おまけ 約束を果たす時まで2

 姫様を迎えた館は賑やかになった。これまではどこか終焉を思わせる静寂が漂っていたのだが、子供の泣き声1つでそれが吹き飛んでしまう。だが、逆に言えば子供が育つには適さない環境だったのかもしれない。

 大人ばかりのこの館では子供の目線で見る者がいなかったのだ。些細な失敗で怒られて抑圧される。その抑圧で生まれた不満は癇癪かんしゃくによって発散されてまた怒られる悪循環が出来上がっていた。

 あの方には懐いておられたが、病を抱えた状態で執務をこなしていれば接する時間は限られる。手がかかると館の使用人からは敬遠され、今度はどんな形でも構ってもらおうと悪戯を繰り返した。

「よろしくお願いします」

 そんな最中にやってきたのがオリガとティムの姉弟だった。両親を亡くし、行く当てのなかった彼らが難儀しているところに居合わせたルーク卿は、ティムの竜騎士の才能を見出し、このまま放っておくことが出来ないと私に頼み込んだのだ。  ちょうど厩番が体を壊し、早急に増員が必要なのも確か。オリガも子供の扱いは慣れて居るとのことだったので、姫様の事を任せることにし、2人の身柄を引き受けた。

 大人ばかりの間で育った姫様はよほどティムの存在が珍しかったのか、厩舎で働く少年の元を頻繁に訪れるようになる。彼も嫌がらずに相手をし、我々も仕事に支障がきたさない程度ならばとがめることはなかった。そのおかげか、姫様の癇癪も徐々に減っていく。そして……その年の冬の終わり、殿下は妖魔に襲われていた女性を助け、館に預けられた。この方がフレア様だった。


 あの方の最晩年は幸せに満ち溢れていた。フレア様がいらしたおかげで姫様はすっかり落ち着かれ、しかも勉強にも関心を持たれるようになっていた。覚えたことを少しずつ披露していく姿をあの方は目を細めて眺めておられた。きっと、この頃にいずれ姫様をフォルビア公にしようとお心を決められたのかもしれない。

 フレア様の影響は姫様だけに留まらなかった。子供の変化に驚かれた殿下が館に足しげく通われるようになったのだ。討伐中に重傷を負った殿下の看病がきっかけとなり、2人は互いにひかれあうようになる。しかし、当時記憶のなかったフレア様は立場の違いに遠慮してなかなかその手を取ろうとはしなかった。あの方はその様子を口では「楽しませてもらう」と言いながらも、やきもきして見守っておられた。

 そして再び病魔があの方を襲う。かろうじて命はとりとめたが、寝台から起き上がることもできなくなってしまわれた。その命数があとわずかと悟り、フレア様を養女に迎え、彼女が殿下の手を取る後押しをした。その甲斐があって春分節の宴の夜にお2人はお互いの気持ちを確かめ、結婚を約束された。


しかし……。

「オルティス……最後に頼みがある」

 その宴の夜、あの方の容体が急変した。殿下とフレア様がお戻りになられるのを待っていると、弱弱しく声をかけられた。

「妾もこれまでのようじゃ。妾のかわりにあの子達の行く末を見守ってほしい……。そなたがダナシア様の御許へ召されるまでに起こった事……良き事も悪き事も全て報告しておくれ」

 あの方の頼みを断れるはずもなく、私はただ、涙を流しながら頷いた。やがて、殿下とフレア様もご到着される。先に到着していた神官長の元、2人の組紐の儀が行われた。涙ながらに宣誓した2人に最後の力を振り絞って祝福された。そしてその手から力が抜けていく。その後は涙でかすんで見ることが出来なかった。


 元々、日々の記録を兼ねて日記を書き続けていた。以前の物は内乱で焼失した館と共に燃えてしまったが、それでもあの方との約束を果たすために書き続けた。

 内乱中は悪いことが多かった。しかし、その終結は劇的だった。行方不明になっていたフレア様と姫様がお戻りになられ、しかもご嫡男様がご誕生していたのだ。フレア様があの方ともご縁のあった大陸最強とも言われるブレシッド公の御養女様だったのは更なる驚きでもあり、あの方の元に赴いた時には真っ先のご報告したい話となった。

 今ではそれがもう1つある。それはあの方が気にかけておられた姫様が成人され、無事にフォルビア公に就任された事。そして、タランテラのみならず、大陸に広くその名を知られる竜騎士になったティムと初恋を実らせ、結婚したことだ。

 内乱の逃避行の最中に芽生えた幼い恋。ただ、思うだけで私の恋は終わらせたが、2人には幸せになってほしいと願い、陰ながら応援した。幸い、周囲の大人は誰一人笑うものなどおらず、恋の成就に誰もが手を貸した。不幸な出来事もあったが、留学を終えて真っ先に会いに来てくれた2人の幸せそうな笑顔は忘れることが出来ない。




「オルティスさん!」

 声をかけられて振り返ると、手を振りながら笑顔のルーク卿が近寄ってくる。はて、彼の現在の任地は第3騎士団ではなかったはずだが……。

「昨夜、姫様……女大公様が産気づかれたと知らせを受けたので、フォルビアに来ました」

「おお……」

「オリガも驚くほど安産で、今朝方、無事に男児をご出産されました。母子ともに元気ですよ」

「おぉ……大母ダナシアよ……」

 椅子から腰を浮かせた私はその場に跪き、ダナシアに感謝の祈りをささげた。

「女大公様がオルティスさんに早く知らせてほしいと仰せになられたので、飛んできました」

 ああ、女大公様……グロリア様、また1つ嬉しいご報告が増えました。いつの日か、御前に参るのをどうか楽しみにお待ちくださいませ。



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これにて「小さな恋の行方」完結です。

当初は10話くらいで終わらせるつもりが、思いのほか長くなってしまいました。

一人称で書くと周囲が分かりづらくなるので、2人の目線で交互に書いたらこんなことに……。

話、盛りすぎですね。


最後はプラトニックな愛を貫いたオルティスさんのお話。

もうちょっと彼のグロリアに対する想いを書きたかったのですが、ちょっと力不足でした。


最後に補足。

ティムとコリンの間には2男5女が誕生。

リーガスに引き続き、2代続けて子だくさんの団長が続いた第3騎士団。

いつしかあそこに配属されれば子宝に恵まれると言う噂がまことしやかに流れたとか……。


最後までお付き合いくださりありがとうございました。

花影

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小さな恋の行方 花影 @kaei

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