第92話 職場見学⑤ パン工場
職業紹介所の見学も無事?に終わり、今度は次の見学先のパン工場に向かっていた。
「俺は今回の旅行でパン工場に来れるのが一番の楽しみだったんだよな。」
職業紹介所での知恵熱から復帰したばかりとは思えないほど満面の笑顔をしながら歩いているブラットがいた。
「ブラットは昔から菓子パンが好きだよね。」
イメージには全く合わないのだが、ブラットは大の菓子パン好きなのだ。
「菓子パンはおふくろが忙しい時しか食えなかったし、今は寮のご飯だしな……先生の話だと今日のお昼にはパン工場のパンが出るみたいだから楽しみなんだよな。」
食堂の美味しいご飯よりも菓子パンが好きって、おばさんが聞いたら悲しむぞ、ブラット……
食堂の手伝いをしていたから知ってるけど、おばさんはブラットの栄養面も考えてたりしたのにな。
ってか、あんなに美味しいご飯が毎日食べられていたのに、全く贅沢な……
未だにうちのお母さんは料理が下手だからな……妹のフローラも自分が実家に帰ると、泣きながら自分の作る料理を食べていたりするからな。
お母さんは料理以外の家事もあまり得意ではないが、何故か料理が絶望的に駄目なんだよな……主に味付けが。
おっと、そう言えばブラットに言っておかないと。
「楽しみにしているところ悪いけど、普通、パン工場みたいな工場に出るお昼に、菓子パンは無いんじゃないかな……?」
「えっ……は? マジか……? 楽しみにしていたのに。」
満面の笑みから絶望の表情に変わるブラット。
「いや、もしかしたら菓子パンが出るかもしれないし、出ないかもしれないから、まだわからないよ。」
「そ、そうか。なら菓子パンが出るのを祈るしかないな。」
☆
「ようこそ、マルパンの製造工場へ! 私は工場長のベラマルです!」
マルパンとは王国内のパンでは知らない人はいないのではないかと言われるほどのシェアを誇る巨大パン屋で、何故王国内でそれほどのシェアを誇るのかは、独自の長期保存技術にあった。
詳細は知らないけど、未だに圧倒的なシェアを誇っているということは、他社では真似出来ない素材が必要なのか、この工場長であるベラマルさんが技術を秘密にしているか……
ちなみに、このベラマルさんもドワーフ族みたいで、身長は190センチは越えていそうだった。
しかも、赤髪でゴリゴリに鍛えられた肉体を見ただけでは、パン工場の工場長とは思えないだろう。
あと、パン工場に着いて最初に思った事が……。
「工場内が異常に暑いね……。」
自分のイメージではパン工場って、こんなに暑い場所では無かったんだけど……
「レイの感想はそこかよ。普通はでけーとかだろ?」
「確かにデカいとは思うよ……? だけど、それ以上に工場内が暑いなと思ってね……ってか、ブラット以外はみんな暑そうだよ?」
「……本当だな。俺は鍛冶場で暑いのに慣れてるからか?」
「それはあるかもね……。」
何でこんなにパン工場内は暑いのかなと思って【魔眼】で工場内を見回すと、火属性の魔力以外に熱属性と水属性、それと何故か木属性の魔力が空気中に漂っているのが見えた。
ってか、魔力密度が濃いな……何でだ?
まあ、それは人気の工場だから、そこに秘密があるのかなとは思ったが……火、熱、水の3属性だけでも合わされば不快指数は鰻登りだろう。
「さあ、今日はパン工場の全体を見てもらいたいと思っていますので、サクサクと進んでいきたいと思ってます!」
ベラマルさんによるパン工場の見学が始まった……そして、ベラマルさんはブラットを見て驚いた。
「ほう、この工場内の暑さでも大丈夫な子供が居るのは凄いですね。私としては仕方ないとは言え、子供達には申し訳ないと思っていましたが……この暑さに耐えられる人材なら是非うちのパン工場に欲しい人材ですね。」
「パン屋か……」
あれ?
ブラットって本気でパン屋になりたいのかな?
