閑話 マダムのお茶会

 腕に抱いた我が子が完全に寝入ったのを確認すると、私はそっと寝床に寝かしつけた。本宮の保育室の床には敷布が敷き詰められ、他にも10人くらいの小さな子供達がここでお昼寝をしていた。

 ここにいるのは皇子を筆頭にこの国の中枢を担っている忠臣の子供達。仕事の合間に子供の顔が見たくて兄上とフレア様が本宮に保育室を作ったのが始まりで、いずれこの国を担うことになる子供達が仲良くなってほしいとの願いから兄上の忠臣の子供達も昼間はここで過ごすようになっていた。

「マリーリア卿、お茶にしましょう」

 一足早く子供を寝かしつけたオリガに、そっと声をかけられる。私は頷くと、その場に控えている各家の乳母達に後を任せてそっと隣の部屋に移動する。

「お疲れさま」

 一足早く子供達を寝かしつけたアルメリア様とユリアーナが手招きして私とオリガにも席を勧めてくれる。私と同じく夏至祭前に懐妊が判明してロベリアで留守番となったジーン卿は欠席だが、ここに集まっている婦人達は皇妃様がお手ずから淹れてくださるお茶を楽しむ会の一員だった。

 普段は子育てや夫への愚痴が主な話題だけれども、今日はやはり昨日終わったばかりの夏至祭の話が中心となっている。

「昨夜は欠席されていたけど、お体はどうですか?」

 皇妃様が私には特別に気分が落ち着くお茶を用意してくれていた。夏至祭前に分かったばかりだけど、私のおなかの中には子が宿っている。特に悪阻つわりもひどくなく、踊らなければ別に問題なかったのだけれど、心配性の夫が私の意見を無視して欠席にしたのだ。

「心配性なんだから……」

 実はこの事で一昨日の夜会の後口論になり、それ以来夫とも口をきいていない。今に始まったことではないし、皆さん事情を心得ているので苦笑しながら私の話に相槌を打ってくれる。

「で、昨日の試合はどうだったの?」

 昨日は夫の顔を見るのも腹立たしかったので、武術試合の観戦もしていない。舞踏会も欠席になっているし、保育室で子供達と一緒に過ごし、そのまま北棟の一室を借りて宿泊していた。後から夫が様子を見に来たらしいのだけど、そんな事はどうでもいい。私が知っているのは侍女達から背びれに尾ひれが付いた話。実際のところどうだったのかがちょっと気になっていた。

「決勝には予想通りオスカーとティムが勝ち上がったわ。本当に互角の試合で見応えがありましたけど、あまりにも時間がかかって2人の体調を心配した陛下の裁定で引き分けになりました」

「そうそう、2人を止めようにもあまりに白熱しすぎて審判役すらうかつに手が出せない状態でしたわ」

 ユリアーナとアルメリア様2人が口をそろえて言うのなら、本当にいい試合だったのだろう。内乱前、第3騎士団のみんなで目をかけていた弟分のような存在が活躍したと聞くのは嬉しいものだ。

「結局ね、ヒースとアスター卿が2人の間に割って入って試合を止めたのよ。ちょっと惚れ直しましたわ」

 頬を染め、熱く語るユリアーナに武術試合を見逃したのをちょっとだけ後悔した。でもすぐに気分を切り替えて話題をティムに戻す。

「じゃあ、ティムは念願かなって姫様の護衛ができるのね」

 小さな恋を育んできた彼らが将来に向けてようやく第一歩を踏み出せたのだ。見守ってきた側からもほっと一安心なのだが、皇妃様とオリガは顔を曇らせる。

「それがね……」

 ため息交じりの2人の説明によると、自分の未熟さを痛感した彼は、アレス卿の勧めで護衛の話を断って聖域で修行をし直すことにしたらしい。既にこの国有数の力を持っているはずなのだが、オリガの話だと周囲にいるのが優秀すぎる竜騎士ばかりなので自分の力がどの程度のものか理解していないところがあるらしい。

「姫様には?」

「まだですわ。今夜、エドが直接伝えると……」

「きっと悲しまれますわね」

 周囲の理解はあるのに身分差という壁があるために昔のように気軽に会うことができない2人。だからこそ、一緒に居られる機会を大切にしてきた。例え礎の里に着くまでの間とはいえ、彼らにとっては貴重な時間になるはずだった。それを投げ打ってまでも己の鍛錬に費やすのはティムの中に焦りがあるからかもしれない。

「母しゃま!」

 場の空気がしんみりしてきたところで、赤子の元気な泣き声と共にお昼寝から覚めた娘が部屋に入ってくる。他の子も次々と目を覚ましてしまったようで、隣の部屋からは子供達の賑やかな泣き声が聞こえてくる。お茶会はお開きとなり、つかの間の休憩はおしまいとなったのだった。




 その日の夕刻。今日も北棟でお世話になろうと子供達を連れて保育室を出ると、廊下で夫のアスターが待っていた。

「父しゃま!」

 上の子が嬉しそうに駆け寄ると、彼は軽々と抱き上げて娘の頬に口づける。すると私が抱いている下の子も手を伸ばして彼に抱っこをせがむ。

「帰るぞ」

 彼はそう一言ぶっきらぼうに言うと下の子も抱き取る。鍛えているからか、子供2人を抱き上げていても全く苦にならない様子。その頼もしい姿を見てホッとしたけど、まだ喧嘩が尾を引いていて素直に言うことを聞けない。

「……」

 黙ってその場を動かないでいると、子供達を護衛と乳母に任せて傍によって来る。

「……悪かった」

「……もう、勝手に決めない?」

「ああ」

 彼は頷くと私の額に口づける。これだけで許せてしまえるのだから不思議だ。それでも彼の差し出した手を仕方ない感じでとるのは最後の悪あがきかもしれない。

「さあ、帰ろう」

 こうして我が家の些細な内乱は終結し、平和な日常が戻った。


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些細なことですぐ喧嘩になる相変わらずの意地っ張り夫婦。

でも、結局は互いに惚れているのですぐに仲直り。

周囲も「ああ、またか」で静観します。

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