第74話 今年の運動会は

 去年だとそろそろ運動会の時期じゃないかなと思い、ロナルド先生に質問してみた。


「先生! そろそろ運動会の時期じゃないんですか? まだ何も競技とかの話を聞いてないんですが?」


「ああ、今年の運動会はな……今、保護者と聖教会から安全性の了承が取れずに中身の改善を協議中なんだよ。やるとしたら秋頃になるか……もしくは中止になるか、まだ決まっていないんだ。」


「………。」


 安全性と聞いて去年の運動会を思い出したら、みんな無意識にシンシアさんを見てしまった。

 それがシンシアさんのメンタルにダメージを与えてしまう。


「うっ……ご、ごめんなさい……ヒック、」


シンシアさんは去年の出来事を思い出してしまったのか、突然謝りながら泣き出してしまった……


こればかりは誰かが悪いと言うより、みんなが悪いのだが……みんなの目が『レイ、何とかしろ』と言っているようだった。


「えっと、シンシアさんを見ちゃったけど、みんな別にシンシアさんを責めてる訳じゃないからね? 去年のあれは事故みたいなものだから気にしたらダメだよ。」


実はシンシアさんは去年の運動会で見せた魔力暴発した【ボール】を撃ってから、自分の前以外では、魔力暴発するのが怖くて使えないでいた。


いわゆるトラウマというやつなのだ。


シンシアさんは未だに、極稀にではあるが魔力暴発気味な【ボール】を作り出してしまうが、自分が【魔眼】で見ていれば発動前に止めることも出来るのでシンシアさんは安心して自分の前では【ボール】を試すことが出来るみたいだ。


……ではあるが、そろそろ自分の前以外でも【ボール】を発動が出来る様にならないとダメな気がする。


実際問題としてシンシアさんは極稀にでも、原因不明の魔力暴発をしてしまうのだが、自分のあげた魔力低下機能のあるネックレスと魔力を視認出来るメガネを使えば、魔力暴発を事前に止められる筈なんだよな……


あとは本当にシンシアさんの気持ち次第なんだよな。


「そうですよシンシア、気にしないでくださいね。」


「シンシアくん、あれは学園側の不備だから気にするな。あと今年の春は運動会をやる代わりに長距離走をする事になっている。」


「長距離走って、一気に先生たちは手を抜きましたね……。」


「……そう言うな。何事にも準備が必要だが、時間が足りずに長距離走位しか出来なかったんだ。」


「そうなんですか……っと、今はシンシアさんだ。シンシアさん、僕の渡した【魔法具】を使えばシンシアさんが魔力暴発しそうになっても自分で回避出来ますし、今のシンシアさんならの【魔力操作】レベルならばそうそう事故は起きませんから、安心して下さい」


「……それは分かってはいるんですが……すいません、教室の外でレイくんと話しても良いですか?」


シンシアさんはクラスメイトの前では話しづらいことなのか、自分と2人だけで話したいと先生に許可を取り、自分とシンシアさんは廊下に出る。


「それで僕と2人で話したいってことは?」


「えっと、実はレイくんにも内緒にしていたのですが……【ボール】を使うとき、たまに女性の声で『力を貸してあげるわ』と聞こえることがあるんです……そうすると私は意識が乗っ取られる感じになって私1人では制御が出来なくなるんです……だから、レイくんが居ない場所で【魔法】を使うのが怖いんです……」


「そんなことがあったんだ……ごめんね、近くにいたのに気が付かなくて」


朝トレーニングをしたあと、毎日のように【魔力操作】の練習を一緒にやっていたのに、シンシアさんが【ボール】を使うときにそんな気持ちだったとは、全く気が付かなかった……


「いえ、レイくんは謝らないで下さい……私が怖がって内緒にしていたからいけないんです……」


「しかし、それだと……そのたまに聞こえてくる女性の声の原因を解決しないと人前では怖くて【魔法】が使えないのか……」


「はい」


「そもそも、その女性の声とは何なんだろう? 前に言っていた魔女の呪いが関係しているのかな?」


「分かりませんが……私の聞いていた魔女の呪いとはちょっと違う感じがします……」


「そうなのか……よし、今日学園の授業が終わったら2人で原因を究明しよう」


「……ありがとうございます」



 ☆



 放課後……自分とシンシアさんは学園内でもほとんど人気の無い未整地の広場に来ていた。


本来、この未整地な広場に生徒は立ち入り禁止らしいけど、自分がロナルド先生にお願いし、人気の無く多少の爆発が許される場所はないかと話したら、ここの広場の許可を取っておいてくれたのだ。


普段のロナルド先生は生徒思いの良い先生なんだけど、ちょいちょい己の欲望に負けてしまい、それが学園側にバレて注意されたり、うっかりミスをして学園側に怒られたりするらしい。


「さてと、あまり時間も無いけど、本格的にシンシアさんの魔力暴発の原因を調べたいと思っているんだけど……まずはシンシアさんの【魔力】をもう一度、徹底的に調べようと思っているんだけど、良いかな?」


まあ、徹底的に調べると言っても、やることは前回と同じ様に【魔眼】で【魔力】を調べる位なんだけど……あっ、調べると言えば【鑑定】するのはどうなのだろう?


