閑話 第1騎士団所属大隊長のぼやき

 私は現在、タランテラ皇国の第1騎士団の大隊長を任されている。この国では第1騎士団は近衛も兼ねているので、栄誉ある地位にいると言って過言ではないだろう。

 だが、私には目下頭を悩ませている問題がある。それはわが隊では有能な若手に部類される部下のことである。彼は困ったことに、相手の地位や身分を重視する非常に偏ったものの見方をしていたのだ。

 そんな考えを持っていては現在のタランテラでは通用しない。幾度か考えを改めるように諭してみたが、自分の都合のいいように解釈して改まる気配はない。これではいくら優秀でも上級騎士への推薦は無理だった。

「隊長、何で私を推薦してくださらないのですか?」

 焦れた彼はついに直談判にやってきた。私は言葉を重ねて今の考えでは無理だと諭したのだが、理解することはなかった。結局、私の方が折れて飛竜レースへの参加を認めることになってしまった。

 今年は第3騎士団の秘蔵っ子、ティム・バウワーが参加する。部下がいくら速くても彼に敵うことはないだろう。絶対的に自信を持つそのレースで彼に敗れればまた考えも変わるかもしれないと、この時の私は淡い期待を寄せていた。だが……それはものの見事に裏切られる結果となってしまった。




「デューク卿、アスター卿がお呼びでございます」

 妻と共に夏至祭最大の催しとなる舞踏会に参加していると、侍官が私を呼びに来た。なんとなく嫌な予感がしたが、呼んでいるのが上司となるアスター卿なので断ることもできない。仕方なく妻に見送られて広間を後にした。

「何事、ですか?」

 連れてこられたのは西棟の医務室。数名の竜騎士に囲まれて委縮していたのは問題の部下だった。私の顔を見ると、気まずそうにうつむいた。一体、彼は何をやらかしたのだろうか?

「自分で上司に報告しなさい」

 アスター卿に促され、いつもの自信満々な態度が鳴りを潜めた彼は、ぼそぼそとことの成り行きを報告した。ティム卿に負けたのを逆恨みするだけでなく、彼をおとしいれるために何の罪もない令嬢を巻き込んで恥をかかせたのだ。あまりにも稚拙な動機と計略に眩暈を起こしそうだ。

「で、その気の毒なご令嬢は?」

「先ほど、ご両親が迎えに来られた」

 アスター卿が苦笑気味に教えてくれた令嬢の名に心当たりがあった。自分の容姿に自信があるからか、気になる男性がいれば例え相手に恋人がいても誘惑する悪名が高い女性だった。

 今回はティム卿に目を付けたらしく、昨夜の夜会では必要以上に迫っている姿を見かけた。彼のことだから全く相手にしていなかったのだろうが、その素っ気なさを部下は別れ話と勘違いしたようだ。名家の嫡子を自負するのであれば、社交界の有名人の顔くらいは覚えていて当然のはずなのだが、彼の性格上、自分より格下を覚えておく必要はないとでも思ったのかもしれない。

「もう一人の当事者は?」

 部下の話ではここで休んでいたのは彼の縁戚でもある第2騎士団の竜騎士である。巻き込まれたわけだが、それでも休養を言い渡されて舞踏会の警護を休んだ身で女性と体の関係を持とうとするのはあるまじきことである。他の居合わせた部下の報告では「据え膳だと思った」と言っているらしい。

「正式な沙汰はまた後日言い渡すことにして、宿舎で謹慎させている」

「そうですか」

「あと、彼に協力した神官はルークの部下が監視している。後で話を聞くことになるだろうが、罪には問えないだろう」

 首謀が立てた計略が稚拙ちせつだったために、結果は事件とも言えないような騒動で終わった。しかし、我が国で最も大掛かりな催しとなる夏至祭……しかも他国からも客を多く招待し、内乱終結後初めて大掛かりに行われた舞踏会で騒ぎを起こした罪は重い。場合によっては国の威信に傷がついたのかもしれないのだ。

 それを淡々と部下に言い聞かせると、そこで事の重大さに気付いたらしい。顔を青ざめさせてその場に泣き崩れた。脆いとは思っていたが、どうやら精神面は子供のまま成長していなかったらしい。

「自室で謹慎していなさい」

 舞踏会が続いている以上、これ以上騒ぎを大きくするのは得策ではない。彼への罰は改めて協議して決めることにしよう。泣き崩れていた部下は他の竜騎士に連れられて部屋を出て行った。

「そういえば、ティム卿は?」

 気になるのは狙われた張本人である。上官の責任として後ほど部下の不始末を詫びに行かなければならないだろう。

「南棟の医務室で休んでいる。オスカーの提案がなければ面倒なことになっていた」

 アスター卿の答えに私はただ頭を下げるばかりだ。ここで休んでいたのがティム卿ならば、そうやすやすと令嬢の誘いに乗ることはなかったのだろうが、それでも面倒なことになっていたのは間違いない。彼の経歴に傷がつかなくて良かったと今更ながらに思う。

 それにしても、本当に困ったことをしてくれた。後始末だけでなく、上司としてその責任も取らなければならない。

 あー、なんだか胃が痛くなってきた。ストレスで禿げたらどうしよう。陛下へ報告しに行ったアスター卿を見送ると、私は暗澹あんたんたる気持ちで事後処理を始めた。



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デューク卿は内乱時、投獄されたルークが皇都を脱出する際に手助けした竜騎士の1人。皇都が解放されるまでうまく立ち回り、グスタフ側の情報を外部に漏らしていた。

当時は小隊長だったが、現在は出世して第1騎士団に5人いる大隊長の1人に。ただ、問題児を押し付けられて気の休まる暇もないらしい。

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