4 幸せを掴んだティムの本音2

「即位して10年。内乱により疲弊した国を立て直している間にいつの間にかこの節目を迎えていた。今後も初心を忘れず、過去と同じ過ちを犯さぬよう己をいましめ、そして大陸の安寧の一助となれるよう、努めて行く所存である」

 冒頭に陛下がそう挨拶されて祝賀会が始まった。権威を示したいわけではないと陛下は仰せになり、格式ばったものは排除されている。招いている賓客も10年前にお世話になった方々が中心なので、和やかな雰囲気の宴となっていた。

 軽やかな音楽が流れ始めると、早速陛下が皇妃様を踊りに誘う。そして広間の中央に進み出た2人がステップを踏み始めると、周囲から喝采がわき起こった。さすがに2人が踊る姿は優雅で美しい。思わず見入っていると、横からコリンに袖を引かれる。

「後で、一緒に踊ってくれる?」

「もちろんだよ」

 上目づかいにお願いされればどんな無茶でも聞いてしまいそうだ。もちろん、一緒に踊るくらいなら問題ない。舞踏は見習いの頃からみっちり鍛えられたので、ルーク兄さんよりは上手いと自負している。了承とばかりに彼女の手に口づけた。

 やがて曲が変わり、俺はコリンの手を取って進み出る。他にはアスター卿とマリーリア卿、オスカー卿にシュザンナ様、ヒース卿と奥方等、国内の有名どころが揃っていた。こういった場で踊る機会があまりなかったので、緊張感がないと言えば嘘になる。夏至祭の時もそうだったが、不思議とコリンと踊っていればいつの間にか緊張感は感じなくなっていた。

 どうにか無事に踊り終え、俺達は飲み物をもって中庭を望む露台に出た。辺りはすっかり日が落ちて、夜風が火照った体に心地いい。俺はワイン、彼女には甘めの果実酒を用意し、2人で乾杯する。

「フォルビア公就任おめでとう」

「ありがとう」

 ガラスの涼やかな音が合わさる。俺は杯の中身を味わいながら飲み干したが、コリンは口元にもっていったところで顔をしかめている。

「どうした?」

 一番に疑うは毒物の類。俺は彼女から杯を奪い取ると中身を確認するが、異臭は感じられない。それに彼女は杯に口を近づけただけで中身を飲んだわけではなかった。毒物の混入は除外して良さそうだが、それでも彼女は具合が悪そうにその場にうずくまっている。

「コリン!」

 顔を覗き込むと真っ青だった。とにかく医者を呼ばなければ。だが、今は祝賀会の真最中で下手に騒ぐのはまずい。

「ティム?何があったの?」

 異変をどうやら察してくれたらしい姉さんが来てくれた。俺がすがるような視線を向けると、姉さんはすぐにコリンの傍らに膝をついた。

「姫様、如何されましたか?」

「気分が……」

 消え入りそうな答えに胸が締め付けられる。

「とにかく、場所を移動しましょう。私は陛下と皇妃様にご報告してくるから、先にお部屋へ姫様をお運びして」

「分かった」

 姉さんの的確な指示に俺は頷く。広間を突っ切るのはさすがにまずいので、コリンを抱えた俺は中庭に降り立った。すると、少し離れた場所に明かりを持ったルーク兄さんが手招きしているのが見える。俺は彼女を揺らさないように、慎重に足を進めた。




「少し落ち着いたらどうだ?」

「無理です」

 コリンを部屋に連れて戻ると、「殿方はご遠慮してください」とイリスさんに言われて追い出されてしまった。その後、姉さんと皇妃様が女性の医者を伴って来られたが、廊下に待機は解除されず、ルーク兄さんはうろうろと歩き回る俺を面白そうに眺めている。

「待たせてごめんね」

 しばらくして皇妃様と姉さんが医者を従えて部屋から出てきた。話を聞きたかったが、女性の医者は俺達にも頭を下げるとイリスさんに先導されてその場を離れていってしまう。俺は残った2人につかみかかりそうな勢いで尋ねた。

「コリンは?」

「少し落ち着いたわ。話はあの子から聞いて」

 皇妃様はまるで大母様のような笑みを浮かべている。しかし、不機嫌そうな姉さんは何故だか俺を睨んでいた。

「私達は広間に戻るから、ティムはあの子についていてあげて」

「はい」

 俺が頷くと、皇妃様は姉さんとルーク兄さんを伴い広間へ戻っていった。その後ろ姿を見送り、1人取り残された俺は深呼吸をすると、震える手で扉を叩く。すぐに返事があったので中に入ると、ゆったりとした夜着に着替えたコリンが寝台に横になっていた。

「コリン……」

 顔を上げた彼女の顔はまだ青いままだ。毒ではないとしたら何かの病気なのか? ぐるぐると悪い予感が頭の中を駆け巡る。

「驚かしてごめんね、ティム」

「大丈夫なのか?」

 俺は寝台に近寄ると、彼女の細い体を抱きしめた。腕の中の彼女は小さく頷く。

「あのね……」

 彼女の言葉の続きを固唾をのんで待つ。すると、意外な答えが返ってきた。

「赤ちゃん、出来たの」

 驚きのあまり思考が停止する。けれども、その言葉がじわじわと脳に浸透してくると同時に喜びがわき起こる。

「本当に?」

「うん」

 彼女が頷くと俺は無我夢中で彼女を抱きしめた。そして「ありがとう」と感謝を込めて唇を重ねた。

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