あれから【鑑定】も毎日のようにいろいろな物を調べているので、スキルレベルも大分上がっているとおもう。


「はい、今回のことに関しては私ではどうにも出来なかったので、レイくんに全てお任せします。」


「了解……なら、まずは……【魔力】を調べたいから、朝トレーニングみたいに【ボール】をひたすら撃ってくれるかな?」


「分かりました。」


それから、自分はシンシアさんの撃つ【ボール】を見ながらも、魔力暴発を引き起こす原因が発生するのを、ずっと待ち続ける。


う~ん。


普通に【ボール】を撃つだけなら、問題ないんだよな……


というか、シンシアさんの【魔力量】はいつの間にか、もの凄い量になっていたのに気が付いた。


自分の場合は体内にある【魔導】と外部の【魔素】が尽きない限りは【魔導】が使えるので実質無限に近い【魔導】を使えるが、シンシアさんの体内にある【魔力量】は自分の体内にある【魔導】と同等か、それ以上の量があった。


1年前に見た時はこんなに【魔力量】は無かった筈だけど……朝トレーニングだけでこんなに増えたのか?


「レイくん、どうしましたか?」


「ああ、シンシアさんの体内にある【魔力量】が凄まじい量だったから、ビックリしたんだよ」


「それは……例の声が聞こえてから、急速に増えていって、未だに増えてます……だけど、いくら大量の【魔力】があっても使えなければ……使えなければ」


シンシアさんは自身に膨大に【魔力】があっても、誇るどころが使いこなせないと残念そうな表情になる。


確かにシンシアさんの言っている事は正しく、シンシアさんには膨大な【魔力】や【魔力操作】があっても【ボール】しか未だに撃てず、しかも一度に撃てる量には限界があるので、ほとんど無くても変わらないのである。


「それにしても、また例の声がきっかけですか……何なんですかね、その声は……あっ!?」


話していると、シンシアさんの【魔力暴発】の兆候であるシンシアさんの【魔力】とは別の【魔力】が現れたので、すぐにシンシアさん全体を【鑑定】するのではなく、シンシアさんの体内にある別【魔力】を【鑑定】する。


こういう【鑑定】の使い方を他人に使うのは初めてだったが、自分の体内には似たようなことに成功はしていたので、他人でも本人の了承を得ていれば成功する気がしていたのだが……


シンシアーゼの継承魂魄 獄炎の魔女であるシンシアーゼの魂を……


【鑑定を拒絶されたので、鑑定に失敗しました。】


うわっ!


途中まで【鑑定】出来ていたのに……何故拒絶されたんだ?


あっ、とりあえずシンシアさんの【魔法】を止めないと!


「シンシアさん! ストップ!ストップ!」


自分はシンシアさんの肩に触れ、【ボール】を強制的にキャンセルさせる。


「あっ、レイくん……また私は魔力暴発しそうだったんですね。止めてくれてありがとうございます」


「いや、大丈夫だよ。それよりもシンシアさんは獄炎の魔女シンシアーゼって名前は知ってる? 名前からするとシンシアさんに非常に似ているから、御先祖様かもしれないけど」


「は、はい! その方は私の部族の御先祖さまです! 何でレイくんが知ってるのですか? 名前までは伝えていなかった筈なのに……」


「やっぱりシンシアさんの御先祖様なのか……」


自分はシンシアさんに【鑑定】の結果や途中で拒絶され【鑑定】がキャンセルされた件を伝える。


「私の体内に御先祖さまの継承魂魄というものが……レイくん、継承魂魄って何でしょう?」


「普通に考えると継承されている霊ってことかな?」


自分もはっきりとは覚えていないが、魂魄って霊的なものではなかっただろうか?


