閑話 とある少女の決意
夏至祭が終わって5日。主だった貴族は夏の間所領で過ごすために大半が皇都を離れていた。代々武官として国に仕え、小さいながらも所領を
「お嬢様、旦那様がお呼びでございます」
侍女と共に荷物をまとめていた私は家令に呼ばれて父が待つ応接間に向かった。そこで待っていたのは私の婚約者とその父親だった。
「どうなさいましたの?」
今回の夏至祭の飛竜レースで2位帰着と活躍した婚約者は随分と憔悴した様子だった。一方、彼の父親は不機嫌らしく近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
「座りなさい」
私の入室に気付き、どことなく困惑した表情を浮かべていた父様が私に席を促す。そして私が席に着くと、先に彼等から話を聞いていた父様がその用向きを要約して説明してくれた。
「破談……ですか?」
夏至祭での失態で謹慎を申し付けられているとは聞いていたけれど、まさか1位帰着したティム卿に逆恨みして
一時的にせよ竜騎士資格をはく奪されるほどの処罰を受け、家名を傷つけた彼に立腹した小父様は既に勘当を言い渡していた。それで私との婚約をなかった事にしたいと言ってきたのだそうだ。父へ敬意を払って揃って出向いてきたが、婚約者の彼は座ることも許されずに部屋の隅に立たされていた。
「私はどうなりますの?」
本来であれば来年の私の成人と共に婚礼を上げる予定だった。少々傲慢なところがある彼だが、婚約者の私にはとても紳士に振る舞ってくれていたのでいい印象しかない。正直に言うと婚約者の彼の事を私は好きだった。来年の婚礼の日を心待ちにするくらいに。
「今回はこちらに非がある。ご令嬢のお相手はこちらで責任もって探させていただこう」
私たちの婚約は確かに家同士をつなぐ意味合いもあった。だが、彼の言い方はまるで使い勝手のいい道具か何かになったみたいで、そんな申し出をされても少しも嬉しくはない。ついこの間まで優秀な跡継ぎだと自慢していたのに、もう彼の事をなかったかのように振る舞う小父様にだんだんと腹が立ってきた。
「結構です」
きっぱりと断ると小父様は一瞬驚いた表情を浮かべ、そして不快そうに顔をしかめる。一方の父も驚いた様子だったが、私の性格をよく知る彼は逆に面白そうに事の成り行きを見守る。
「私も彼も血の通った人間です。物みたいに扱わないでください」
「な……」
私に意見されると思っていなかった小父様は顔を真っ赤にして怒りを露わにしている。それでも私はひるむことなく小父様の顔を見据えるが、大層気分を害された小父様は「不愉快だ」と言い残して足音も荒く部屋を出て行ってしまった。
父は家令に彼を玄関まで見送るように命じると、1人取り残されてしまった彼に向き直る。
「とにかく座りなさい」
父は帰るタイミングを完全に逃してしまい、居心地悪そうにしている彼に席を勧める。小父様にきつく叱責されたのだろうか、随分と怯えた様子の彼は恐る恐るといった様子で先ほどまで小父様が座っていた席に座る。いつも自信満々な姿しか見ていなかったので、なんだかとても新鮮だった。
「さて、どうしたものかねぇ……」
恐縮している彼は気付いていないが、父は全然困った様子に見えないどころかこの状況を楽しんでいる。一言二言慰めの言葉をかけると、彼の口から改めて事のあらましの説明を求めた。
確かに愚かしい罪を犯したとは思うが、下された罰から判断するとまだやり直しができるはず。だからこそ陛下を初めとした騎士団の上層部は再教育の場所にルーク卿の元を選んだに違いない。
「さて、娘や、お前はどうしたい?」
「私はお待ちしたいと思います」
即答する私に迷いはなかった。婚約が決まって共に過ごした2年はとても充実していた。罪を犯したとはいえこれだけで全て無かった事にはできそうにない。さすがに予定通りに婚礼は上げられないかもしれないが、それでも彼を支えたいと思う。
「いい……のか?」
私が頷くと、彼は泣きそうな顔をしていた。それでも父は無条件で彼を許すつもりはないらしい。
「我が家にも体面というものがあってな、今の君を娘の婿にするにはいささか外聞が悪い」
父の言葉に彼はがっかりしてうつむく。
「娘の意志を尊重する代わりに君にはルーク卿の元でしっかり修行に励み、竜騎士に復帰することを条件とさせてもらう」
「本当……ですか?」
父親には勘当され、この分だともう周囲に味方はいないのかもしれない。彼は縋るように父を見上げる。もしかしたら今まで見せていた完璧な姿はどこか無理をしていたのかもしれない。だけどこんな弱弱しい姿を見ても彼を嫌いになるどころか支えてあげたいと思ってしまう私はおかしいだろうか?
「だが、期限を設けさせてもらうぞ。良いな?」
姫様の留学にあやかり、3年以内に復帰を目指すことを条件に出すと、彼は躊躇なく同意した。もちろん、今までの態度を改め、ルーク卿の元でまじめに勉強するのが大前提になる。
「当面の間、私が後見となる。厳しいとは思うが、頑張りなさい」
「貴方様ならきっと復帰できます。それまでお待ちしております」
話が終わり、我が家の家令に付き添われて宿舎のある本宮へ帰っていく彼を父と私は玄関で見送った。まだ涙の後が消えない彼は私達に頭を下げる。だけど、先の見えなかった将来に光が差したからか、彼はどこか吹っ切れた様子だった。
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