閑話 黒幕は甘美な夢を見る1

「失敗だと?」

 部下の報告にわしは手にした報告書を握りつぶした。あの忌々いまいましい男をエルニアから排除するきっかけを作るために、奴に反感を持つ貴族にちょっとした情報を送ってやっていた。今頃は反乱が起こり、早ければ第一報が奴の元に届いたころだろう。慌てふためいた奴は国主会議どころではなくなるに違いない。

 そんな中、先行して来ていたらしい奴の部下が学び舎で騒ぎを起こしたと聞いた。調べると平民出のその竜騎士は神官に重傷を負わせ、自身も怪我をしてタランテラにあてがわれている離宮にいると分かった。かの国の国主が留守にしている間であれば楽だろうと判断し、どうにも気になったわしは部下に身柄の確保を命じたのだ。

「皇妃とユリウス卿が案外手ごわく、手こずっている間にエドワルド陛下が賢者様を伴いお戻りになられてしまい、我々は引かざるをえなくなりました」

「忌々しい……」

 学び舎で騒ぎを起こしたのならば、上司である奴にその責任を問うこともできる。「黒い雷光」などと呼ばれて有頂天になっているその若い竜騎士の身柄を拘束し、少し脅して尋問すれば奴に不利な証言も得られると踏んでいたのだが少々当てが外れてしまった。だが、この程度で引き下がっていられない。

 かつて権勢を誇っていたカルネイロ一族が失脚して10年。ようやく好機が巡り、ついに末席ながらもあのベルクが成し遂げられなかった賢者の地位への打診があった。そのためにはどうしてもエルニアの利権……かの国で確立されている真珠の養殖の技法を手に入れる必要があった。この地位を維持し、更なる高みを目指すためには莫大な財産が不可欠である。大望を果たすまで諦めてなるものか。

「タランテラの動向を探れ」

「かしこまりました」

 今必要なのは情報だ。子飼いの部下は頭を下げて下がっていった。




「当代様がタランテラの離宮へおもむかれたそうです」

 翌日になってもなかなか有益な情報は入ってこなかった。しかし、夕方になって信じられない情報が入ってきた。タランテラの皇女を見舞うためにわざわざ当代様自ら足を運ばれたと言う。普通であれば高位の神官、もしくは大母補を名代とするところを御自ら行う前代未聞の事態に、驚きを禁じ得なかった。

「そこまで特別扱いをする理由があるのか?」

「皇女が学び舎での騒動に巻き込まれた責任を感じてとのことです」

 緘口かんこう令が敷かれているのか、前日の騒動について詳しい情報が入ってこない。かろうじてわかっているのは、奴の部下の竜騎士がその力を使い、神官に重傷を負わせたという事だけだ。騎士資格剥奪が確定するほどの大罪であるにもかかわらず、タランテラの国主はその竜騎士をかくまっているのだ。他に何かあるのだろうか?

 あの父子の訴えでは、重傷を負わせられた神官は皇女と将来を誓い合った仲だと聞いている。竜騎士を重んじ、神官を軽視する傾向にある国主によって2人は引き裂かれ、有能な竜騎士を引き留める為だけに婚約話を進められているらしい。

 哀れな皇女を救うために息子を学び舎に送り込む手筈を整えた見返りとして、父親を私の計画に協力させた。もちろん、直接の接触は避けた。こちらからの指示は部下を通じ、息子からの私信という形で送ってある。万が一あちらの内乱が失敗しても、奴を切り離せば済む話だ。エルニアの再建がとどこおっていることを周囲に知らしめることが出来ればいい。

 話がそれたが、ともかくもっと情報を集めなければ的確な対処ができない。引き続き情報の収集を命じたが、一向に正確な情報が入ってこない。いたずらに時間を費やしている間に、とうとう国主会議が始まってしまった。




 賢者以上の神官でなければ国主会議に出席できない。だが、会議の5日目、わしは当代様のお召しで特別にその場に呼ばれていた。早くも賢者として扱われることが嬉しく、ここ数日の苛立ちは消え去っていた。だが、それは会場に入るまでに過ぎなかった。

「何故、奴がいるのだ?」

 国主会議の会場で義兄となごやかに会話を交わしているアレス・ルーンの姿を見付けてわしは驚いた。もしかして国元からの情報はまだ届いていないのか? 足元に火がついているも知らずに何とものんきなことだと半ばあきれながらわしは用意された席に着いた。

 やがて全員が席に着き、当代様が登場されて会議が始まった。だが、そこへ急使が現れ、当代様に何かを差し出す。すぐに奴が呼ばれ、断片的に「エルニア」「反乱」と聞こえてようやく反乱の知らせが伝わったのだとほくそえんだ。

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