や身体能力が違うだけの種族だから、魔獣が人型になってるって意味かな?


あと、確認しなくてはいけないことがいくつかあるんだよな……


『えっと、まずセシリアショップのリリさんとネルさんについてなんだけど』


『はい、今はふたりとも隣にいます。』


『そしたら、ふたりはお店の地下に避難してもらって、そのあとは地下に隠蔽の【魔導具】を作動させて、ふたりには絶対に外へ出ないように言っといて。』


『わかりました。今から説明します。』


『自分も両親に話すよ。』


【魔素通話】とかで知り得た情報をどう両親に話すかな……。


「レイ、急に難しい顔をして何かあったのか?」


「説明が難しい話なんだけど……。」


「何でも聞いてやるから言ってみろ。俺にだけ言うのでも良いぞ。」


「いや、急ぎだから今言うね。情報元は言えないけど、今チェスガンは新種の魔獣に襲われる寸前なんだよ。」


「なに? その話は近い将来チェスガンに起こる噂話か?」


「いや、今現在の話で、街周辺に魔獣らしき群れが集まっていて、チェスガンにいる騎士団が住民に説明しているみたい。」


「王国騎士団の情報なら間違いないな……。」


「僕の話を信じるの?」


「ああ、それは元々信じるから大丈夫だ、何か言えないスキルが有るんだろう。スキルは家族でも秘密にする事はあるから心配するな。」


「信じてくれて、ありがとう。」


「しかし、あそこの街にいる騎士団は数が少ない上にレベルがそこまで高くないって話だから、から魔獣の数によっては対応が不安だな……よし、これから俺がチェスガンに行って殲滅してくるか、今からで間に合えば良いが……。」


「念の為に私も行くわ。嫌な予感がするから、回復魔法があった方が良いでしょ。」


「いや、しかし……フローラとレイを置いて、家を空けるのはな……。」


「その事なんだけど、僕も行きたいから連れて行って欲しいんだ。」


「ダメだ!」

「ダメよ!」


「同級生がまだ街にいるはずなんだ、どうしようもない時以外は戦わないから、お願い!」


「うむ……街中のことは時間が無いから軽くレイの強さを試験するか。それ次第で連れて行くかを考えるからソフィアはフローラを連れてシーラさんの所に行って、預かって貰えないか話して来てくれ。俺達も終わったら食堂に向かう。」


「わかったわ。フローラ行くわよ。」


「はい、わかりました。」


 お母さんとフローラは直ぐに出て行った。


 そして自分達は木剣を持って庭に出る。


「それじゃあ、試験は俺の一撃を全力で耐えてみろ。手加減はするが木剣だと思って油断すると大怪我するからな。」


「わかった。」


 最近、自分は【魔導操作】の熟練度が上がっており、【魔導壁】なら最大で50枚を常時展開することが出来るので守りに関しては自信があった。


 しかし、今回は全力を出す為に【魔導壁】に【雷属性付与】をしたものを2枚展開する。


これは最近出来るようになった新技なんだけど、まだ不安定ではあった。


「レイ、良い防壁を展開しているな。」


「いつでも良いよ。」


「よし、いくぞ。」


 お父さんが木剣を構えたと思ったら、雷属性付与した【魔導壁】は2枚共に破壊され、衝撃が相殺出来ず、自分は吹き飛んでいた……。


「す、すごい……。」


 何をしたのかさえ解らなかった……。


 ブラットが凄いと思っていたがお父さんは別次元の強さだ。

 そして試験は不合格かもしれない……。


「レイ、合格だ。向こうの詳細は馬車の中で聞くから準備しろ。」


「えっ? 防御出来なかったのに、良いの?」


「ああ、大丈夫だ。7歳…いやもう8歳か、それだけ出来れば十分だ。俺の攻撃を防げる人はほとんどいないからな。レイが成長してるのがわかって嬉しいよ。」





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