15 コリンシアの想い7

ちょっとだけ恋愛らしい展開が……。


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 舞踏会の翌日。日常が戻った私は今日も午前中から家庭教師が来て勉強をしていた。今は秋からの留学に備えて主に各国の基礎知識を勉強中。一般教養としてだけでなく、礎の里にはいろんな国から人が集まるから、覚えていた方があちらで困らないからと母様に勧められたの。

「姫様、大変です」

 午後になり、勉強も一段落してお茶を飲んでいると、侍女の1人が慌てた様子で部屋に駆け込んできた。私の侍女の中では一番若く、気心の知れたお姉さん的な存在。普段はおっとりしているのに血相を変えて飛び込んできた彼女の姿に私は驚いた。

「はしたないですよ」

 彼女をいさめたのはイリス。女神官でもあるので口うるさいところがあるけれど、私付きの侍女のまとめ役をしてくれている。

「本当に、どうしたの?」

 息を弾ませている彼女にお茶を勧めて一息つかせる。そして落ち着いたところで用件を聞いてみた。

「大変なんです、姫様! ティム卿が護衛から外されました」

「え?」

 私が留学する礎の里へ行くときに同伴する護衛は、今回の夏至祭の成績を考慮して決めると父様は言っていた。飛竜レースはもちろん、武術試合でも優勝した彼がその選考から外されるなんて信じられない。

 頭の中が真っ白になった私は、ガタンと音を立てて立ち上がる。淑女にあるまじき行為に侍女長が眉を顰めるが、そんなのに構ってなどいられない。

「私、父様に聞いてくる」

「姫様?」

 慌てて制止する侍女達を無視し、私は勢いよく部屋を飛び出してそのまま住居となっている北棟を出て本宮南棟にある父様の執務室へ向かった。途中誰かに呼び止められた気がしたが、それでもドレスの裾が乱れるのも構わずに廊下を小走りで進んだ。

「父様!」

「コリン?」

 息を乱した私が執務室に駆け込むと、休憩中らしくソファに座っていた父様が驚いた様子で立ち上がる。

「父様、ティムを護衛から外したのは本当なの?」

「……もう耳に入ったのか?」

 父様は否定しない。一気に頭に血が上った私は父様に詰め寄る。

「どうして? ティムは飛竜レースも武術試合も頑張って、優勝したんだよ? 成績を評価して決めるって言ったのに、父様の嘘つき!」

 怒りに任せて父様の胸をポカポカたたく。けれども現役の竜騎士として常に鍛えている父様にはあまり堪えてないみたいで、逆に私の手の方が痛くなった。

「落ち着きなさい、コリン」

「だって、だって……」

 悔しくて涙が出てくる。父様が即位してから変わったとはいえ、今でも特権意識が高い人はいる。その数は決して少なくないので、時にはそんな彼らにも配慮しているのは知っているけれど、今回の事はそんなことで折れてほしくなかった。私はわあわあ泣きながら父様の胸を叩き続けた。

「姫様、落ち着いてください」

 後ろから誰かに腕をつかまれる。驚いて振り向くと、そこにいたのはティムだった。

「……ティム……」

 その姿を見るとまた涙が出てくる。たまらず私は彼にしがみついた。




 気が付くと何かを握りしめていたまま父様の執務室にある大きなソファに横になっていた。泣いて腫れぼったい目を開けてみると、握りしめていたのは隣に寝転んでいるティムの上着だった。慌てて手を離すと、彼は目を開けて体を起こした。

「気付かれましたか?」

 久しぶりに感情を爆発させてしまっただけじゃなくて、好きな人に縋ったまま泣き疲れて寝てしまうなんて恥ずかしすぎる。顔を合わせる勇気などなく、慌てて顔を見られないように浅く腰かけている彼の背中にしがみついた。なぜかしら彼の背中にくっついていると気分が落ち着く。それを知っている彼は何も言わずに背中を提供してくれた。

「俺の為に怒って下さったんですね? すごく嬉しかったです」

 ティムの言葉にまたじんわりと涙が出てくる。彼は器用に腕を伸ばして背中にしがみついている私の手に手を重ねる。

「先に説明するつもりでしたが、ご心配をおかけしてすみませんでした。護衛から外れたのは俺の意志です」

「どうして?」

 今回は私の留学が目的だけれど、どこの国でも礎の里へ赴く王族に同道する護衛は精鋭を意味して一目置かれる存在になる。ティムが飛竜レースへの参加を決意したのもそれが目的だったはず。それを自分から辞退してしまうなんて信じられなかった。

「アレス卿に聖域に来ないかと誘われました。陛下のご配慮で神殿騎士団への推挙を受けたうえで聖域へ配属されることになりそうです。姫様が礎の里で勉学に励まれておられる間、俺はかの地でもう一度鍛えなおすつもりです」

「ティムは強いよ?」

 今回の夏至祭でティムの強さを誰もが知った。それなのに……。

「夏至祭が始まる前までは、どちらかで結果を出せばそれでいいと俺も思っていました。けれども、昨日の武術試合で今の俺にはまだ何かが足りないと気付かされました。そしてその何かはこの国で守られている限り知る事が出来ないような気がします。もちろん、3年でその足りない何かが分かるとは限りません。それでも俺はこことは違う環境でもう一度自分を鍛えなおそうと決めました」

「でも、行くのは秋まで待てないの?」

 テンペストの翼なら護衛として礎の里に同道してから聖域に向かっても討伐期に十分間に合うはず。私のこの問いにティムは首を振る。

「俺もそうしたいのは山々です。ですが、俺とテンペストに求められるのは機動性です。妖魔が出没した地域にいち早く駆けつける為には地図だけでなく地形や気流まで頭に叩き込む必要があります。秋に行ったのではおそらく間に合いません」

「ティム……」

「本当は礎の里までご一緒したかった。ですが、今はそれを我慢して、近い将来姫様の隣に立つのに相応しい男になるために己を鍛えたい。御託を並べてしまいましたが、要は俺の我儘です。この我儘で姫様を泣かせてしまいました。申し訳ありません。俺の事……嫌いになりましたか?」

 ティムの言葉に自分は目先の事しか考えていなかったことに気付く。そんな目先の事だけでなく未来を見据えて決断した彼を嫌いになるなどとんでもない。私は彼の背中から顔を離すと、慌てて首を振る。

「良かった……」

 ほっとした様子で彼は私を抱きしめた。好きな人の腕の中にいると思うと、嬉しいのと恥ずかしいのとで顔から火が出そうなほど熱くなる。

「必ず貴女の元へ帰ってきます。お待ち頂けますか?」

「……はい」

 私が頷くと彼は私の額に口づけ、再びギュッと抱きしめる。その約束の言葉に今度は嬉しい涙が溢れた。

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