16 ティムの本音9
大急ぎで宿舎に戻り、正装に着替えた俺はアレス卿と共に陛下の執務室へ向かう。普段は足を踏み入れることなどないこの国の中枢ともいえる場所に行くと聞き、回れ右して逃げ出したい衝動に駆られたが、俺を呼んでいるのは主君であるエドワルド陛下。さすがに逃げ出すわけにもいかず、震える足でアレス卿の後に続いた。
「失礼いたします」
執務室には既に先客がいた。ルーク兄さんに直属の上司になるヒース卿とリーガス卿、第1騎士団の団長兼総団長でもあるアスター卿。部屋の主と共にソファに座っていた彼らは一様に眉間にしわを寄せていた。
そういえば聖域行きをルーク兄さんには言ったけどまだ上司には報告してなかった。そんな暇もなかったのだから仕方ないのだが、相談せずに決めてしまったから不快に思われたのかもしれない。
「来たか、まあ、座れ」
俺とアレス卿の姿を見て陛下は気さくに開いている席を勧めてくれるが、この面子に混ざる勇気はない。聖域行きの事もあって気が引けた俺は座るのを躊躇するが、「いいから座れ」と団長に無理やり座らされた。
「何をそんなにおびえている?」
「いえ、その……。聖域行きの事、まだ報告していなかったので……」
陛下の問いにしどろもどろで答えると、隣に座る団長からゴツンと拳骨をくらう。手加減をしてくれているのだろうが、その
「それはそんな暇がなかったからだろう。だが、欲を言えば、決断する前に一言欲しかったが」
「すみません」
「心配するな。誰もそれを叱責するためにわざわざ呼び出したわけじゃない」
恐縮する俺の肩をルーク兄さんがたたく。そして正面に座っている陛下が重々しく尋ねる。
「昨日の事は聞いているか?」
「先ほどデューク卿からは謝罪されましたが、詳しい話はまだ聞いていません」
「そうか……」
先ほどの騒動も既に陛下の耳に届いているのだろうか? 彼は深くため息をつくと、目線だけでアスター卿を促す。そして総団長の彼が昨日の騒動のあらましを教えてくれた。
聞くにつれて怒りがこみあげてくる。俺を目の敵にするのは構わないが、他人まで巻き込んで何やってんだ、あの坊ちゃんは! 上司だけでなく、陛下もいるのに思わず舌打ちしていた。
「彼は竜騎士資格を一時はく奪し、再教育となった。巻き込まれたわけだが、医務室にいた第2騎士団の竜騎士は謹慎と減俸。デューク卿も監督不行き届きで減俸となった。令嬢は家族が迎えに来た後どうなったかはまだ聞いていないが、当面は公の場に出るのは控えることになりそうだ」
「あの神官はどうなりますか?」
俺の一番の気がかりは姫様にちょっかいを出してきた例の神官だった。奴もかかわっていたのならば、二度と姫様に近づくことが出来ないくらい再起不能にして欲しいものだ。
「問いただしてみたが、彼に頼まれて親切心で令嬢を案内しただけだと言っている。さすがにそれだけでは神殿関係者を処罰できない」
「どうにもできないのですか?」
「確かに、かかわったことには変わりない。大神殿の神官長殿を通じて本宮への出入りを禁止した。今できるのはここまでだ」
「……」
アスター卿の追加情報では、あの男は内乱当時、旧ワールウェイド家の縁者だったマルモアの神官長の元部下らしい。箔をつけるために礎の里へ行っていたが、その間に内乱が終結し、神官長も失脚してしまって帰る当てが無くなってしまったらしい。そしてこのたび大神殿の神官長が新しく赴任してくるにあたり、自ら売り込んで帰国してきたようだ。
過去にマルモアで当時の神官長が好き勝手したお零れをもらって優雅な生活を送っていたのが忘れられないらしいが、自分で悪事に手を染める勇気はない。そこで手っ取り早く財産を手に入れる方法として政略結婚を思いつき、目を付けたのが成人後はフォルビア大公となるのが決まっている姫様だった。全く、迷惑な話だ。
「君たちの婚約の公表を早めるのも考えた。しかし、それでもなりふり構わない奴への牽制にはならないだろう。コリンには十分な護衛をつけるが、お前も上げ足を取られないように十分気を付けろ」
陛下の忠告に俺は神妙に頷いた。6年前、陛下の即位式で皇都に招かれた折、私的なお茶会の席で姫様は俺を望み、俺は姫様を望んだ。俺達の無謀ともいえる望みを陛下も皇妃様も笑わずに聞いてくださったが、当時の俺達は2人ともまだ子供。そこで姫様が成人されるのを待ち、その時に2人の気持ちが変わらなければ婚約を公表することになっていた。
その時、陛下が俺に出した条件は上級騎士になる事。今回の夏至祭でその結果を出したのだが、個人的にはまだ納得できない部分がある。姫様が成人されるまであと3年。時間が足りないかもしれないが、アレス卿のもとで修行して隣に立つ俺の事で姫様を
「昨夜、あの後に義兄上とも話したんだけど、単に聖域へ修行に来るのではなくて、君を正式に神殿騎士団へ推挙することになった」
「え……」
「俺の要望でコリンの護衛という大役から外してしまったんだ。君の名誉を損なわないためにもそれに比肩する地位が必要だろう?」
神殿騎士団は各国の国主の推挙を経て礎の里の賢者の承認を得られないと入ることが出来ない大陸で最高峰の騎士団だ。アレス卿は悪戯っぽく笑っているが、俺を聖域に誘うために最初から準備を整えていたと思うのは考えすぎだろうか?
「なんだか過分な待遇なのですが?」
「当然だと思うけどね。でも、里に比べて聖域は人使いが荒い。新人は特にこき使われるから覚悟しておいた方がいい」
まあ、それはどこも同じだろう。既に第3騎士団で体験済みなのでそれは心配ない。ただ、気にかかるのは姫様の事だ。護衛から外れたことを知れば悲しまれるだろう。
「コリンには私から伝えておこう」
俺の懸念を察してくれたのか、陛下が大役を引き受けてくれた。それでも後で会う機会を作って俺からも話をしておこう。
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