19 色々拗らせたティムの本音11
黒幕を捕縛した日の夕刻、離宮に戻っていた俺は再び国主会議の場に呼び出された。あれから黒幕の機密書類を精査した結果、迅速な対応が必要な書類が出てきたらしい。
「あの男が接触していたのが今回捕らえた南部の領主だけではなかった」
居並ぶ方々を代表してアレス卿がその一覧を見せてくださった。中には既に目星をつけていたものもいるが、初見の名もある。ここに名を連ねた全員が同時に行動を起こしていれば、今いるエルニアの戦力では対処しきれなかっただろう。
だが、実際に反乱が起きる前に南部の領主を捕縛したことで、彼らは行動を起こすことに二の足を踏んでいる。今のうちにこの情報をエルニアに届ければ反乱を未然に防ぐことが出来る。
「最後の仕事と思って、エルニアに行って来てくれないか?」
当初の契約では3年を期限としていた。今年がその区切りの年なのだが、国主会議が始まる前の状態であれば継続するのも仕方がないと思っていた。
だが、復興を妨害してきた黒幕は捕縛された。その黒幕が高位の神官だったことから、賢者方の全面的な協力も取り付けた。陛下とアレス卿と相談した結果、俺は契約の継続は行なわず、姫様と共にタランテラへ帰国することにした。その最後の仕事として黒幕の機密書類の写しを留守役のレイド卿へ届けることになった。
離宮に籠っていた間、相棒を構ってやることができなかったが、騎士団の方で手厚く世話してくれていた。聞くところによると、黒幕の命令だったとはいえ一部の竜騎士が俺だけでなくタランテラも侮辱したお詫びの一環だったらしい。
上級の広い室に専属の係官、そしていつもよりも高級な食餌が与えられていたテンペストは、全身ピカピカに磨き上げられていた。しばらく会えなかったことでちょっとだけ拗ねていたが、それでも夜の帳が降りた空に飛び立ってしまえばすっかり上機嫌になっていた。絶好調の彼はエルニアまでの最短距離を丸1日で飛びきった。
首尾よくレイド卿に書類を手渡し、急ではあったがあちらで世話になった方々へ1日かけて挨拶を済ませた。元々身一つでエルニアへは来たので、預けていた貴重品とわずかな身の回りの品をまとめれば荷造りは完了。夜には城にいた近しい人達がささやかな送別の宴を開いてくれた。
翌早朝、城の着場には多くの人が見送りに来てくれた。短い間だったが、共に戦った竜騎士達は全員正装で整列し、忙しいはずの文官方も示し合わせたように各部署の長が揃っている。まるで国賓並みの扱いに恐縮するが、レイド卿と共に陛下とアレス卿の留守を預かっている文官の長の1人が、俺の事を救国の英雄だと賛辞してくれた。
ここまで感謝されると、この国の手助けをして良かったと思える。こんな俺でも役に立てたのだと自信が持てた。大陸の北と南でかけ離れているが、それでもいつか、この国を再び訪れることが出来ればいいなと思う。見送りの方々に礼を言い、俺はテンペストを飛び立たせた。
帰りは行きほど焦らずに安全な行程を選んだので、里に着いたのはエルニアを出た翌日の昼頃だった。すぐに帰還の報告をするつもりで係官にテンペストを預けたのだが、当代様の部下が俺を待ち受けていた。
「お着きになられたらすぐにお越しいただいたいと仰せでございます」
「……では、帰還の旨をタランテラのエドワルド陛下とエルニアのアレス卿にお伝えいただけますか?」
「かしこまりました」
嫌な予感がしないでもなかったが、当代様のお召しを一介の竜騎士が断ることなどできない。伝言を快く引き受けてくれたのもあり、先に当代様の元へ伺う事にした。
「おお、よく来てくれた」
恐れ多くも住居となっている奥棟に伺うと、当代様は満面の笑みで迎えてくださった。この笑みに嫌な予感はさらに強まったが、さすがにもう逃げられないだろう。俺は客間に通され、なぜか当代様と差し向かいでお茶をすることになってしまった。
「ところで、御用は一体何でしょうか?」
当代様はなんだか嬉しそうだが、俺は一刻も早く姫様の傍に行きたい。懐にはエルニアでもらった報酬の半分を費やした青真珠が入っている。婚約を公表する前に、これを渡して改めて姫様に求婚するつもりでいたのだ。
時間が惜しい俺は無礼なのは承知で早速本題に入らせてもらった。だが、当代様はのらりくらりと話をそらす。苛立ちが募り、俺が声を荒げそうになったところへ当代様付きの女官が何やら報告にやってきた。
「待たせてすまなかったの、ようやく本題に入れるぞ」
妙にご機嫌な当代様に促されて隣室に足を運ぶと、そこには神殿騎士団の礼装が一式用意されていた。俺が持っていた一般的なものよりも金糸で豪華な装飾が施されている。
「今宵はな、妾主催の夜会がある。そなたはこれを着て出席してもらう」
「へ?」
当代様の言葉に思わず素で返していた。
「今回の黒幕捕縛にそなたが貢献したのは明らか。よってそなたへ聖騎士の称号授与が全会一致で決まったのじゃ。夜会の冒頭で披露する故、会場へは妾のエスコートをせよ」
「は?」
突然の事に間抜けな返答しかできない。聖騎士の称号を授与されるという事は、竜騎士としては最高の栄誉を賜ることになる。
これで姫様と並び立つのに相応しい地位を得ることになると思うと嬉しいのだが、夜会なら俺は姫様と出席したいです。と、言うか、当代様、何か非常に悪い顔をしておられますが、良からぬこと企んでいませんか?
「これは命令じゃ。エルニアとタランテラには通達してある故、遠慮はいらぬ」
遠慮というか、全力で拒否したいのですが……。結局、抵抗むなしく当代様の言いなりになるしかなかった。
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