閑話 発つ者と見送る者
「行っちゃやだぁ~」
着場に子供の泣き声が響き渡る。夏至祭が終わって10日余り、休暇を終えて皇都を発つティムを見送りに来たエルヴィン殿下が彼の服を掴んで離さない。この10日間、オリガに子守の手伝いを命じられ、彼はやんちゃな皇子達の相手をしたところすっかり懐かれてしまっていた。そして今、彼が遠くに行ってしまうことを知り、幼い殿下は泣いて駄々をこねていた。
「わがまま言ってはいけませんよ」
皇妃様が
「戻りましたら、また一緒に遊びましょう」
「やだぁ~」
ティムも説得を試みているが、
「エルヴィン」
結局、やんちゃな6歳児の全力の抵抗に皇妃様では敵わないと判断した陛下が強引に引きはがし、泣きすぎてえずいている殿下を抱え上げた。
「すまんな、ティム」
「いえ。慕っていただけるのは嬉しいです」
ティムは苦笑しながらまだぐずっている殿下の頭を撫でる。
「タランテラの竜騎士の誇りを常に忘れずに行動してくれ」
「はい、陛下」
陛下から直に言葉を頂き、ティムは背筋を伸ばして応える。そして次々と他の重鎮たちからも声をかけられ、律儀な彼はそれぞれに礼を返す。
「ま、体に気を付けて頑張ってこい」
「ありがとう、ルーク兄さん」
最後に俺が声をかけると昔から変わらない人懐っこい笑顔が返ってくる。かわいい義弟に色々と言っておきたい気もするが、殿下の御機嫌を取るのに時間がかかり、出立の時間が遅れている。フォルビアまで同道するヒース卿に促され、ティムも出立を待つ相棒の元へ近づく。
「遠慮してちゃだめよ」
フロックス夫人にそう言って背中を押された姫様がバランスを崩して前につんのめる。ティムが慌ててその体を受け止めた。どうやら時間がないのを気にして姫様はティムに声をかけるのをためらっていたようだ。
「大丈夫ですか?」
「はい。……あの、気を付けて」
「はい」
2人の会話は実に初々しい。生暖かく見守られる中、姫様は急いで作ったという冬用の防寒具とお守りを彼に手渡す。ティムはそれを嬉しそうに受け取ると、姫様の額に口づけた。
「では、行ってまいります」
改めて一堂に頭を下げるとティムはテンペストの背中にまたがる。殿下がつけたシミの部分が当たり、心なしか飛竜は顔をしかめるのでそれを宥めるようにティムは飛竜の首を軽くたたいていた。
身重のジーン卿が気がかりで、リーガス卿は夏至祭が終わるとすぐにロベリアに帰還している。アレス卿も既に聖域に帰っているので、今日帰還するのはヒース卿とティム、そして彼等に同行する第3騎士団員が3名だった。今から出れば今日中にはフォルビアに着くだろう。
ティムはそれからロベリアに向かって自身の宿舎を整理して荷物をまとめ、数日のうちに聖域に向かう手はずとなっている。元々私物の大半は我が家で預かっているから大して時間はかからないだろうが、3年も留守にするなら向こうで世話になっている人たちへのあいさつ回りは不可欠だろう。
まずはヒース卿のオニキスが飛び立ち、3人の騎士団員がそれに続く。そして最後にテンペストが着場を飛び立っていった。飛行速度に定評がある飛竜ばかりで構成されているので、その姿は瞬く間に小さくなり、やがて見えなくなった。名残惜しいのか、姫様はその姿が見えなくなっても南の空をしばらく眺め続けていた。
ティムが出立した翌日、今度は俺が演習に参加するために着場に立っていた。帯同するのは今回の夏至祭で不祥事を起こし、見習いへ降格となった若い竜騎士だ。既にラウルとシュテファンには他の見習いを引率して西に向かってもらっている。俺はティムの出立を見送るのと若い竜騎士の謹慎がとけるのを待つために出立を遅らせたのだ。
「気を付けてね」
「ああ」
前日と違い、見送りに来てくれたのは妻と息子だけ。まあ、単なる演習だし、留守にするのは1か月ほどなので当然なのだが。所在なく立つ見習いを待たせ、俺は家族との時間を過ごした。
「では、行こうか」
「……はい」
夏至祭の翌日、ティムに逆恨みして突っかかった後、彼はデューク卿を初めとした第1騎士団の上役全員から厳しい叱責を受けていた。父親からも勘当され、それが追い打ちとなってすっかり様変わりしていた。彼にとって救いだったのは、婚約者が見捨てなかったことだろう。事前に父親の方に根回しをしていたのが功を奏したのだが、彼等からも見放されていれば逆に手が付けられないくらいに荒れていただろう。
「待ってください!」
騎乗しようとしたところで、着場に若い女性の声が響く。振り向くと1人の少女がドレスの裾が乱れるのも構わずに駆け込んでくる。傍らの見習い君の驚いた表情から彼女が彼の婚約者なのだろう。
伺いを立てるように俺の顔を見てくるので頷いて許可すると、彼女のもとに駆け寄る。多少遅れるがこのくらいは大目に見てやろう。その代り道中を少し急げばいい。飛竜レース2着の実力ならついてこれるだろう。
上司を待たせている自覚があるらしく、彼女とは一言二言会話を交わしただけで戻ってくる。会話の内容から彼女は領地に戻る日にちをずらしてまで見送りに来たらしい。感激している彼に彼女は何か小さな包みを手渡していた。
「もういいのか?」
「はい」
泣きそうな彼は顔を隠すように目深に騎竜帽をかぶる。俺も手早く準備を整えると妻と視線を合わせてからエアリアルを飛び立たせ、間をおかずに彼も続く。だが、婚約者が気になるのか、遠ざかっていく着場を何度も彼は振り返っていた。
「一番大変な時に味方してくれる人を大事にしろよ」
「はい……」
内乱の折の経験から、それがどんな宝石よりも価値のある宝だと身に染みた。全てが伝わったとは思わないが、それでも今回の事から彼も学んでいてほしい。彼が頷くのを確認すると、遅れを取り戻すために俺はエアリアルに速度を上げさせた。
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この後ルークが本気を出したため、見習いに降格したお坊ちゃんはついていくのがやっとで感傷に浸る暇もなかった。新たな上司になった彼の技量に感服し、素直に彼の指示を受けるようになった。
ちなみに3年後には無事に見習いを脱し、婚約者ちゃんと結婚。だけど、しっかり者の彼女の尻に敷かれます。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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これで第1章完結。
次は一気に間を飛ばして3年後のお話。
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