「ということは私の御先祖さまの霊が私の体内に継承されているということですか?」


「そうなるのかな?」


「御先祖さまの霊……そんなことがあるのでしょうか?」


自分は前世では全く霊やお化けみたいな話は信じては居なかったが……ここは異世界、しかも自分は転生している。


「僕は霊があると信じているよ」


転生している自分が霊を信じない訳にはいかないだろう。


それに【鑑定】が途中キャンセルはされたが、内容は信じないわけにはいかないからな。


「レイくんが信じるなら私も体内に御先祖さまである獄炎の魔女シンシアーゼの霊が宿っていると信じます」


『シン様、ありがとうございます……』


「「えっ!?」」


脳内に女性の声が聞こえたので、ビックリするとシンシアさんも同時にビックリしていた……


「もしかして、シンシアさんにも聞こえた?」


「はい、この声が例の声です。まさかレイくんにも聞こえるだなんて……」


「なるほど、シンシアーゼの霊が力を貸してくれていたのが魔力暴発の原因なのかもしれないな……」


「私も同じことを考えていました。私がちゃんと【魔力】を制御するにはシンシアーゼさまと対話出来るようにならないといけないのかもしれないなと思いました」


「そうかもしれないね」


それから何日もシンシアさんの【ボール】発動を見てみたが、普通にしていれば魔力暴発になりそうになることは一度も無かったが、シンシアさんが御先祖様に力を借りたいと願うと魔力暴発に似た現象が発生した。


これによりシンシアさんの【魔力制御】はある程度安心して良いのではないかと思うが、シンシアさん自身は未だに1人で【ボール】を発動するのは怖いらしく、自分の前でしか【魔法】は使えないでいたので、結果としては以前と変わっていないが、自分は原因が解ったので、大きく前進したと信じたい。



 ☆



 しばらくして、運動会の代替えである2年生の長距離走が始まり、その距離はなんと20キロだった。


 しかも学園敷地内を走るだけの普通のやつだったが朝トレーニングで毎日5キロ走っている自分にも未知の距離だが問題ないはずだ……。


「レイ、お前は20キロも走れるのか?」


ブラットが心配そうに聞いてくる。


「ふっ、1年前の僕とは違うんだよ。20キロも走ったことはないが……大丈夫な筈だ」


「その間は……」


「そう言うブラットは大丈夫なのか?」


ブラットだって20キロなんて距離は未知なはずだ。


「俺は余裕だな。実家に帰ったら毎日30キロは走らされてるからな」


「30キロだと……」


7歳で30キロ走るのが余裕とか化け物かよ……


ってか、実家ではそんなにスパルタ教育なのか?


エレナもマリーさんから鬼トレーニングを受けているし、幼なじみ2人を改めて凄いなと感心した。



 ☆




 長距離走が終わり、若干筋肉痛状態で帰省の馬車に乗っていた。


 自作の回復ポーション(小)で治そうと思ったけど、筋肉痛は何故か回復ポーション(中)以上じゃないと治らなく、わざわざ買うのは勿体ないから痛みに耐えている。


ちなみに自分が筋肉痛なのは、ブラットに張り合って自分のペース以上スピードで走ったため、限界を超えたのだろう。


「ブラット、町に帰ったらシーラさんのところ行くよ。」


「最近、帰るとよくオフクロの所に行くよな。何やってるんだ?」


「ああ、お菓子の新作関連でシーラさんに相談したいことがあってね。」


「なんかレイのお菓子関連になると、あの食堂の人達の目が怖いんだよな……普段は優しい人達ばかりなのにな……」


「……微妙に否定が出来ないかもしれない。」


確かに食堂の人達は普段は優しいが、自分のお菓子関連になると、欲望が勝つのか必死感が凄いんだよな……



 ☆



 食堂に着いてからシーラさんに挨拶してから店舗のオープンが遅れそうな事を伝えた。


「オープンは遅れますが、それまでは僕が帰省時にお菓子を1週間分持ってきますよ。あと、お菓子保存専用の保冷箱を持って来ました。」


「そこまでしてくれてありがとうね。オープンが遅れる理由は店舗が完成していないとかかしら?」


「いえ、ちょっと訳ありな女性を店員で使うんですが、その女性が仕事を出来るようになるまでオープンを遅らせようと思ってるらしいです。」


「……その女性と変な関係じゃ無いわよね?」


「違いますよ。今、その女性は身体が不自由でリハビリが必要なんですよ……。」


「あら、人助けなのね。それならうちの食堂から数人か送れるかもよ? レイちゃんのお菓子を毎日食べさせれば口は堅いわ。」


「お菓子で口が堅くなるの?」


「なるわね……レイちゃんからもらったレシピでプリンが再現出来なかった時は暴動寸前だったわ。」


「……それなら2人か3人借りて良いですか? 食堂はやらずに販売のみにするので、配送は借りてる人が帰るときに持たせれば良いかな?」


「そう言えば、従業員が寝泊まり出来る所はあるのかしら?」


「どうしようかな。何人か泊まれるようになにか考えます。1ヶ月後には人の受け入れが出来るようにしますね。」


「……すぐ決断するなんてレイちゃんが店舗のオーナーじゃない?」


「……。」


「ソフィアには黙ってるわよ?」


「お願いします。」




 親や幼なじみに言えない事がどんどん増えていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る