18 変わらないコリンシアの想い8

「帰りたい……」

 具体的な内容は聞き取れなかったけれど、当代様が何かを宣言して周囲が沸き立っている。私の呟きは、その歓声にもみ消された。人の熱気で頭がクラクラしてくる。いつまでもここにいたくなかった。私が今いるのは会場の端なので、一段落したら手近な扉から外に出よう。

 そんなことを考えていると、周囲のざわめきが大きくなる。顔を上げると、煌びやかな装飾が施された礼装を身に着けたティムが真っすぐこちらに向かっていた。

「姫様」

 どうしてこっちに来るの? 当代様の護衛になったのならお傍に居なくてもいいの? 何か言わなきゃいけないと頭では思っていても、私はその場に固まって動けなかった。

「お帰り、ティム。いつ帰って来たんだ?」

「お聞きになっておられませんか?」

 側にいた父様が気さくに声をかけるが、ティムは怪訝けげんそうに聞き返す。

「いや、何も聞いていないが?」

 父様の返事に彼は盛大なため息をついた。次いで小さな声で悪態をついていたのは聞かなかった事にした方がいいのかな。

「里に着いたのは昼前です。着場につくなり当代様に呼ばれたので、伝言をお願いしていたのですが……」

「聞いていないな」

 その場にいた父様と母様、アレス叔父様そしてユリウスまでもが上座にいる当代様に視線を向ける。一瞬目が合ったみたいだけど、彼女は私達から慌てて目をそらした。

「全く……懲りない方だ」

「絶対、母上に言ってやる」

 母様とアレス叔父様の養母、アリシアお祖母様は少し前まで里の学び舎で大母補候補の指導役をしていた。当代様は留学前から随分目をかけていただいて、今でも頭が上がらないと聞いている。

「きっと驚かそうと軽い気持ちでいたのでしょう」

 母様は少しだけ当代様を擁護ようごしたけど、一つため息をつくと私の頬を撫でる。

「でも、私達の娘を悲しませたのですから、反省はしていただかなくては」

「そうだな」

 必死にこらえていたけど、泣きそうになっていたのはばれていたみたい。今度は変な嫉妬をしていたのが恥ずかしくて、側にいるティムの顔をまともに見られなかった。

「少し、外の空気を吸っていらっしゃい。ティム、側にいてあげてくれるかしら?」

「もちろんです、皇妃様」

 母様がにっこりと微笑んで気分転換を勧めてくれる。即答したティムがその大きな手を私に差し出す。父様も母様も頷いて後押ししてくれるので、私はこの世界で一番大好きな人の手を取った。




 手近な扉から外に出ると、そこは中庭に面した露台になっていた。私達は広間の喧噪を離れ、設置された階段を使って宵闇の迫る中庭に降り立った。周囲には不思議なほど人影が無いので、もしかしたら人払いしてくれているのかもしれない。

「悲しい思いをさせてすみませんでした」

「……ティムの所為じゃ無い」

 中庭の一角に休憩用の椅子が設置されていた。私に椅子を勧めると、ティムはまるで許しを請うように目の前にひざまずいた。そしてこの数日間のあらましを教えてくれた。

「アレス卿の要請でエルニアに戻っていました。こちらの黒幕を捕縛したことをいち早く知らせ、それによって不穏な動きを牽制する為です

「でも……反乱の首謀者は捕らえたのでしょう?」

 私の疑問にティムはため息交じりに応えてくれる。発見された機密書類によると、あの黒幕は今回エルニアで捕らえた領主以外にも密使を送っていた。だけど、1人捕らえたことで他の領主は実際に行動を起こすのを躊躇ためらったらしい。

 こういった輩は黒幕がいなくなったと分かればすぐにてのひらを返してすり寄ってくるだろう。もちろん注意は必要だけど、その間に若い王の地盤は十分に固められるはずだとティムは胸を張って答えた。

「これが、エルニアでの最後の仕事になりました。復興のめどが立ちましたし、ちょうど当初の契約から3年が経ちました。陛下やアレス卿と相談し、契約の更新はせずに一緒にタランテラへ帰ることになりました」

「本当に?」

 エルニアの現状を考えれば、少なくてももう1年は帰れそうになかったはずだ。黒幕が捕縛されたのが大きいとは思うけれど、だからと言ってまだまだ人員は必要なはず。それは一体どうするのだろう。

「エルニアでも人材は育ちつつあります。後、黒幕が里の人間だったことから、当代様から今までと同等以上の支援の継続を取り付けたそうです」

「じゃあ……」

 一緒に帰国できる。その一言で先ほどまでの暗い気持ちが一転し、心が弾んでくる。嬉しさのあまり、そのままティムに抱き着いた。鍛え上げた体は不安定な体勢だったにもかかわらず、私をしっかりと抱きとめた。そして、顏を見合わすと自然と唇を重ねていた。

「姫様」

 唇を離すと、ティムは私を立たせて居住まいを正し、改めてその場に跪く。そして懐から何かを取り出すとそれを私に差し出した。

「既に決まっていますが、改めて申し込みます。コリンシア・テレーゼ・ディア・タランテイル様、愛しています、結婚してください」

 差し出されたのは装飾も何もない黒い巾着。開けてみると、中には数粒の大ぶりな真珠が入っていた。かがり火の明かりではわかりづらいが、ティムの話では珍しい淡い青色をしているらしい。エルニアで任務の合間に集めてくれたと聞いて胸が熱くなる。

「私も、愛しています。ティムのお嫁さんにしてください」

「姫様……」

 私の返事にほっとした様子でティムは達がると私を抱きしめる。そして再び唇を重ねようとするけど、ちょっとだけ不満があったので指で彼の唇を押さえる。

「姫様?」

「あのね、私達、結婚するのよね?」

「そうですね」

「名前で呼んで」

 私の要望にティムは驚いたように目を見張る。けれども、すぐにあの優しい笑みを浮かべて私を抱き寄せると、耳元で私の名を呼んでくれた。

「コリン」

 凄く嬉しいけどちょっとだけ照れくさい。その照れくささをごまかすために、彼の胸板に顔を押し付けた。すると、頬に手を添えられて上を向かされる。ティムはもう一度私の名を呼んで唇を重ねた。


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ティムに名前を呼んでもらって逆に恥ずかしくなるコリンシア。

でも、嬉しい。


ちなみに、後半は書いていて恥ずかしかった。

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