結構真面目な表情してるな……
「まあ、工場の説明をしましょう。ここは部門事に役割が違い、販売部、開発部、営業部、そして製造部があります」
へぇ、工場内に営業部もあるのか……
「製造部は食事パン、菓子パン、デザートに別れていて、食事パンに関しては 《ガスデール》で消費される9割を作っています。菓子パンは開発部が日々考えるものを試作したりしています。もちろん人気商品の製造もしていますし、帰るときにお土産でお渡ししますね。」
「おお、楽しみだぜ~。」
ブラットは菓子パンがお土産になると分かると笑顔になっていた。
「デザートは工場近くにあるカフェに出すものを製造しています。こちらは特殊で開発兼製造をしています。販売部は出来立てを販売したり、提携してるところに販売しににいきます。営業部は新しいお客様を探したり、契約、クレーム対応なので一番つらい仕事ですが、慣れたら楽しいと思います。それでは見学していきましょう。」
☆
食事パンは前世でのフランスパンやバターロール、食パンなどだった。
これだけデカい工場だから製造ラインで流れ作業かと思ったが、職人が担当の同じパンをひたすら焼いていた……。
もっと効率的に出来そうだけどなぁと思った。
見学が終わったらカフェに行き、お昼ご飯が出された。パンとシチュー、サラダが出たので美味しく頂いた。
そしてお土産の菓子パンは多種多様で総菜、クリーム、揚げ物がいろいろあった。
「ではこちらの菓子パンは味などは変わらないけど、見た目や焼き色などで売れないものなので、好きに持っていって良いですよ。」
かなりの量の菓子パンだったが、山になっているのを見てブラットは珍しくハシャいでパンを探していた。
「こんなに売れない商品が出るのですか?」
「火加減など安定しない時は多くなりますね。でも働いている人が持って帰るので余らないですけどね。」
コンロとかは火力が安定してるのに、火力を大型化すると安定しないのかな?
「火属性、熱属性、水属性、木属性と様々な魔石を使っているから安定して供給されてないとか?」
「な、何故それを……?」
「僕には【魔力】が見えるので……」
「なるほど【魔眼】ですか……。最近、魔獣は増えてるらしいですが、それに魔獣討伐に火属性や水属性の魔石は人気ですからね。供給が足りてないみたいです。」
工場長は自分の眼を見るなりすぐに【魔眼】だと理解していた。
この工場長、ただ者じゃないな……?
「それで、キミの名前は?」
「僕はレイって言います」
「レイくん、あとでちょっと話したいことがあるのだけど、良いかな?」
「えっと、宿屋でなら大丈夫かもしれないです」
「分かりました。それでは……」
それから数分後……
「おー! チョコパンをゲットだぜ!」
ブラットの大好きなチョコパンを無事ゲット出来たらしい。
☆
最後のデザート開発している場所に訪れたら、なぜか修羅場になっていた。
「こんなパンケーキではなかった!」
「な、なぜ再現出来ない……。」
「くそっ、こんな出来ではカフェに出せない!」
「俺達は一度食べれば再現出来ると自惚れていたのか!」
予想外な雰囲気に工場長が困りながら話しかけた。
「みなさん、どうしたのですか? 今日は職場見学の日なので和やかな感じでいてくださいと言ったはずですよ?」
「ん? ああ、すいません工場長……。」
「申し訳ない。少し取り乱しました……。」
「なにがあったのですか?」
「最近、チェスガンにお菓子作りの神職人がいるのは知っていますか?」
「……神職人? いえ、初耳です。それで?」
「その神職人の作るお菓子は地元の人か一部の人しか買えないらしくて我々は食べられなかったのですが……代わりに食事スペースでパンケーキを食べさせて貰ったのですが、今まで最高のパンを作っているプライドが馬鹿らしくなる位の美味しさで、その味を再現したくて頑張っているのですが………。」
「自分達には……うぅ……。」
「再現しようなんて、まだ現実が見えてなかったみたいだ!」
そこそこいい年齢の男達が泣いている……。
……セシリアショップってそんなことになってるのか。
「弟子入りもしたかったが、誰が作っているかも秘匿されていて出来なかったんだ……。」
セシリアショップの件はますます秘密にしなくてはいけなくなった気がした。
しかし、これは何か対策を考えないとな……
☆
パン工場の見学が終わり、昨日と同じ宿屋に戻りお風呂に入ったあと、広間でぼぅ~としているブラットが居た。
ブラットが黄昏ているのは初めて見るな……というか、子供が黄昏れている時点でおかしいな。
「ブラット、どうしたの? いつものブラットじゃないみたいな……」
「俺さ、5歳まではパン屋になりたかったんだよ……。」
「えっ、パン屋?」
それ、初耳なんだけど?
