14 ティムの本音8

グッグッグッ


 話が長引いたためにパラクインスの我慢も限界のようだ。俺を締め付けている尾の力が徐々に強くなり、このままだと肋骨がやられる。とはいえ、まだ完全には話の決着がついていない。

「後で全身にブラシかけてやるから今は離してくれないか?」

 一縷いちるの望みをかけて頼んでみるが、飛竜は素知らぬ顔して俺を引きずって行こうとする。こいつ、年々我儘がひどくなっているぞ。

「パラクインス、ティムを離せ」

 そこへ颯爽と現れたのはアレス卿だった。おそらく、騒ぎを聞きつけてきてくれたのだろう。正式なパートナーであるアリシア様がいない現状でこの我儘飛竜を制御できるのは彼だけだ。有り難くって後光がさして見えるよ。


 キュウゥゥゥ


 毅然としたアレス卿の態度に飛竜は渋々ながら尾を解いた。これで呼吸が楽になる。

「騒がせてすまなかった。ほら、自分の室に戻れ、パラクインス」

 アレス卿は俺達に頭を下げると、引きずられてきた係員を促して飛竜を上層の竜舎へ連れて行かせる。パラクインスは名残惜しいのか俺の方を何度も振り返るのでちょっと心が痛む。時間があるのならいくらでも構ってやるのだが、何しろ今は解決するべき問題があった。ここは心を鬼にするしかない。

 パラクインスがいなくなり静かになると、この騒動に付き合うつもりらしいアレス卿は竜舎の壁に寄りかかって様子見の体勢となる。俺は改めてデューク卿に向き直る。

「話の途中ですみませんでした」

「いや、悪いのはこちらだ」

 デューク卿はそこでいったん言葉を切ると、再び深いため息をつく。そして項垂れている部下に視線を向ける。

「お前はまず、ティム卿にすることがあるのではないか?」

 上司に促されても奴は訳が分からない様子でポカンとしている。具体的なことは聞いていないが、奴は前日に何らかの不祥事を起こしたらしい。それも俺に何らかの関わりがあったのだろうと推測する。

「お前は本当に……自分のしでかしたことがまだ分からないのか?」

 さすがのデューク卿の言葉にも怒りが混じっている。俺としては反省もしてないのに謝罪されても困るのだが……。

「俺は……」

 小さな声だったが、いまだに奴は自分が悪いとは思っていないらしい。デューク卿の我慢もそろそろ限界のようで、握りしめた拳がフルフルと震えている。

「自分の罪を認めず全て他人の所為にして自分は悪くないと言い張る……君がやっていることはまるで子供だね。駄々をこねているエルヴィンと大して変わらないよ」

 静かに見守っていたアレス卿が唐突に口を挟む。率直な感想に思わず吹き出しそうになるが、どうにか堪えた。さすがの奴も皇妃様の弟に口答えする勇気はないらしい。

「今はまだ君を正そうとしてくれている人がいる。でも、このまま意地を張り続けると誰からも見放されてしまうよ。

 それに、義兄上が君の将来を考えて穏便に済ませようとしているのに、こうして騒ぎ立てることによってそれが台無しになっている。この騒ぎはここの飛竜達が見てしまっているから、それぞれのパートナーにもう知られてしまっていると言っていい。つまり、君は義兄上の意向に背いていることになる。手遅れになる前にもう一度よく考えてごらん」

 淡々としたアレス卿の言葉に奴はどんどん顔を青ざめさせていく。そしてその場にがっくりと膝をついた。

「諭すのは上司である私の務めなのに申し訳ありません、アレス卿。そしてありがとうございました」

 デューク卿がアレス卿に深々と頭を下げる。先ほどの様子からすると、奴を見放すのも時間の問題だったのだろう。

「ティム卿も迷惑をかけて申し訳ない」

「いえ、気になさらないでください」

 デューク卿を恨むのはお門違いだろう。ちらりと奴を一瞥すると、膝をついたその場で泣き出していた。

「陛下の温情で竜騎士資格ははく奪されないが、今日の事で何らかの罰が加わるのは覚悟しておけ。そして、ルーク卿の下で一からやり直して来い」

 なるほど。こいつはルーク兄さんの所で叩き直されることになったのか。兄さんの元には竜騎士の基礎を学びに多くの見習いが集まっている。彼らに混ざってとなると、プライドの高い彼には耐えられないのではないだろうか? だが挫折するだけならいいが、他の見習い達に悪い影響が出ないか心配になってくる。

「連れて行け」

 奴は号泣していてもう謝罪どころではないと判断したのだろう。デューク卿は他の部下達に泣き崩れている奴を連れて行くように指示した。そしてまた改めて奴に謝罪に行かせると約束し、もう一度俺とアレス卿に頭を下げて竜舎を後にした。




「すみません、アレス卿」

 お客様なのに巻き込んでしまってなんだか申し訳なくなってくる。

「いや、義兄上に頼まれたついでだ」

「え?」

 陛下に何を頼まれたんだろう? ようやく静かになり、安心したらしいテンペストが頭を摺り寄せてくる。その頭を撫でてブラシ掛けの続きをしようと道具を手に取った。

「話があるから来てほしいそうだ」

 一緒になってテンペストを構ってくれるアレス卿が放った言葉に俺は固まった。

「そ、それを早く言ってください」

 俺は慌てて道具を片付けた。いくら急ぐと言っても陛下の前に出るのに飛竜の世話で汚れた普段着というわけにはいかない。俺は着替えるために大急ぎで宿舎に戻った。



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と、いうわけで、ティムが飛竜レース前にかまっていた美女は飛竜パラクインスでした。

ティムを自分のものと思っている節があり、時々テンペストと睨みあっている。

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