12 変わらないコリンシアの想い6
「そなたは現状で満足できずにタランテラを出たと聞く。この3年、アレス卿の元で働くそなたの評価はなかなかのもの。聖域ではなく妾直属の本隊に移り、ゆくゆくは騎士団長を目指してみるつもりはないか?」
当代様の申し出にこの場にいた誰もが思わず息をのんだ。常に無表情のお付きの神官達も初耳だったらしく、思わず「え?」と声を上げていた。
「それは……褒賞の一部としてですか?」
意外と冷静だったのは言われた当の本人だった。先ほどまでの様子とはうってかわり、当代様を見返す眼光は鋭く、どこか怒りを孕んでいる。それを真っ向から受け流し、涼しい顔をして当代様は答える。
「そのつもりじゃ。そなたは竜騎士としての最高の栄誉と財を得る。妾は当代最高の竜騎士を侍らせ、周囲に誇示できる。双方共に明るい未来が期待できると思わぬか?」
「そういう事でしたら、お断り申し上げます」
ティムはきっぱりと断ると、左腕を吊っていた布を鬱陶し気に外し、両手で長剣を捧げて当代様に突き返した。この行動にはさすがにお付きの神官も黙っていられず、「無礼だ」と声を荒げる。しかし、ティムはほんの一睨みで彼らを黙らせた。
一方で父様や母様といったタランテラ側の人間は彼のこの行動を予測していたみたいで、別段慌てた様子もなく成り行きを見守っている。
「俺の主君はエドワルド・クラウス陛下ただ一人。俺の忠誠はタランテラに捧げると既にダナシアに誓っている。今は己の腕を磨くためにアレス卿の元にいるが、あくまでコリンシア・テレーゼ様と共にあるための過程に過ぎないと思っている。
竜騎士として最高の地位と言われても俺には無用。元々、褒賞を望んでいたわけではありませんので、こちらもお返しいたします」
断れるとは思っていなかったらしい当代様は、突き返された長剣を前にしばし唖然としていた。不敬ともとれるティムの行動に怒るかなと恐る恐る様子を伺っていると、彼女は肩を震わせ、大母の地位にいるとは思えないほど豪快に笑いだした。
「あっはっはっ! 気に入った!」
おなかを抱えて爆笑する当代様の姿をティムは長剣を抱えたまま唖然として見ている。私的に会ったことがある私は彼女の本性を知っているのでそこまで驚かないけれど、それでも公式な訪問中に素を晒すとは思わなかった。それにしても当代様、ちょっとやりすぎです。
ひとしきり笑って気が済んだのか、当代様は居住まいを正す。そしてティムに対して深々と頭を下げた。
「当代様?」
「無礼を許されよ。コリンシアが慕う殿方がそなたと聞いて、ちょっと確かめさせて頂いた」
「……試されたのですか?」
ティムの声が地を這う。確かに試されたとあっては面白くない。それは私も一緒。見れば父様も母様も少し不機嫌そうにしている。
「名誉を得るために国を出たと聞いていた故、その本心が知りたかったのじゃ。学び舎で学んだ娘たちはわが妹も同然。名声に左右されるようであれば、コリンシアが後に悲しむ事にならないか危惧した故の事。許されよ」
「……」
もう一度当代様が頭を下げる。それにしてもティムをそんな風に疑うなんて当代様も失礼だわ。名誉、名声だけにこだわるのであれば、3年前に国を出ずに素直に私の護衛役を引き受けていたはず。そんな心配があるのなら、父様が先に反対している。
「私の部下を勝手に引き抜こうとしないでいただけますか?」
急に割って入った声に驚いて振り向くと、戸口にアレス叔父様が立っていた。騎竜服のままなので、里に着いてすぐにこちらへ来たのだろう。
「アレス、早かったな」
「ええ。コリンの事が心配で一足先に来ました。陛下は予定通り、明日の昼頃到着予定です」
父様が声をかけると、叔父様は笑顔で答える。そしてつかつかと部屋の中に入ってくると、当代様の前で仁王立ちになる。
「で、当代様。どういうおつもりですかな?」
「さ、さっき言ったじゃない。ちょっと試しただけよ」
「おや、ティムがそんな人物ではない事は私の報告で存じ上げているはずですが?」
叔父様の追及に当代様は目をそらす。実は当代様はプルメリアのリグレ公国のご出身。アリシアお祖母様の遠縁でもあり、叔父様も母様も子供の頃からよくご存じらしい。
「どういう事か、正直に白状なさってください」
「……だって、羨ましいんですもの」
当代様が子供みたいに拗ねている。それにしても羨ましいってどういう事だろう?
「私と一緒に大母補になった子はみんな結婚しちゃったし、後から入ってきた子もどんどん結婚が決まっているわ。先代大母だったシュザンナちゃんがいい男捕まえて辞めちゃったから、私にお鉢が回ってきたおかげで結婚どころか出会いの場が余計に遠のいちゃったじゃない?」
「で?」
当代様の愚痴に叔父様は冷静に応対する。
「せめていい男でも傍に侍らせたいなぁ……なんて思っちゃったりして……」
「ティムとコリンシアは近々婚約するのは知っていたよな?」
「あはは……」
叔父様の追及を乾いた笑いでかわそうとするけれど、一睨みされて引きつった笑みに代わっていた。
「そもそも、貴女が高望みしすぎて父君の持ってこられた縁談をことごとく断ったのが原因では? 自業自得です」
「……ソノトオリデス」
「大母の地位につかれたのもご自身で納得の上だったはずです。他人を羨んでいる暇がございましたら、お勤めをきちんと果たしてください。大母補方があなたがお戻りになられないと困っておられましたよ」
そういえばここに当代様が来られてずいぶん時間が経っている。一日の予定は隙なく埋められているので、随分と影響が出てきているのかもしれない。
「あ……」
当代様の顔色が悪くなる。慌てて騒がせた事を改めて謝罪すると、見送りすら断って逃げ出すように去って行った。まるで嵐が過ぎ去っていったみたい。
「あ、これ……」
置いてきぼりにされた形となったティムは、返すはずの長剣を握りしめたまま突っ立っていた。叔父様によって引き出された当代様の本音に怒りよりも呆れが勝っているみたい。
「試された謝罪だと思ってもらっておけ」
「いいの……かな?」
人の良い彼は叔父様の後押しがあってもまだ躊躇していた。けれども後日、改めて当代様に問い合わせたところ、ティムに譲ったものだから彼のものだと返答が来た。かくして歴史に名を遺す名剣は彼のものとなったのだった
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当代様裏設定
実は当初、ルイスには妹がいる設定でその子を当代にする予定でした。一応、名前も決めていて、ティーナとつける予定でした。
しかし、群青本編ではちょうど里に留学中の頃で出しそびれていたので、結局遠縁という形で落ち着きました。
3年前、コリンシアが留学する時に護衛として付いてきたオスカーと当時大母になったばかりのシュザンナは6年ぶりに再会。
オスカーは短期間の滞在でしたが、昔のよしみでシュザンナが抱える悩みや愚痴に付き合っているうちに恋心が……。
2人は大母の任期が終えるのを待つつもりでしたが、ティーナの後押しでシュザンナは退位することに。
当時の大母補は能力的に同程度だったので、一番年長だった彼女が大母に選ばれた。
結構男前な性格で、彼女を慕う若い女神官も多い……。
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