11 変わらないコリンシアの想い5

 白地に赤と銀の装飾が施された神官服は上級神官の証。急きょ、お見舞いに来て下さることになった当代様を迎えるために、私は真新しいその神官服に着替えていた。

「おかしいところはない?」

 姿見の前で着替えを手伝ってくれた侍女に確認すると、彼女は大きく頷いてくれた。それでもまだ不安で、姿見の前で何度も体の向きを変えて見る。

 朝食の席で父様がため息交じりに言うには、本当は大母補のどなたかが来られるという話だったのだけど、今朝になって恩自ら足を運ばれると知らせてきたと言う。あの方の性格を思うと、単なる思い付きの類でそう決めてしまったのではないかと疑ってしまうのだけれど、決定してしまったことに異を唱えることなどできない。

「コリン、支度はできた?」

 姿見の前でにらめっこしていると、皇妃の正装に着替えた母様が迎えに来てくれた。母様の話では、ついさっき先ぶれが来たらしい。お出迎えに遅れては大変なので、身だしなみの確認はこれまでにして、母様と2人で階下に向かう。

 離宮の玄関では、既に正装に身を固めた父様とアスター、ユリウスが待っていた。そして怪我した左腕を吊ったティムも姿を現す。タランテラを示す群青ではなく、神殿騎士団の白地に黒と銀の装飾が施された正装姿は、何度か目にしたことがあるはずなのになんだか違和感を覚える。

「こちらへ」

 父様の指示に従って私は母様とティムの間に立つ。そっと彼を見上げると目が合った。間近で当代様と会う彼は心なしか緊張しているようにも見える。どうやら心の準備ができていなかったみたい。

 砕けた方なのでそこまで緊張しなくてもいいのだけど、たまに突拍子もないことを言い出して周囲が大いに慌てるのを楽しんでおられることがあるので、それがちょっと心配。今話題の「黒い雷光」に会ってみたいなどとごく単純な理由でこのような席を設けたのではないかと疑ってしまうのは不敬なのでしょうか?

「お着きになられます」

 アスターの声で我に返る。顔を上げるとちょうど植え込みの陰から立派な馬車が姿を現したところだった。派手と言うわけではないのだけれど、細部に至るまで細やかな細工が施された馬車にはごく控えめに大母の紋章が入っていた。

 馬車が玄関の前に止まると、自然と出迎えの私達の間にも緊張が走る。姿勢を正して当代様のお出ましを待った。

「出迎え、ごくろう」

 護衛の竜騎士が恭しく扉を開けると、艶やかな金髪を結い上げ、妖艶な美しさを漂わせた女性が降りてきた。金糸をふんだんに使った正装に身を包んだこの方が、今現在大母の地位におわす方。当代様と呼ばれ、大いなる母神ダナシアの化身として大陸で最も尊敬を集めている。威厳のある立ち居振る舞いはさすがだけど、実はかなりの悪戯好き。今日も急に自ら来ると言い出したので、何かを企んでいそうで怖い。

「わざわざ足をお運び頂き、ありがとうございます」

 父様が挨拶をして当代様を奥へ案内しようとするが、彼女は真っすぐ私の元へきてギュゥゥゥッと抱きしめた。

「当代様?」

 突然の事にびっくりして固まる。父様も母様も当代様のこの行動は予測できなかったらしく、一様に驚いた表情を浮かべていた。

「……良かった本当に。襲われたと聞いて本当に心配しておりましたのよ」

 当代様が声を詰まらせている。

「ティムのおかげです」

「そう……」

 感無量といった様子で当代様は私を抱きしめる腕の力をさらに強めた。ちょっと苦しい……です、当代様。

 私が苦しそうにしているのに気付いた父様が慌てて彼女を止める。そして話の続きは中でと促してくれたおかげでようやく当代様の腕から解放された。ちょっとふらついたところをティムが右手で支えてくれた。さすがの彼も当代様の行動には驚いていたみたい。




「我らの不備によりコリンシア・テレーゼ皇女の身に危険が及んだこと、改めてお詫び申し上げる」

 奥の応接間に落ち着くと、当代様は真っ先に謝罪の言葉を口にしてくださった。このように当代様が直に謝罪されるのは異例の事。反対する賢者様方を刺激しないためにも大母補様が来られることになっていたのだけど、当代様はあっさり無視して離宮まで足を運んで来られた。今回の事を重要視しているという姿勢を示すことで、もしかしたら、大人の利害関係ばかりを気にしている彼らに対し、一番に気にすべきことは何かを自覚させる狙いもあるのかもしれない。

「コリン?」

 当代様と父様が中心となって話が進められていくのをぼんやりと眺めていると、具合が悪いと思ったらしく、母様が心配そうに顔を覗き込んできた。当代様と父様も気遣わし気に私を見ている。

「大丈夫です」

 自分への見舞いにわざわざ当代様がいらしてくださったのに、考え事をしていたなんて無作法だった。私は慌てて頭を下げた。

「いえ、突然押しかけて来たのは私だから気にしないで。不調な方がいらっしゃるのに話が少し長くなってしまったわね。そろそろ本題に入りましょうか」

 当代様は気分を害された様子もなく、私が不調ではないと知って安堵の表情を浮かべられた。部屋で休むことも勧められたが、当代様が仰せの本題を見逃すわけにはいかない。

 これから行われるのはティムへの褒賞授与式だ。簡略化されているとはいえ、当代様から直接授与されるのは非常に名誉なことだ。その事を本人も聞いているらしく、彼はいつになく緊張しているようで顔をこわばらせていた。

「ティム・ディ・バウワー、これへ」

 立ち上がった当代様に呼ばれると、彼は緊張した面持ちで前に進み出る。お付きの神官が布に包まれた細長いものを当代様に手渡す。彼女は包んでいた布をめくって中にあったものを取り出した。それは一振りの長剣だった。

「この度の事、そなたの機転で妾も助けられた。感謝の気持ちにこれを授ける」

「つ、謹んでお受けいたします」

 ティムは緊張した面持ちでその長剣を受け取った。一見で実用と分かるその品は、ティムの異名にふさわしく鞘も柄も黒で統一されていた。唯一の装飾は鞘に施された銀の象嵌ぞうがんのみ。もしかしたら名のある逸品なのかもしれない。

「これは6代前の神殿騎士団長が愛用していた品で、彼が騎士団を引退する折に当時の大母に託していったもの。黒い外見から大地の力と相性が良い様にも思われるが、風の力と相性が良いと聞いておる」

「貴重な品を……」

「相応しいものがいれば遠慮なく譲るようにと言って託されたと当時の記録に残っておる。黒い雷光に相応しい品だとは思わぬか?」

 ティムはその長剣に魅せられたように凝視したまま動かない。物に執着しない彼だけど、その長剣は一目で気に入ったみたい。

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