2 幸せを掴んだコリンシアの想い2

「準備はどう?」

 就任式が間近に迫り、私の支度も佳境に差し掛かっていたところへ母様が様子を見に来てくれた。既に皇妃の礼装をまとった母様は、まさに国の母として相応しい威厳を備えている。着替えを手伝ってくれている侍女達が手を止めて頭を下げるのを制し、私に話しかけてくる。

「食事は済ませたの?」

「ちょっとだけ」

 この数日、式典の準備の疲れと緊張からか食べ物が喉を通らない。体は食事よりも睡眠を欲しているらしく、今朝もティムを送り出した後、そのままソファで転寝してしまっていた。食事をする時間がとれなかったので、着替えを始める前に果物を少し食べただけで済ませていた。

「合間に何か摘まめるようなものを準備して頂戴」

 母様は控えていた侍女にそう命じる。まだ何か言いたそうにしていたけど、今度は父様が様子を見に来てくれたので、後は侍女に任せて離れていく。

「支度はできたか?」

「コリンがあともう少しかかります」

 衝立の向こうで2人は抱擁して口づけを交わしている。いつまでもアツアツな2人にこちらが恥ずかしくなってくる。でも……10年たっても2人でこんな風に仲良くできたらいいな。

「焦らなくていい。今日の主役だからしっかり仕上げてやってくれ」

 侍女達にそう言葉をかけると、母様を迎えに来た父様は連れ立って部屋を出て行った。多分、保育室にいる下の弟アルベルトと妹のフランチェスカの様子を見に行ったのだろう。エルヴィンの事は言いそびれてしまったけど、後からでも父様にきつく叱ってもらおう。それとも母様に言ってもらった方が良く聞くかな?

 そうしているうちに準備が整った。礼装だから多少の締め付けは仕方ないのだけど、無理言って少し緩めてもらったからだいぶ楽になった。仕上げにティムから贈られた真珠で作った装身具をつけていく。

 もらった7つの真珠のうち一番大きいのは指輪にした。大きさと形が揃った2つは耳飾りに。残りの4つは花をかたどり、幾重にも真珠を重ねた首飾りの中心を彩っている。今日の式典に間に合わせたくて職人を急がせてしまったけれど、望み以上のものが出来上がっていた。

 けれども、贈ってくれた本人がまだ帰ってきていない。一番に着飾った姿を見てもらいたかったのだけど……。

 侍女達には彼が帰ってきたらすぐに支度ができるように準備を頼んでおいたけど、式典までもう時間がない。侍官が時間を知らせに来たので、不安な気持ちを抱えながら就任式が行われる広間に向かった。

「コリンシア・テレーゼ、ここへ」

 父様に呼ばれ、各国からの賓客が見守る中、私は前に進み出る。

「コリンシア・テレーゼ。先代大公グロリアの意志により、そなたをフォルビア公に任命いたします。おごることなく、その責務を果たしてください」

「はい、陛下の施政に則り、領民が心安らかに暮らせるよう努めます」

 私の宣誓に父様も母様も満足そうに頷く。そして母様は自分の首にかけていたフォルビアの紋章を外すと私の首にかけてくれた。会場から割れんばかりの拍手がわき起こる。父様に促され、集まって下さった方々に礼をしようと振り向くと、会場の隅の方にティムの姿を見付けた。

 良かった、間に合ってくれた。最愛の人がいる安心感にほっとしながら私は集まって下さった方々に感謝を込めて頭を下げた。




 このまま即位10周年の祝賀会になる予定だったのだけど、本宮前広場にたくさんの市民がお祝いに集まってくれていると聞き、急きょ露台から一家で手を振ることになった。エルヴィンだけでなく、式典には出席しない予定のアルとフランも呼ばれた。

 露台につながる大扉が開かれると、大きな歓声が聞こえる。簡単に打ち合わせした通り、護衛も兼ねるアスターとマリーリア、ユリウスとアルメリアお姉ちゃんが最初に露台へ出る。続けて私、最後に父様と母様が年少の弟妹達と共に出ると、ひときわ大きな歓声が上がる。

「やけに大人しいじゃないか」

 気おくれしているのか、いつになくエルヴィンが大人しい。父様が気にかけて声をかけると、やはりこれだけの人が集まっているとちょっと怖いらしい。そんな彼を父様は優しく諭す。それはエルヴィンだけでなく私にも向けられた言葉なのは容易に理解できた。

「こうして集まってくれた民衆が、皆、笑っていれば、それは今の施政が彼らにとって良いものである証拠だ。逆に怒っていれば何か良くないことをしていることになる。彼等を無暗に恐れることはないが、軽んじてはならない」

 10年前の内乱の首謀者達は下にいる者たちの事を蔑ろにした為に反感を買い、全てを失った。それは教訓となり、今の父様の施政に生かされている。

「この国でこの髪を持って生まれたからには何かしらの責務を負う事から逃れられないだろう。だから覚えておきなさい」

 父様が最後にそう締めくくると、エルヴィンは神妙に頷いた。そして意を決すると自ら広場に集まる人々に手を振っていた。

 その様子を父様と母様は目を細めて眺めていた。そして小声で会話を交わしていたと思ったら2人の世界に入り込み、口づけをかわしている。家族の私達の方が恥ずかしくなってくるのだけど、広場に集まった人々は満足したようでさらに大きな歓声が上がっていた。

 こんな時に1人でいるのは何となく寂しい。チラリと後方に視線を送ると、護衛として控えているティムと目が合った。ずっと見ていてくれたのだと思うと嬉しくなってくる。すると、隣にいたルークが彼の背中を押す。バランスを崩して数歩前に進み出ると、下の広場からも彼の姿が見えたらしく、拍手が沸き起こる。

「困ったな……」

 今日は裏方に徹して目立つつもりのなかった彼はちょっと戸惑っている。それでも周囲の視線があるので、騎士の礼をすると私の手を取り、その甲に口づけた。

「何だ、それでおしまいか?」

 広場の人達からは喝采を浴びたけれど、露台におられる方々はなんだか不満そう。父様や母様と同じことをやってほしいらしいのだけど、私達にはちょっと無理。そこへお客様を待たせているからそろそろ祝賀会を始めようとグラナトが声をかけてくれたのが救いとなった。



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コリンとティムがフォルビアで逢瀬を重ねたのはあの再建されたグロリアの館。

たまにフォルビア城へティムが行くと、当然のようにコリンシアの部屋に通される。

本宮では1年前から北棟に2人の部屋が用意されている。

ちなみに独身時代にエドワルドが使っていた部屋。3階にあるのですが、ティムにとって中庭にいるエルヴィン達を見付けるのは造作もない。

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