20 色々拗らせたティムの本音12

 結局、離宮に戻ることが出来ないまま日が暮れて夜会の始まる時刻となった。用意されていた煌びやかな礼装に俺は仕方なく袖を通し、当代様専用の入口の前で彼女を待った。やがて荘厳な衣装を身に纏った当代様がお見えになられた。こうしてみると、本当に大母様なのだと痛感するが、どうにも昼間のあの何か企んでいる姿と重ね合わせることが出来ない。

「では、参ろうか」

 俺の姿を見付けて当代様は手を差し出す。本当は姫様以外をエスコートしたくないのだが、仕方なくその手を取った。

「当代様のおなりでございます」

 扉が開き、会場の視線が集まる中、俺は当代様の手を取って進む。さりげなく見渡すと、会場の隅の方にユリウス卿に付き添われた姫様の姿が確認できた。美しく着飾った姿に見とれそうになるが、心なしかその表情が今にも泣きそうになっているのに気付いてぎょっとする。

「今回の捕縛に功績があったティム・ディ・バウワーを聖騎士に叙する」

 夜会の冒頭に当代様は予告通り俺の聖騎士への昇進を宣言した。先ほどの姫様の表情が気になり、当代様が手ずから聖騎士の記章を授け、祝福をして下さるのを焦れる思いで待った。

 祝福が終わった瞬間に大きな歓声が沸き起こる。俺の元には次々と賢者方や国主方が祝いを言いに来てくださるが、適当にそれらをあしらいながら真っすぐに姫様の元に向かう。すると、彼女は驚いた様子で固まっていた。

「お帰り、ティム。いつ帰って来たんだ?」

 その場にいた一同を代表してアレス卿が問いかけてくる。もしかして伝言が届いていないのか? 確認すると、アレス卿だけでなくエドワルド陛下にも伝わっていない。

「あの、嘘つき女」

 思わず悪態をついてしまった。急いで事情を説明すると、一同は疑わしげな視線を上座に送る。ばっちり目が合った当代様が慌てて目を逸らしたのでこれは間違いなく確信犯だ。皇妃様がただ驚かそうとしたのではないかと仰ったが、姫様を悲しませた事実は変わらない。怒りがわいてくるが、それを皇妃様がさりげなく制してくれる。

「少し、外の空気を吸っていらっしゃい。ティム、側にいてあげてくれるかしら?」

 存外に後の事は任せて欲しいと仰せになられているのだ。俺の務めは姫様を慰めること。そう理解した俺は姫様の手を取ると手近な扉から中庭に出た。

 色々と釈明しなければならないが、まずは落ち着ける場所を探す。ちょうど休憩するのに手ごろな椅子があったので姫様に勧め、俺はその前にひざまずいた。そしてエルニアに行ってきた経緯と一緒にタランテラに帰れる旨を伝える。感極まった姫様は俺の胸に飛び込んできた。危うく尻餅をつきそうになったが、無様な姿を見せたくない一心でどうにか堪えた。そして俺達は顔を見合わせると、自然と唇を重ねていた。

「姫様」

 唇を離すと、俺は姫様を立たせて居住まいを正し、改めてその場に跪く。そして懐からあの真珠を取り出すとそれを彼女に差し出した。

「既に決まっていますが、改めて申し込みます。コリンシア・テレーゼ・ディア・タランテイル様、愛しています、結婚してください」

 差し出した黒い巾着の中を見て姫様は驚いていた。青真珠は全部で7つある。好みのものに加工してもらいたいので、わざとそのまま持ち帰った。気に入ってもらえたようで俺も嬉しい。

「私も、愛しています。ティムのお嫁さんにしてください」

「姫様……」

 彼女の返答に嬉しくなってもう一度唇を重ねようとするが、その優美な指で押されて拒まれる。

「姫様?」

「あのね、私達、結婚するのよね?」

「そうですね」

「名前で呼んで」

 うかつだった。そういえばだいぶ前にユリウス卿にも忠告されていた。反省するけれどもあまりにもかわいらしいおねだりに自然とほおが緩み、彼女を抱き寄せて耳元でその名を呼んだ。