まあ、ブラットは昔から菓子パンが好きなのは知っていたけど、まさか冒険者ではなくてパン屋になりたかったとは想定外……
「ああ、パン屋になりたいっておふくろに言ったら、賛成してくれたんだけどな……」
「それで?」
まあ、ブラットのおばさんならブラットのやりたいことなら賛成してくれそうだよな。
だけど、昔はパン屋になりたかったってことは、今は違うって事だよね?
「おふくろが丁寧に簡単なパンの作り方を教えてくれたんだけどな……俺ってパン作りの才能が無かったんだよ」
「ん? パン作りの才能って……? パン作りは決められた通りにやれば失敗しないよ?」
自分もパン作りは嫌いではないから何度作った事があるが、小麦粉に対して水分や塩分、酵母や油など適切な量と手順を踏めば、早々変なパンは出来ないはずだ。
強いて失敗するなら、アレンジし過ぎたりするくらいか?
「そう思うだろ? でもさ、ちょっと俺の手を触ってみてくれよ」
「手? 別に良いけど……手がどうしたの?」
ブラットの手は何度も触ったことがあるから、別に違和感はないけど、手になにかあるのか?
そう思っていたら、ブラットが突然自分の手を強く握りしめた。
「アッツ!? えっ、なに、今の?」
「これが俺にパン作りの才能が無い理由だよ」
「意味が分からないんだけど?」
「レイには話したこと無いけど、俺って力を入れると火属性耐性がスゴイあがるんだけど、同時に体温も急激に上がってな……特に手は今みたいな体温になるんだよ」
「それと何の関係が……あっ、そういうことか。」
「そう、俺がパンを作ろうとすると、手の体温でパン酵母って奴が死滅して、パンが膨らまないんだよ。だから、パン屋は諦めていたんだけど、この工場を見たら……」
なるほど、このパン工場は普通のパン屋とは全く違う大量生産の工場だから、ブラットでもパン作りに関われるってことか……
「そんな理由があったんだね……だけどブラット、戦闘系に就職ならまだ良いけど、鍛冶屋にならないでパン屋になったら、おやじさんがショックを受けちゃうよ……。」
「いや、オヤジはそこまで俺に鍛冶屋を継がせる気は無いんだ……どちらかというと冒険者になれって言われていてな。俺も冒険者になるつもりだった」
「そうなの?」
「ああ、だけどな」
ブラットは本気で悩んでいそうだな……
「ブラット、今更かにゃ? パン屋になりたいならやらなくちゃにゃ」
「わっ、エレナ!?」
急にエレナが後ろから話しかけてきたからびっくりしたよ……ん?
今更って、どういう意味だろ?
「エレナ……そうだな」
ブラットはエレナの言葉で迷っていた表情が一気に変わり、さっきまでの迷っている表情は一切無くなった。
「エレナ、何の話?」
「ブラットはまず冒険者になるって話にゃよ」
「ああ、なるほどね……でもパン屋になりたいなら、ブラットは無理して冒険者にならなくても良くない?」
「いや、今の俺は冒険者になってやりたいことがあるんだ」
「何をやりたいの?」
自分みたいに世界を旅したいって感じか?
それとも様々なダンジョン制覇か?
「それは……その時になったら教えるよ」
「そっか……なら、それを聞けるのを楽しみにしているよ」
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