13 ティムの本音7
舞踏会の翌日、俺はいつもより遅く起きだした。静養を言い渡されていたのだが、一晩ゆっくり休んだのですでに体調は戻っている。遅い朝食を済ませるといつも通り相棒の世話をしに竜舎へ向かった。
「おはよう、テンペスト」
前日はほとんど構ってやることができなかったので、まずは相棒の頭をなでて存分に甘やかす。そしていつもより時間をかけ、気持ちよさそうにのどを鳴らす相棒の頭を時折撫でながら全身にブラシをかけていく。
グッ、グッ、グッ
水を飲んで一息入れていると、テンペストが注意を促す。顔を上げると、誰かがこちらに向かってやってくるのが見えた。その顔をよく見ると、飛竜レースで2着だった男だ。
「ティム・バウワー! 貴様の所為で!」
傍まで来ると、彼はいきなり俺の胸倉をつかんでくる。目は血走り、どうも正気ではない様子なので、俺は相手の腕をつかむと逆にねじり上げた。
「イテテ! 何しやがる!」
「それはこっちが言いたい」
いきなり人の胸倉掴んできてそれはないだろう。だが、この行動は相手を更に激昂させたようで、聞くに堪えない侮蔑の言葉を次々と言い放ってくる。いい加減腹が立った俺はさらに掴んでいた腕に力を込めた。
「うわぁぁぁ」
大げさな奴だ。そこら辺の酔漢でもこんなに騒がないぞ。だが、この騒ぎを聞きつけて複数の足音が近づいてくる。
「ティム卿、そのくらいにしてやってくれないか?」
声をかけてきたのは第1騎士団の大隊長を務めるデューク卿だった。確か、こいつの直属の上司だったな。部下への暴行で咎められるかな? とりあえず腕を離してやると、奴はその場にしりもちをついた。
「隊長、この野蛮人を捕らえてください」
案の定、奴は上司に訴える。確かにこの状況だけ見れば俺が一方的に暴力をふるっているようにも見える。だが、ここは竜舎。この場にいる飛竜達が今までのやり取りを全部見ていた。
「いい加減にしないか」
どうやら話の分かる人らしく、デューク卿は自分の部下をたしなめる。そして驚いたことに彼は俺に向かって頭を下げた。
「部下が迷惑をかけて申し訳ない、ティム卿」
「な、何で隊長がこんな奴に……」
奴の抗議は先輩らしい竜騎士に力ずくで阻まれた。そしてデューク卿は温和な印象を覆すような鋭い眼差しを部下に向ける。
「昨日やらかしたことをもう忘れたのか? その処分を全て罪のないティム卿の所為と決めつけて飛び出したのはどこのどいつだ?」
「俺が悪いんじゃない! こいつが悪いんだ! 付き合っている女がいるのに姫様をたぶらかしているのを知っているんだぞ!」
「は?」
こいつは何を言っているんだろう? 理解できずに疑問符が浮かぶ。デューク卿も他の居合わせた竜騎士たちも目が点になっている。
「女にかまけてレースの集合に遅れるような平民に上級騎士なんて勤まるもんか!」
やっぱり理解できないが、俺はレース前の状況を思い出す。考え込む俺を奴はしてやったりとばかりにニヤニヤと眺めている。
「あの時は確か……」
レース開始前の状況をおぼろげながらに思い出してきた時、ドドドドドッと重量感のある足音が近づいてくる。もしやと思い振り向くと、黒い飛龍が係員を引きずりながらものすごい勢いでこちらを目指していた。
「うわ、ちょっと待て!」
その場にいた竜騎士総がかりで飛竜を止めようとするが手遅れだった。俺はがっしりとその飛竜に捕われていた。
「後にしてくれないか、パラクインス」
彼女は大陸で最も有名な番の片割れである。皇妃様の御養母で、長く大母を勤め上げた偉大な方のパートナーとして有名なのだが、その実態は単なる我儘娘である。
6年前の内乱の折、滞在していた皇妃様の故郷で世話をしていたのだが、俺のブラッシングをひどく気に入ってしまった。帰国後も忘れられないらしく、こうして毎年のように遥々この北の国までやってくるようになったのだ。立場上、長期間留守にできないパートナーに代わって付き合わされるアレス卿には気の毒なのだが、おかげで南の情勢がよくわかるようになったと陛下はおっしゃっていた。
キュルキュル……。
甘えた声を出しているのだが、彼女はしっかりと俺に尾を巻き付けて逃げる余地を与えない。だが、ちょうどレース前の状況を思い出せたし、奴の誤解を解くいい機会かもしれない。
「レース前、俺がかまっていた美女はこいつだ」
この騒動に奴はあっけにとられていたが、この説明はにわかには信じてもらえなかったらしい。
「いい加減なことを言うな」
「嘘は言わない。テンペストを連れ出す際、こいつが今のように迫ってきてブラッシングを要求したんだ。なかなか解放してくれなくて、着場に出たのが出立間際になった訳だ」
「俺は信じねぇぞ」
疑り深いというか、自分に都合のいいことしか信じないんだな、こいつは。ちょっと調べればレース前に知人に言った「美女」の正体がパラクインスだとすぐに分かるのだが、ろくに調べもせずに思い込みで行動していたのだろう。
あの朝の件に関しては証人もいる。その思い込みを何とかするためにも誰か呼んできてもらおうかと思っていたら、パラクインスに引きずられてきた係官が遠慮がちに手を挙げる。
「恐れながら証言させてください。レース当日の朝、ティム卿は紛れもなく一番に竜舎にお見えになられ、ご自身の飛竜のお世話をされておられたのです。そこへ気配を感じたパラクインスが今のように暴走してティム卿にブラッシングを要求したのです」
「そんな訳……」
なおも反論しようとする奴の言葉を封じたのは彼の上司だった。
「パラクインスがティム卿に会うためだけに毎年この国に来ているのは有名な話だ。まさかそれも知らないと言うのか?」
「……」
押し黙ってしまった奴にデューク卿は深くため息をついた
「外部のことも気にかけろと何度も私は注意したはずだ。それを無視し続けたためにこうして己の無知を晒し、取り返しのつかない結果を招いた」
上司の説教に奴は反論もできずにうなだれていた。
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