「コリン」

 だが、望みをかなえたと言うのに彼女は照れてしまって俺の胸板に顔を押し付けてきた。それもまたかわいいのだけれど、顏を見たい俺は彼女の頬に手を添えて上を向ける。そしてもう一度彼女の名を呼んで唇を重ねた。




 互いに寄り添って他愛もない話をしていると、ユリウス卿が俺達を呼びに来た。いつの間にか時間が過ぎており、宴はお開きとなっていた。

「当代様がお呼びになられているから行こうか?」

 今更、何の用があるのだろう? 疑問に思いながらも、陛下や他の方々も待っておられると言うので俺達は大人しく後に続く。向かった先は当代様の控えの間。ユリウス卿が扉を叩くとすぐに返事があり、中に入ると陛下と皇妃様、アレス卿が立っており、その中心に憔悴しきった当代様が座り込んでいた。

「ごめんなしゃぁぁぁい!」

 俺達の姿に気づくと、床に頭を擦り付けるほど下げて誤った。相当責められたのは想像できたが、宴での威厳のある姿との落差に目を疑う。

「ちゃんと何をしたのか白状して誤りましょう」

 以外にも皇妃様は容赦がない。陛下もアレス卿も黙認しているらしく、仁王立ちで半泣きの当代様を見下ろしている。

「ちょ、ちょっとした悪戯心でしゅ。悪ふじゃけをしてしゅみましぇんでじた」

 かみかみになりながら当代様が頭を下げる。どうしたものかと俺は姫様……コリンと顔を見合わす。アレス卿が補足してくれたところによると、俺を侍らせるだけでは飽き足らず、再会を焦らされた俺達の様子を見て楽しんでいたらしい。全くたちが悪いにもほどがある。こんな人が里の頂点で大丈夫だろうか?

「それで、謝罪だけですか?」

 今の俺は思いっきり悪い顔をしているかもしれない。何しろ悪戯されただけではなく、頼んだ伝言を怠って約束を反故にされたのだ。すぐには思いつかないが、何か要求しても罰は当たらないだろう。

「とりあえず顔を御上げなさい。2人を祝福してくださるのでしょう?」

 皇妃様の口調は相変わらず優しいのだけど、なんだか怖い。その恐怖を感じ取り、当代様は恐る恐る顔を上げると、俺達に婚約の祝福をしてくださった。

「苦難を乗り越え、紡がれた2人の縁に、ダナシアの数多の恵みがありますように」

 祝福の内容はこんな感じだったと思う。何しろ当代様はまだ半泣きの状態で台詞は嚙みまくり。それでも俺達の婚約を祝福してくださった事実には変わりない。これで正式に俺とコリンの婚約が成立した。

 婚約の祝いに杯が用意されて当代様秘蔵のワインが振る舞われ、俺達は杯を掲げてその美酒を味わう。自棄になったのか、当代様は自分でお代わりを注いでワインをがぶ飲みしていた。

「後、里の郊外にある当代様の別荘を貸していただけることになった。2人でゆっくり蜜月を過ごすと良い。ああ、孫と一緒に婚礼を上げても構わないからな」

 陛下の発言に俺は思わず飲みかけの高級ワインを吹きそうになった。



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怒らせると一番怖いのはフレア。

軽い気持ちの悪戯だったが、思いのほか大事になって当代様は大慌て。

苦手なアリシア様の真似で追及されて心が折れた。


ちなみに振る舞われたワインは当代様が一番大事にしていた年代物。

隠してあったのだけれど、2人の目利きによって見つけ出された。


ティムを早く息子にしたいエドワルドとしては、組紐の儀まで済ませてしまいたかったのだが、この場にいないオリガとルークに遠慮して婚約という形に留めた。

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