閑話 とある竜騎士の謀

 屈辱的なレースから1夜開け、俺様は奴をおとしめるべく行動を開始していた。昨夜のうちにいくらか情報は集めたが、そのどれも誇張しすぎて信用できる内容ではなかった。いくら何でも内乱中にたった一人で皇妃様と皇女様を守り切ったというのは嘘だろう。きっと他に何人も護衛がいて、奴はその一人に過ぎなかったという結論に達していた。

 驚くべきことに奴は今日の武術試合にも参加していた。俺様は申請しても通らなかったのに、奴は一体どんなコネを使ったんだ? だが、奴の初戦は俺が兄者と慕う縁戚の竜騎士。朝一番に激励に行くと、自信満々で奴をたたきつぶすと請け負ってくれた。昔から武術では彼にかなわなかったので、奴がみじめな姿をさらすことになるのは間違いないだろう。俺は会場の警備をしながら高みの見物と決め込んだ。

「……嘘だろう」

 だが、その自信は早くも砕け散ることになってしまった。奴はたった一撃であの強かった兄者をたたきのめしていた。そしてその後も次々と対戦者を打ち負かしてしまい、決勝へと勝ち進んでしまったのだ。このままでは奴を貶めるどころか更なる名声を与えてしまうことになる。大いに焦った。

 うまい方策を思いつかないうちにとうとう決勝が始まってしまった。しかし、陛下の甥でもあるオスカー卿には敵わない様子。ああ、奴もここまでだなと安堵していたら、とんでもないことを言い出しやがった。

 このままでは実力が出せないからと、試合では義務付けられている防具を外したいと言い出したのだ。前例のない話に周囲はざわつくが、陛下はあっさりと了承された。結局、試合は陛下の裁定で引き分けとなり、奴は規定を捻じ曲げることによって武術試合の栄誉も勝ち取ってしまったのだ。試合後にわざと倒れるふりをして同情を集めるあたりは平民らしい実に姑息な手口だ。

 舞踏会が始まる直前、警備のふりして医務室の辺りを通りかかると、見舞いの品が大量に届けられ、侍官が対応に追われていた。使用人に届けさせている家が大半だが、物好きなことに中には自分で届けに来ている女性もいる。よく見れば昨夜、奴に振られたらしいあの女性だった。よほど奴のことが心配らしい。

 体調不良を理由に陛下主催の舞踏会を欠席した人間が、部屋に女性を連れ込んでいるのが分かれば醜聞沙汰となる。この夏至祭で得た名声も地に落ちるだろう。うまく彼女をけしかけられればいいのだが、そそのかした本人が現場に踏み込むのも不自然極まりない。何か妙案はないだろうか?

「何かお困りですかな?」

 考え込んでいる俺に声をかけてきたのは恰幅の言い神官だった。貴族の家柄出身で、礎の里での修行を終えて皇都に帰ってきたのだという。うまく言いくるめてこの男を利用できないだろうか? 神官ならばその言葉を疑う者はいないだろう。

 俺は意を決すると平民が秩序を乱して困っているのだと訴えた。その人の良い神官は大いに同調し、俺の話を聞いてくれる。そして俺の知らなかった事実も教えてくれた。奴はまだ子供の姫様をたぶらかし、恐れ多くもフォルビア領を手に入れようとしていると言うのだ。つまり、奴は自分のあの女性が自分の目的の邪魔になって別れたのだ。

 こんな不条理を黙って見過ごすなどできない。俺はその神官に女性の存在を明かし、先ほど考え付いた計画への協力を打診する。密会の現場を抑えられれば、姫様も目を覚まされるだろう。奴を優遇していた陛下も考えを改められるに違いない。その熱意は神官にも伝わったらしく、軽く打ち合わせを済ませると計画を実行した。




 一年で一番長い日もようやく日没を迎え、大広間では夏至祭の締めを飾る舞踏会が始まっていた。本宮の警備を命じられていた俺は、数人の部下を従えて西棟を巡回していた。行先は当然、医務室。あの神官から首尾よく常駐している医師も遠ざけ、あの女性をうまく誘導できたと報告を受けたので、密会の現場を押さえに行くのだ。あのいけ好かない野郎が踏み込んだ時にどんな顔をさらすか楽しみだ。

 慎重に医務室に近づくと、暗い部屋の中からわずかにつやめいた女性の声が漏れ聞こえる。どうやらことに及ぼうとしている。踏み込むなら今だ!


バン!


 俺はわざと音を立てて扉を開けると医務室の中に踏み込んだ。そして寝台に手にしていた明かりを向ける。そこには半裸で抱き合う男女が固まっていた。

 女性は奴の元彼女で間違いない。だが、そこにいたのは奴ではなく、俺が兄者と慕う竜騎士だった。何故だ?


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