9 色々拗らせたティムの本音5

 ガンガンと痛む頭に辟易へきえきしながら目を覚ますと、既に日は高くなっていた。体調も考えず、我ながら無茶な飲み方をしたと反省するが、そうでもしないと眠れなかったに違いない。一夜明けた今でも、昨夜の夜着姿の姫様を思い出しただけで……。

 煩悩を振り払おうとして失敗し、襲ってくる頭痛にうめいていると、扉を静かに叩く音がする。寝ていたソファからゆっくり体を起こして見渡してみると、この部屋の主も俺に酒を勧めた張本人もいなかった。

 テーブルは既に片付けてあり、水差しと杯が置いてある。有り難くその水を飲んでいると再び扉が叩かれる。

「はい……」

 この部屋にいるのは俺1人。仕方なく返事をすると、カチャリと音がして扉が開いた。驚いたことに入ってきたのは盆を手にした姫様だった。

「姫……様……」

 再び昨夜のつややかな夜着姿を思い出してしまい、俺は慌てて振り払う。しかし、頭を振ったとたんに頭痛に襲われて、あえなくソファに倒れこんだ。

「ティム、大丈夫?」

 驚いた姫様はテーブルに盆を置くと俺の顔を覗き込む。か、顔が近い。昨夜、始めて唇を重ねた記憶がよみがえり、一気に顔が熱くなる。

「お、お医者様、呼びましょうか?」

 昨夜を思い出して1人で悶えていると、姫様はなおも心配してくれる。その手が肩に触れると思わずピクリと反応してしまった。それで姫様も変に意識してしまったらしく、パッと手を離すと顔がみるみるうちに赤くなっていく。

「お前達、何をやっているんだ?」

 部屋を訪れた陛下があきれた様子で声をかけられるまで、俺達はその場で2人してワタワタ、オロオロしていた。




 陛下の登場で我に返った俺達はようやく落ち着きを取り戻した。

「とにかく腕の治療を済ませなさい。終わったら着替えて下へ」

 陛下に指示されて、ようやく姫様が持ってきた盆の上に薬が乗っているのに気付いた。内心まだドキドキしながら陛下に頭を下げ、襲ってくる頭痛に低く呻いた。

「先にこれを飲んで」

 陛下が部屋を出て行くと、俺は痛む頭を押さえてソファに座り込んだ。姫様は手際よく薬を取り出すと水と一緒に差し出してくれる。見覚えがあるそれは二日酔いの特効薬。よく効くのだが、この世のものとは思えない苦さの逸品だ。俺は覚悟を決めるとそれを一気にあおる。吐き出しそうになるのをこらえ、どうにか水で流し込んだ。

「大丈夫?」

 俺は答える代わりに小さく頷いた。飲んだだけで精神力を奪われていく……文句を言いたいが、これをこの世に作り出したのは皇妃様。その昔、いくら注意しても懲りなかったアレス卿をいましめる為に作ったのだとか。さすがにあの方を相手に文句は言えない。

「腕を見せて」

 飲んだ薬の衝撃から立ち直るころには、姫様も治療の準備を終えていた。俺が素直にシャツの袖をまくると、姫様は巻いてあった包帯を丁寧に外していく。

「……痛い?」

「大丈夫ですよ」

 昨夜、理性を保つために患部を握ったからか、少し傷口が開いていた。血でくっついた当て布を薬液で濡らしながら丁寧にはがしていく。皇妃様直伝の技だと思ったら、これも学び舎で教わったらしい。タランテラにいた時にはやんちゃ3人組のすり傷の手当ぐらいしかしたことがないと恥ずかし気に告白してくれた。

「上手ですね」

「そう?」

 褒めると姫様は嬉しそうに頬を染める。ちょっと慎重だが、その分丁寧に腕の傷口を消毒しなおし、薬を塗った当て布を変えて包帯を巻きなおしてくれた。これも礎の里で習った成果らしい。姫様も確実に技量を上げている。

「はい、終わりました」

「ありがとうございます、姫様」

 俺は彼女を抱き寄せ、お礼代わりに額へ口づけた。心なしか彼女は不満そう。何がいけなかったか考えていると、姫様は俺にギュッとしがみついてきた。

「無理を……しないでね」

「はい」

 少しうるんだ瞳で見上げられる。彼女が何を望んでいたかなんとなく気付いた俺は、そっと体をかがめて唇を重ねた。元気そうに振る舞ってはいるが、昨日の今日ではまだ不安や恐怖が残っているのだろう。これで少しでも元気になればと俺は彼女をしっかりと抱きしめた。


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