5 幸せを掴んだティムの本音3

 婚礼の前日はそれぞれの家族と過ごすのが慣例となっている。祝賀会が終わった後、姉さんとルーク兄さんが迎えに来たのだが、コリンと離れたくなかった俺が抵抗すると半ば引きずられるようにして部屋から連れ出された。不満は残るが仕方ない。ルーク兄さん秘蔵の蒸留酒で手を打とう。

 姉さん達は結婚を機に皇都に屋敷を賜っていて、今夜はそこへお邪魔することになっていた。屋敷に着くとすぐに礼装を解き、早速兄さんの私室にお邪魔する。しかし……。

「ティム、ちょっとそこに座りなさい」

 保育室から引き取った子供達は既に夢の中。寝かしつけにさほど労力を使わなかった姉さんは速攻で酒盛りしようとする俺達に待ったをかけた。

「婚礼前に姫様がご懐妊されるとはどういうことなの? 確かに陛下も皇妃様も望んでおられた事だけど、フォルビア公に就任されてこれからが大変なのよ!」

 お怒りはごもっともです、姉上。婚礼を待ってもらった手前、先に子供が出来ないように2人で気を付けていたんですよ。でもちょっと、夏至祭の後に油断してたと言うか、羽目を外したのがいけなかったんじゃないかと……。

 勿論、言い訳など聞いてもらえるはずもなく、床に座らされた俺は仁王立ちになった姉さんにクドクドと小言を言われ続けた。こんなに姉さんに怒られたのはいつ以来だろう? それにしても……足がしびれた。




 翌日は快晴。長時間のお小言の後、予定通りルーク兄さんのとっておきを頂いたので少し寝不足の身には眩しすぎる天気だ。それでも特別な日に相応しい天気なので文句など言っていられない。

 昨日は時間が無くておざなりになったが、今日は入念に身を清めた。そして髪を整え、今日の為に特別に仕立てた礼装に身を包む。そして用意されていた馬車に乗り込み、婚礼の会場となる大神殿に向かった。

 既に参列者は揃っている。しかもその大半が昨日の祝賀会に出席していた人物だ。賓客の視線を集める中、ルーク兄さんに付き添われた俺は祭壇の前で落ち着かない気持ちで式が始まるのを待った。

 落ち着かない理由はもう一つある。昨夜、俺達の子供が授かっているのが判明したコリンの事である。姉さんが言うには、彼女の具合が悪かったのは悪阻つわりだったらしい。婚礼の儀式の後にはフォルビアの公邸で披露の宴があるのだが、食を受け付けなくなっている彼女の体が耐えられるかが心配だった。もちろん、すべての原因は俺なんだけれども。

 やがてダナシアへの賛歌が流れ、正面の扉から陛下に手を引かれたコリンが静々と歩いてくる。ふんだんにレースを使った花嫁衣装に包まれた彼女は想像のはるか上を行く美しさだ。会場にため息が漏れる中、彼女は俺の前にやってきた。

「ティム、これからもよろしく頼むよ」

「勿論です、陛下」

 呼んでほしい呼び方をしない俺に陛下は苦笑されている。それでも愛娘の手を俺に託してくださった。

「姫様。良かったですね」

 ルーク兄さんの問いかけに感無量なのか彼女は小さく頷いた。俺は「綺麗だよ」と率直な感想を伝えると、その手を握り直して祭壇に進み出る。婚礼を取り仕切って下さるのは昨日の祝賀会の賓客の1人でもあった賢者様。10年前に見届け役として来られた賢者様の弟子にあたられる方だ。

「幼き頃より育まれた絆により、幾多の困難を乗り越えて結ばれる2人にダナシア様の大いなる祝福を賜らんことを願う」

 金糸や銀糸で彩られた組紐で俺達の手が結ばれる。一目ぼれした相手は当時の俺には手の届かない存在だった。遠くから眺めるだけでもいいとも思っていたこともあった。だが、いくつかの幸運と己が努力した甲斐があり、こうして思いあう相手と祭壇の前に立っている。俺は万感の思いで金糸や銀糸で彩られた紐が複雑に結ばれていくのを眺めていた。

 組紐が結び終わり、賢者様に促されて俺はコリンのヴェールを上げた。母になった喜びも加わってか、彼女はいつにもまして美しく、目がくらみそうだ。俺はそっと彼女の頬に手を添えて、唇を重ねる。

「ダナシア様の祝福の元、2人の婚姻がここに成立したことを宣言する」

 賢者様が宣言して婚礼の儀式が終了した。列席の方々から喝采を浴びる中、手を取り合った俺達は喜びをかみしめながら歩き出す。

 でも、これで終わりじゃない。これからが始まりなのだ。伴侶になった愛しい人の手のぬくもりを感じながら、俺は改めて彼女に全てを捧げようと誓った。



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ありきたりな落ちでごめんなさい。


オリガの小言の最中、ずっと正座させられていたティム。一晩中続くかと思われたが、ルークが間に入ってくれたおかげで2時間ほどで終了。それでも怒りが収まらないオリガを宥めるために、蒸留酒は好きに飲んでいいと言い残してルークは奥さんを連れて寝室へ……。  

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