15 色々拗らせたティムの本音9
当代様がタランテラの離宮を電撃的に訪問されて5日経った。その間、俺は重傷という名目の元、離宮に籠らされていた。周囲にそう思い込ませる意図があると言われていたが、後になって思うに、きっと暴走した俺が1人で黒幕の元に殴り込みに行くのを阻止していたのが真相だろう。確かに、姫様が襲われた日、すぐにそうしようとしていたのだから強く否定はできないが……。
この5日間は、朝起きると軽く体を動かした後朝食をとり、会議に出かけられる陛下を見送る。その後昼までは、姫様は勉強や刺繍をしたりして過ごされるので、警護は他の竜騎士に任せて俺は鍛錬に励み、昼餉は2人でとる。そのまま午後は2人で離宮の敷地内を散策したりして過ごし、夜、お戻りになられた陛下達と夕餉をとると言う実に平和な日々だった。
当初の予定通りエルニアの陛下が到着されてからは、時折見舞いと称して離宮へ訪問されるので、実務で忙しいアレス卿に代わって剣の稽古に付き合ったりもした。その様子を姫様も様子を見に来られ、差し入れてくださるお茶やお菓子で休憩をするのが習慣となっていた。
「やあっ!」
元気な掛け声とともに少年王が練習用の剣で打ち込んでくる。俺はそれを軽くあしらいながら、時折反撃して相手の剣を弾き飛ばす。それを幾度となく繰り返すのだが、陛下はめげることなくその都度剣を取り直して俺に挑んでくる。
その姿は昔、まだフォルビアのお館で下働きをしていた頃の自分と重なる。ルーク兄さんだけでなく、当時の第3騎士団の名だたる竜騎士が俺に稽古をつけてくれていた。当然、当時の俺がかなうはずもなく、何回、何十回と武器を落とされ、時には強烈な打ち込みをくらった。体は傷だらけになったけれど、今ではいい思い出の1つだ。
「えいっ!」
気合いを入れなおした陛下がまた挑んでくる。それにしてもお元気になられた。どろどろとしたエルニアの後宮でお育ちになられた陛下は常に毒殺の恐怖におびえてお暮しになられていたらしい。病気がちで食が細く、初めてお会いした時には1日の大半を寝て過ごすこともあったほどだ。
それがここまで元気になられたのは聖域の薬学のおかげだ。取り込んでしまった毒を排出し、滋養のある食事をとることで少しずつ健康を取り戻したのだ。それでもまだ無理のし過ぎは良くないので、頃合いを見た俺は陛下の剣を弾き飛ばして今日の稽古は終わりにする。
「今日はここまでにいたしましょう」
「でも……まだ……」
「ご無理は禁物です」
向上心がおありなのはいいが、無理は禁物である。既に太陽は中天に差し掛かっており、容赦なく武練場となっている中庭を照り付けている。俺は息を切らしている少年王をたしなめ、そろそろ昼食だからと
「師匠」
少年王は嬉しそうにアレス卿の元へ駆け寄っていく。
「随分と上達されましたな」
大陸でも屈指の竜騎士2人に褒められ、少年王は嬉しそうだ。だが、謙虚な彼は俺の指導がいいのだと嬉しいことを言ってくれる。だが、全ては彼の努力の賜物だと思う。
「陛下が努力なさっているからです。俺はそのお手伝いをしているだけですよ」
俺がそう言うと、彼は嬉しそうに頬を上気させていた。
「父様、叔父様。おかえりなさい」
様子を見に来られていた姫様がお茶を用意してくれる。エドワルド陛下とアレス卿の姿に驚いた様子を見せなかったのは、ご一緒に来られた皇妃様から先に話を聞いていたからだろう。とりあえず俺達はいつも休憩に使う木陰に腰を下ろした。傍らに小さな噴水があり、その水音が涼やかさを演出してくれる。
「いつもより早いけど、何かあったの?」
井戸水でほどよく冷やしたお茶を配りながら姫様が2人に尋ねる。今までにも早く帰ってきたことはあったが、それでも夕刻、日が傾き始めた頃合いが精々だ。
「ああ、決行が明日に決まった」
陛下の答えに一瞬緊張が走る。のどかな情景とは裏腹に、会話は剣呑な空気を纏っていく。
今、当代様を中心にエルニアの再建を邪魔している神殿関係者を極秘に調査していた。里の
「今朝早くにエルニアから領主とあの神官の調書が届いた。里へ来るとき、途中の砦へ置いてきたエヴィルの竜騎士が頑張ってくれたおかげだ。神官の身柄も近日中に着くはずだ」
「あの神官、息子の企みが失敗したと知ったとたんに洗いざらい白状した。自分は利用された事を強調しているが、例えこの件で大した罪に問われなくても学び舎の件できっちり償ってもらうつもりだ」
陛下は不敵な笑みを浮かべ、アレス卿はそれに同意するように大きく頷いている。なんだか2人ともすごくやる気満々だ。
ふと、傍らの姫様を見ると、心なしか表情が硬い。神官の名を聞いて事件を思い出したのだろうか。だが、親子で話し合ったらしく、陛下は全てを包み隠さず話し、姫様もそれから逃げないと決めたらしい。
ご立派です、姫様。でも、無理はしてほしくない。俺がそっと彼女の肩を抱くと、姫様はほっとした表情で俺を見上げた。
「ありがとう」
小さくお礼を言う姫様が愛おしくてならない。周囲の目がなければそのまま口づけていたかもしれない。理性を保つために危うく治りかけている左腕をまた強く握って傷を広げるところだった。
「話が少しそれたな。今、当代様の命で黒幕の周囲から慎重に取り調べている。黒幕を完全に潰すにはあの書状以上の証拠が必要不可欠だ」
「出てくるのは時間の問題だろう。里全体を敵に回したのを知らないのは当の黒幕だけだ」
心なしかアレス卿の表情は晴れやかだ。今までは自分の仕事を邪魔していた相手をおおよその見当を付けてさりげなく注意するしかできなかったのだが、やっと公の場で堂々と糾弾できるのだ。この件が片付けば、エルニアの復興は大きく前に進むことになるだろう。彼の元で働いてきた俺も同じ心境だ。
すると話を聞いていたエルニアの陛下は真剣な表情で2人を見上げる。
「その会議に僕も出席させて下さい」
自分の国を乱した犯人を追及するのだ。近頃特に国主の自覚を持ち出した彼は他人任せで終わらせたくないのだろう。その気持ちは俺にもよくわかる。
「もちろんです、陛下」
「国主会議の場に呼び出すことになった。貴公は見届ける権利がある」
エドワルド陛下の言葉に少年王はほっとしたように顔をほころばせていた。
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その昔、テレビで見た記憶なんですが、どこかの(多分、イスラム圏)お城を紹介してました。小さな泉が広い部屋の中にあり、常に水がちょろちょろと流れているので、その音で中での会話が外へは聞こえないようになっていると紹介されてて、「ほぉ~」と感心してみていた記憶が。
今回中庭のシーンでちょっと採用。涼を演出しつつ、これで外には会話が聞こえないんだよって言い訳しております。でも、屋外だとあまり効果がないのかな。なんにせよ、中庭なので気軽に外部の人間が入ってこれる場所ではないという事で……。
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