17 ティムの本音10
「こいつが抜けた穴は補ってもらえますかね?」
団長が俺を小突く。急に決まった話なので人員の確保も大変だ。なんだか申し訳なくなってくる。
「そんな顔するな。こちらは気にせず自分を鍛えるのに専念しろ」
「お前の帰ってくる場所は残しておく。だから、お前の気が済むようにして来い」
「……すみません」
団長とヒース卿、2人の言葉に俺が神妙に頭を下げると、団長がガシガシと俺の頭を撫でまわす……というか、力が強すぎて首が……。
「その辺は調整させてもらう。この後、私の部屋へ来てくれ。ルーク、お前もだ」
「分かりました」
騎士団での話になるのでアスター卿が判断を下すことになるのだろう。若手の育成に手を貸しているルーク兄さんも指名されて頭を下げる。
「正式な辞令は近日中に出す。それまでは休暇とするから休養と準備にあてるといい」
陛下がそう話を締めくくる。アスター卿は早速人員の調整を行うと言い、団長とヒース卿、そしてルーク兄さんを伴って部屋を出て行った。
俺も出て行こうとしたのだが、陛下に呼び止められてアレス卿と共に部屋に残ることになった。
お茶が淹れなおされ、少しくつろいだ様子の陛下が何事か口を開きかけたとき、前触れもなくいきなり執務室の扉がバタンと開いた。誰か忘れ物を取りに来たのだろうか? それにしても乱暴だと思って振り返ると、そこに立っていたのは全身に怒りを
「父様!」
「コリン?」
姫様の姿に驚いた様子で陛下が立ち上がる。
「父様、ティムを護衛から外したのは本当なの?」
「……もう耳に入ったのか?」
陛下の答えに頭に血が上ったらしい姫様は彼に詰め寄る。
「どうして? ティムは飛竜レースも武術試合も頑張って、優勝したんだよ? 成績を評価して決めるって言ったのに、父様の嘘つき!」
怒った姫様は陛下の胸をポカポカたたく。現役の竜騎士として鍛えておられるが、力いっぱい叩かれて地味に痛そうだ。
「落ち着きなさい、コリン」
「だって、だって……」
姫様はわあわあ泣きながら陛下の胸を叩き続ける。俺の為に怒って下さっているのは嬉しいが、このままでは姫様が手を痛めてしまう。俺は彼女の背後に立つとその手を掴んで止めさせた。
「姫様、落ち着いてください」
「……ティム……」
俺がいることにようやく気付かれたらしい姫様は涙を流すと俺にしがみついた。そしてそのまま俺に縋って泣き出してしまった。
俺は今、必死に煩悩と戦っていた。あの後泣き疲れた姫様は俺に縋ったまま寝てしまった。陛下がソファに横にさせようとしたのだが、俺の正装の上着をしっかり握りしめていて離れない。結局、彼女を楽な体制にしてあげようとするには俺が添い寝をしなければならない状態になってしまった。
「じゃあ、頼むぞ」
陛下はあっさりと後を俺に任せた。執務用の机に残っていた特に急を要する書類を手早くまとめると、アレス卿と共に自分の執務室を出て行ってしまう。すると部屋の外からは周囲が目に入らない状態の姫様とすれ違い、後を追ってきたらしいルーク兄さんの声が聞こえる。
「ティム、入るぞ」
ほどなくして盆を手にしたルーク兄さんが部屋に入ってきた。盆の上には姫様が起きたときの為に程よく冷やした果実水と濡れた布が用意されている。侍官に任せなかったのは姫様への配慮だろう。
「……念のために忠告しておくが、姫様はまだ成人前だからな」
「分かってる」
生真面目な兄さんは釘を刺すのを忘れない。俺だってそれは十分承知している。だからこそちょっと困っている。
「ま、精神修行だと思って頑張れ」
ルーク兄さんは他人事のようにそう言い残すと部屋を出て行ってしまった。当然のごとく人払いがしてあるらしく、部屋の中はシンと静まり返っている。
好きな子と部屋に2人きり。しかも相手は自分の腕の中で無防備に寝ているのだ。
腕の中で姫様が身じろぎして俺も目が覚めた。思ったよりも寝入ってしまっていたらしく、窓から差し込む光が幾分傾いていた。しわだらけになった上着はようやく解放されたらしく、俺は体を起こした。
「気付かれましたか?」
恥ずかしくて顔を合わせられないのか、姫様は俺の背中にしがみついてきた。なぜか俺の背中にくっついていると気分が落ち着くらしいので、俺は無言で背中を提供する。
「俺の為に怒って下さったんですね? すごく嬉しかったです」
どうにか手を伸ばして彼女の手に添えると、しがみつく手に力が入った。
「先に説明するつもりでしたが、ご心配をおかけしてすみませんでした。護衛から外れたのは俺の意志です」
「どうして?」
「アレス卿に聖域に来ないかと誘われました。姫様が礎の里で勉学に励まれておられる間、俺はかの地でもう一度鍛えなおすつもりです」
「ティムは強いよ?」
嬉しいことを言ってくれるが、この程度で喜んでいてはだめだ。
「夏至祭が始まる前までは、どちらかで結果を出せばそれでいいと俺も思っていました。けれども、昨日の武術試合で今の俺にはまだ何かが足りないと気付かされました。そしてその何かはこの国で守られている限り知る事が出来ないような気がします。もちろん、3年でその足りない何かが分かるとは限りません。それでも俺はこことは違う環境でもう一度自分を鍛えなおそうと決めました」
「でも、行くのは秋まで待てないの?」
俺が首を振ると姫様は寂しそうにうつむいた。
「俺もそうしたいのは山々です。ですが、俺とテンペストに求められるのは機動性です。妖魔が出没した地域にいち早く駆けつける為には地図だけでなく地形や気流まで頭に叩き込む必要があります。秋に行ったのではおそらく間に合いません」
「ティム……」
「本当は礎の里までご一緒したかった。ですが、今はそれを我慢して姫様の隣に立つのに相応しい男になるために己を鍛えたい。御託を並べてしまいましたが、要は俺の我儘です。この我儘で姫様を泣かせてしまいました。申し訳ありません。俺の事……嫌いになりましたか?」
姫様は俺の背中から顔を離すと、慌てて首を振る。ほっとした俺は姫様を抱きしめた。
「必ず貴女の元へ帰ってきます。お待ち頂けますか?」
「……はい」
はにかんで答える姫様が最高にかわいい。押し倒したくなる衝動を必死に堪え、俺は彼女の額に口づけて抱きしめた。彼女の目からはまた涙が溢れている。でも、先ほどとは違い嬉しい涙なのだろうというのはわかる。俺は彼女の涙をぬぐい、もう一度額に口づけた。
時が止まってほしい。そう願いながら日が完全に傾くまで2人だけの時間を過ごした。
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一向にブラッシングしてもらえないパラクインスが暴れだし、それでやむなく2人の時間は終了。
ちなみにコリンの侍女に情報が漏れたのはおまけで書いたマダムのお茶会での会話を彼女が聞きつけたため。
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