閑話 ユリウスは思う2
「結局、変わりなしか……」
結構な速さで飲ませたので、さすがのティムもだいぶ酔いが回ってきているようだ。飲み干した杯をテーブルに何げなく置いた彼はポツリと漏らす。その言葉がふと気になって尋ねる。
「変わりなし、とは?」
「……俺は、姫様の隣に立つのに相応しくなろうと努力したつもりだった。1人でも姫様を守れるように、俺を選んだ事で姫様の立場が悪くならないように……。
3年前、飛竜レースで一位帰着を果たした時には満足していた。だけど、知らないところで事件は起きて、気付けば全部終わっていた。このままじゃいけないと思ってアレス卿の元で修行したけど、結局変わってないんだなぁって、さ……」
そういうと、今度は自分で酒を注ぎ、それを飲み干した。今彼が飲んだのはタランテラから運んできた蒸留酒。普段は薄めて飲むんだけどね。大丈夫かな?
「その望みは十分果たせていると思うよ」
「冗談でしょう?」
一瞬、ティムは驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を戻した。
「10年前のルークを見ているようだな」
「そうですね」
アスター卿の意見に私も同意見だ。全くよく似た義兄弟だよ。
「いいかい、ティム。君は10年前、皇妃様とコリンの2人を反逆者の手から守りながらフォルビアを脱出した。まだ騎士見習いにもなってなかった君の偉業は、今でも大抵の竜騎士には同じことはできないと言わしめるほどの手柄だ」
「ですが、最後までは……」
ティムが言いたいことはわかる。確かに彼らは目的地まではたどり着けなかった。それでもフォルビアを脱出できたからこそ、アレス卿に保護された。そして大陸最強の番を味方にできたのだ。
「3年前の夏至祭では、飛竜レースと武術試合の両方で1位になった。これもタランテラの歴史で成しえたものはごくわずかだ」
「飛竜レースはともかく武術試合は……」
またもや反論しようとするが、私とアスター卿が軽くにらむと押し黙った。とにかく最後まで言わせてほしい。
「そしてこの3年間、アレス卿の部下として活動する君の評価は高まる一方だ。各国から縁談と共に高額な報酬を提示されて勧誘されているのだろう?」
「それは……そうですが、あれはアレス卿の采配のおかげで、俺自身の働きだけではありません」
一部の迷いもなく答えるのは天晴だが、とにかく自分の能力をそろそろ認める気になってくれないだろうか。私は深いため息をつくと、再び彼に向き直る。
「今日だって君が来なければ我々は出し抜かれていた。コリンが助かったのも君のおかげなんだ」
「……それでも、もっと早く来るべきでした」
絞り出すような声だった。おそらく、細々したことを悔やんでいるのだろう。それは私にも覚えはある。だが、我々の称賛をもうちょっと前向きに受け取ってはもらえないだろうか?
「君はもう少し、自分の評価を素直に受け取った方がいい」
「そうだな」
それでもまだ彼は「それでも」とか「けれど」などと言っている。
「謙虚なのは君の美徳の1つだけど、それが過ぎれば欠点になる。君の事は陛下を始めとした各国の国主級の方々が認めているのに、それを否定し続けるのは不敬に当たるよ」
「……」
義兄のルークも謙虚過ぎることがある。今まで、彼の事を竜騎士の手本としてきたティムはそこまで思い至らなかったのだろう。
「いいかい、君は既に十分すぎるほど結果を残している。タランテラ国内はともかく、国外では既に「黒い雷光」の異名は「雷光の騎士」以上に知れ渡っている。もしかしたらアスター卿や私よりも知名度は高いかもしれない」
「え……」
彼にとって意外なことかもしれないが、他国で話を聞いていてもタランテラ人の竜騎士として名前を挙げてもらうと、たいてい陛下の次に黒い雷光が挙がってくるのだ。
「だから、君が隣に立つことでコリンがあれこれ言われる心配はもはやない。君は胸を張って堂々と彼女の隣にいればいい。何よりそれを一番望んでおられるのは陛下だからな」
面と向かってこうして褒めてもらうことが無いのかもしれない。ティムは今度こそ本当に驚いた表情をしたまま固まった。
「私は、陛下が羨ましい。娘の将来をこれほどまでに信用できる相手に託すことが出来る」
「私はどんなに優れた相手でも娘達を嫁に出す気はないがね」
冗談にしては目が怖いです、アスター卿。もしかして酔っておられますか?
「その……俺……」
「君はコリンを選んだ。未来のフォルビア公を。そのフォルビア公を守るのはもちろん君の仕事だ。けれども、フォルビア公の夫として時には周囲から守られることも仕事だと覚えておいた方がいい」
これは皇家の姫を娶った先輩としての助言だ。必要があれば話を聞いてやってほしいと、今回は国で留守をしている彼の義兄から頼まれていたことだ。ルークだけでなく、オリガやヒース卿、リーガス卿など様々な人から頼まれている。要はみんな、思いつめた様子の彼の事が心配なのだ。
「守られることも?」
「そうだね。大抵は自分で身を守れるだろうけど、どうしても苦手なこともある。1人で無理をしないことだ。とにかく今回の件は、我々に任せてくれないか? もちろん、隠し事はせずに必要な情報は伝える。君は傷の治療はもちろん、コリンの心のケアを優先してくれると助かる」
「……わかりました」
私の話で納得できたのだろうか? もちろんまだグダグダと悩む必要はあるかもしれないが、吹っ切れるきっかけになってくれればありがたい。
その後はタランテラ国内の事に話題を変え、空が白み始めるまで私達は杯を傾けた。さすがに飲ませすぎたらしく、いつしかティムはソファに体を沈めて寝入っていた。まあ、これでもう逃げ出す事は出来なくなったわけだ。
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今回、フレアが留守にする上に、オリガも出産直後で休暇中のため、マリーリアもアルメリアも自ら買って出て皇都でお留守番となりました。
夫2人はそれがちょっと寂しい。やけ酒したいが立場上酔いつぶれるわけにもいかず、その矛先がティムに……。
でも、アスターはちょっと飲みすぎています。
ちなみに、娘がいないヒースはアスターに娘を自分の息子の嫁にくれと言い、アスターは娘は絶対に嫁に出さないと言い返すのが酒席でのいつもの光景。
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