閑話 黒幕は甘美な夢を見る2

「会議の前に皆に残念な報告をせねばならない」

 周囲がざわつく中、当代様が立ち上がって口を開かれる。視線を伏せた奴が傍らに立っており、いよいよ奴が罷免ひめんされる時が来たのだと悟る。

「皆も承知の通り、エルニアの再建をアレス・ルーンに任せていたが、内乱の終結後もなかなか落ち着かない現状が続いておる。つい先日も南部で不穏な動きがあった」

 当代様が一端話を止めると、正面の扉が開いてあの「黒い雷光」などと呼びはやされている竜騎士が現れる。重傷と噂され、この数日間、タランテラ離宮から一歩も出ることが無かったその男は各国の国主方に一例をすると、当代様の前に作法通りに進み出る。

「この度の事件、このティム・ディ・バウワーの働きにより未然に防がれた。既に中心となった南部の領主、そして関係者はすべて捕縛された」

 今まで俯いていた奴が顔を上げ、当代様に代わって現状を報告する。失敗……したのは残念だが、未だにエルニアが騒乱のただ中にある現状は伝わっただろう。とにかく目的は果たした。

「その関係者の中にこの里に籍を置く神官が混ざっていた。調べによると、その神官が領主をたきつけ、反乱を示唆しさしていた。これは妾に対する背反行為である」

 奴が傍らの竜騎士に目線を送ると、その男はなぜか真っすぐにわしの元へとやってくる。どういう事か?

「この書簡に見覚えは?」

 その男がわしの前に突き出したのは、くだんの領主に送った指示書だった。すぐに消去されるはずのその書簡が残っていることに驚きを禁じ得なかったが、これは配下の者に別人の筆跡を真似させて書かせたのでわしの痕跡は残っていない。平常心を総動員し、わしは何食わぬ顔で「知らぬ」と答えた。

「そうですか」

「長年、里に貢献してきたわしを根拠もなく疑うとは随分と失礼ではないかね?」

 以外にもあっさりと引き下がった。気を良くしたわしは奴に追い打ちをかけるべく嫌味も加えてやった。

「口を慎むがよい」

 当代様にとがめられ、顏を上げると何もかも見透かした目で真っすぐにわしを見据えていた。

「すでに調べはついておる。その書簡の筆跡はそなたの部下のものと一致した。捕らえて尋問したところ、そなたの指示によるものとあっさりと白状したぞ。他にも数名の部下から証言を得ておる」

「……存じませぬ」

 あれだけ念入りに施した偽装を見破ったと言うのか? 背中を嫌な汗が流れていくのを感じながらも、努めて平静を装う。ここで認めるわけにはいかない。

「ならば、潔白を証明するためにもそなたの関係各所を調査いたす。異存はないな?」

「も、もちろんでございます」

 断っては余計に疑念を持たれてしまう。ここは応じるしかない。どうせ、すぐにとりかかるのは無理だろうし、後ろ暗い機密の書類は普段の執務室とは別の場所に保管してある。あの場所を知っている者は限られ、カギはわしが自分で管理していた。

「失礼いたします」

 そこへ神殿騎士団員が報告に現れる。その手には見覚えがある保管箱が抱えられ、驚いたことに既に中が開けられていた。すぐに賢者方がその書類に目を通していく。

「……」

 一気に血の気が引いてくる。もうあの場所を探し当てたのか? 何故だ? いくらなんでも早すぎる!

「妾の権限により、そなたへの嫌疑がかかった時点で調査を命じた。そなたの側近の証言により、この保管箱を見付けたのだが、そなたのもので間違いないな?」

 この部屋にいるすべての人間の視線が集まる。皆、知っていたと言うのか? わしを捕らえるために会議に呼んだのか? もうおしまいだ……。

「この者を捕らえよ。証拠の精査が済み次第、改めて審理の場を設ける。申し開きはその場でせよ」

 当代様はそう申しつけると、一顧だにせず部屋を出て行かれた。入れ違いに多数の兵が現れてわしを取り囲む。そして問答無用で拘束すると部屋の外へと連れ出そうとするが、その前に小柄な少年が立ちはだかる。

「陛下、危険です」

 すかさず奴がかばうところを見ると、この少年がエルニアの国主なのだろう。遠目に拝見しただけだったので、すぐにはわからなかった。

「僕はそなたを許さない。己の欲の為に罪もない人々を巻き込んだ。我が国の民を傷つけ、命まで奪ったのだ。絶対に許さない」

 少年王は怒りを露わにして強く拳を握る。その真っすぐな目と合わせられず、わしは目をそらした。

「連れて行け」

 奴……アレス・ルーンは少年王を背中に庇いながら兵士達に鋭く命じた。わしはそのまま乱暴に連れ出され、そして牢獄に押し込められた。



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神官(父)は息子の計略を成功させるために、指示より少し早めに情報を流してティムの足止めを図っていた。ところが、思った以上に早くに解決してしまい、更には自分も身柄を拘束されてしまった。ただ、頼まれてやったことを強調するために、接触していた黒幕さんの部下の事をより詳しくしゃべってしったので、思ったよりも早くに黒幕さんにたどり着いた。

一方の黒幕さんは本文中にもあるように反乱は成功しなくても別に構わなかった。差し押さえられた後ろ暗い書類によって、今までアレスの邪魔をしていたのが全て明るみに……。

つまりは互いに互いを利用しておいしい所だけ持っていくつもりだった。


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