13 色々拗らせたティムの本音7
「この度の事、そなたの機転で妾も助けられた。感謝の気持ちにこれを授ける」
当代様が褒賞として差し出されたのは一振りの長剣だった。鞘も柄も黒一色でまとめられ、装飾と言えるものは鞘に施された銀の
当代様の話では、6代前の神殿騎士団長が愛用していた品で、彼が騎士団を引退する折に当時の大母様に託していったものらしい。見た目に反し、風の力を有するそれは俺にとって最も相性のいい一振りともいえる。こうして鞘ごと握っているだけで手にしっくりなじんでくるのが何よりの証拠だろう。
「貴重な品を……」
「相応しいものがいれば遠慮なく譲るようにと言って託されたと当時の記録に残っておる。黒い雷光に相応しい品だとは思わぬか?」
これが自分のものになる。得も言われぬ高揚感が沸き起こっていたが、続く当代様の言葉にそれは一気に冷めてしまった。
「そなたは現状で満足できずにタランテラを出たと聞く。この3年、アレス卿の元で働くそなたの評価はなかなかのもの。聖域ではなく妾直属の本隊に移り、ゆくゆくは騎士団長を目指してみるつもりはないか?」
当代様直属という事は礎の里に属する竜騎士の中でも精鋭中の精鋭が集まることで知られている。俺を評価してくれているのはわかるが、それは俺が望んだ未来ではない。俺が忠誠を誓い、剣を捧げる主君はエドワルド陛下ただ一人。そして一時的にせよ群青の装束を脱いでいるのは、姫様の隣に並び立つための過程でしかないと考えているからだ。
俺のこの考えはもしかしたら普通ではないのかもしれない。当代様がご厚意で本隊への移籍を進めてくださっているのだろうけど、それは俺にとって全く有り難い事ではなかった。
「それは……褒賞の一部としてですか?」
「そのつもりじゃ。そなたは竜騎士としての最高の栄誉と財を得る。妾は当代最高の竜騎士を侍らせ、周囲に誇示できる。双方共に明るい未来が期待できると思わぬか?」
念のために確認してみたが、当代様から帰ってきた言葉に俺はがっかりせざるを得なかった。彼女が必要としているのは、周囲に自慢できる見目の良いお飾りなのだ。俺には無理だ。竜騎士の本質からかけ離れている気がするから。
「そういう事でしたら、お断り申し上げます」
俺が即答すると、お付きの神官が気色ばむ。俺はにらみを利かせて黙らせると、一気のこちらの主張を捲し立てた。
「俺の主君はエドワルド・クラウス陛下ただ一人。俺の忠誠はタランテラに捧げると既にダナシアに誓っている。今は己の腕を磨くためにアレス卿の元にいるが、あくまでコリンシア・テレーゼ様と共にあるための過程に過ぎないと思っている。
竜騎士として最高の地位と言われても俺には無用。元々、褒賞を望んでいたわけではありませんので、こちらもお返しいたします」
俺が長剣を突き返すと、断れるとは思っていなかったらしい当代様は唖然としていた。どんな反応が返ってくるか辛抱強く待っていると、彼女は肩を震わせ、大母の地位にいるとは思えないほど豪快に笑いだした。
「あっはっはっ! 気に入った!」
先ほどまでの威厳は消え失せ、おなかを抱えて爆笑する当代様の姿に俺は長剣を抱えたまま唖然として見ているしかできなかった。やがてひとしきり笑って気が済んだのか、当代様は居住まいを正すと俺に対して深々と頭を下げた。その姿は大母そのもの。先ほどまで大笑いしていた人物とは到底一致させることが出来ない。
「無礼を許されよ。コリンシアが慕う殿方がそなたと聞いて、ちょっと確かめさせて頂いた」
「……試されたのですか?」
試されていたのか。だからと言って納得はできない。
「名誉を得るために国を出たと聞いていた故、その本心が知りたかったのじゃ。学び舎で学んだ娘たちはわが妹も同然。名声に左右されるようであれば、コリンシアが後に悲しむ事にならないか危惧した故の事。許されよ」
もう一度当代様が頭を下げる。だが、まだ何か隠している気がする。
「私の部下を勝手に引き抜こうとしないでいただけますか?」
不意に声がかけられて見ると、戸口に騎竜服姿のアレス卿が立っていた。陛下との会話でエルニアの陛下はエヴィル側に任せて単騎でこちらまで来られたらしい。その姿を見て
「で、当代様。どういうおつもりですかな?」
仁王立ちになったアレス卿に追及されて当代様は洗いざらい白状させられていた。確か、以前にアレス卿から聞いた話では、当代様は御養母アリシア様の遠縁にあたられる方だとか。子供の頃に大母補教育の一環でアリシア様に預けられたことがあり、一時期一緒に過ごしたことがあるらしい。ちなみに思い付きで行動してしまうのは今も昔も変わらないと、ため息交じりにおっしゃっていた。
俺がそんなことを思い返している間に、容赦ない追及に耐えられなくなった当代様はお付きの神官すら置いて逃げるように部屋を出て行ってしまった。
「あ、これ……」
遅ればせながら長剣を握りしめたままだったことに気付く。突き返そうとしていたのになんだか間抜けだ。どうしていいかわからずに縋るようにアレス卿を見ると、彼の答えは明確だった。
「試された謝罪だと思ってもらっておけ」
「いいの……かな?」
ためらいながら改めて手の中の長剣を眺める。促されて鞘から抜いてみると、刃に複雑な文様が浮き出ている。その美しさに思わずため息が出た。
「返せと言われても、もう返せないだろう?」
「……そう……ですね」
陛下の問いに、もうこの長剣に俺は完全に魅入られていた俺は頷いていた。
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