17 変わらないコリンシアの想い7

 エルニアでの反乱未遂の黒幕が捕縛されたと聞いて、ほっとしたと同時に一抹の寂しさも感じた。事件が解決してしまえば、私の護衛としてティムをこの離宮にとどめておく理由がなくなってしまう。無理して任地を離れてきたので、もしかしたらすぐにでもエルニアに行ってしまうかもしれない。

 この数日、ずっと一緒にいられたので急に離れてしまうと思うと、どうしようもない寂しさがわきおこる。幾度も針が止まり、ため息がこぼれる。それでももう一度気を取り直して針を進め、ようやく最後の一刺しを終えた。

「できた……」

 離宮に籠っている間、手持無沙汰だった私は、裁縫が得意な侍女に手助けしてもらいながらティムの普段用のシャツを縫っていた。あまり派手にはならないように、襟元にだけ刺繍を入れ、街から取り寄せてもらった白く光沢のある貝のボタンを縫い付けてようやく完成した。

だいぶ手伝ってもらったけど、なかなかの出来栄えになったと思う。気に入ってもらえると嬉しいな。

「上手にできたわね」

 ずっと見守っていてくれた母様が、編みかけのベビードレスを脇に置き、出来上がったばかりのシャツを手に取って褒めてくれる。幼い時にこういったものを作る楽しさを教えてくれた師匠ともいうべき人なので、褒めてもらえるととても嬉しい。

 ちなみに今、母様が編んでいるのは妹のフランチェスカのもの。私はまだ見たことが無いけれど、きっとかわいいんだろうな。1ヶ月離れてしまうと随分大きくなっているかもしれない。人見知りが激しいから抱いても泣かれてしまうかも……。等と想像しながら良く2人で話している。

「今日は帰ってくるかしら?」

 エルニアの復興を邪魔していた黒幕が捕縛されてから4日経っていた。あの会議の後、ティムは一度離宮に帰ってきたけれど、アレス叔父様に呼ばれて出かけたきり帰ってきていない。父様の話では所用で里を離れているとのこと。危険なことはもうないのだけど、不安が募ってしまう。出来上がったばかりのシャツを胸に抱き、私はため息とともに暗くなり始めた窓の外を眺めた。




「当代様主催の夜会は出席しなさい」

 エルニア復興の妨害をしていた黒幕の捕縛という予定外の事態が起こったものの、国主会議はおおむね予定通り進み、父様の話では会期を延ばすことなく終了した。

 会期中に幾度か夜会はあったけれど、学び舎の事があって私は全て欠席していた。周囲も気遣ってくれて無理に誘われることはなかった。しかし、会議の最終日に行われる当代様主催の夜会だけは欠席できない。

 本当はまだちょっと怖いのだけど、いつまでも籠っているわけにもいかない。私は震える声で父様に了承を伝えていた。

「ティムは来るのかな……」

 会場に向かう馬車の中でポツリと呟く。結局、あの日以来ティムの姿は見ていない。叔父様の用事が何だったのかわからないけれど、きっと彼にしかできない事なのだろう。規則正しい車輪の音を聞きながら、そんなことを考えているうちに会場に着いた。

「手を……」

 先に降りた父様が母様に手を差し出して馬車から降りる手助けをする。そして今夜のエスコート役を引き受けてくれたユリウスが私に手を差し出してくれた。

「さあ、気を付けて」

 着慣れない礼装の裾に気を付けながら外に出る。そして豪華な絨毯が敷かれた廊下を歩き、父様と母様の後に続いて会場に入った。既に各国の国主とその奥方が集まっており、目立つ私達は注目を集めていた。

「コリン!」

 声を掛けられて振り向くと、親友のクレメンティーナが婚約者と一緒に立っていた。正確には婚約者殿の腕が彼女の腰にがっしりと回って離れないようになっているみたいだけど……。

 離宮にいる間、手紙でやり取りしていたけれど、会うのは学び舎の卒業の祝いの席以来。事件の事を知って随分心配してくれていたけれど、今の彼女は、肌艶はいいのだけれど随分と疲れているみたい。逆にちょっと心配になってくる。大丈夫かしら。

「会えてよかった。心配だったの」

「ありがとう。もう大丈夫だから」

 いつも通り愛称で呼ぼうとしたら、彼女の腰をがっちり掴んで離さない婚約者殿に睨まれた。私、女よ? どれだけ嫉妬深いの?

「ハニー、そろそろ行こうか?」

 彼女が自分以外の人と仲良くしているのが気に入らないらしい彼は、挨拶が済むと早々に彼女を連れて行く。すがるような目を向けられるけど、ごめんなさい、私ではどうにもできそうにないです。

「いやー、なかなかの執着心だね」

 傍らで見ていたユリウスが感心している。でも、私から見る限り、彼の奥方への愛も半端ではないような気がする。それを言ったら、父様やその側近一同の妻への愛も一緒かもしれない。

 社交の場は嫌いではないけれど、こういった集まりに出るのはあの事件以来で今日はなんだか怖い。私が襲われそうになった事件は緘口かんこう令が敷かれているとはいえ、あの祝いの席に出ていた人たちは皆知っている。周囲でかわされるひそやかな会話すべてが自分の愚かさをさげすむ内容ではないかと思い込んでしまいそう。

「当代様のおなりでございます」

 やがて奥の扉が開き、数名の竜騎士を従えた当代様が会場に現れた。一際背の高い竜騎士が当代様の手を取って付き添っているのだが、よく見るとその竜騎士はティムだった。

「ティム……」

 どうして彼が当代様の傍に居るのだろう? 気が変わって先日の当代様の誘いを受けることにしたのかな? この数日、離宮に来なかったのは、当代様のところにいたからなの? 考えが悪い方へ先走ってしまい、久しぶりに姿を見ることが出来たのに彼から視線を逸らして俯いた。

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