12 ティムの本音6

 北棟に無事姫様を送り届けると、オルティスさんが出迎えてくれた。私的な会話を交わすことはできなかったが、かわいらしく着飾った姫様を間近で堪能できたので満足だ。爺やに付き添われて北棟の奥へと帰っていく姫様を見送れば今宵の任務は完了する。

「ああ、間に合いました」

 そこへ若い侍官が駆けつける。その騒ぎで姫様もオルティスさんもいぶかしげに足を止めた。

「こちらを言付かってまいりました」

 誰かに伝令を頼まれたらしく、書簡筒を俺に差し出す。中を開けると一目瞭然、陛下の直筆で「北棟で待機するように」と書かれていた。侍官はオルティスさん宛の手紙も言付かっており、それを読んだ彼は俺を北棟の中へ招き入れた。

「今宵はお早めにお戻りになられるそうです。それまでこちらでお待ちくださいませ」

 案内されたのは私的な居間だった。あのフォルビアにあった館の雰囲気を引き継いだこの空間に招き入れられるのは、ごく親しい人物に限られている。俺はちょっと誇らしい気分で勧められた席に着いた。そして姫様も一緒に待つと言ってくださったが、オルティスさんにたしなめられて彼の入れたお茶を一杯飲む程度で我慢となった。

「おやすみなさい、ティム」

「おやすみなさい、姫様」

 イリスさんが迎えに来たので、姫様は名残惜しそうに部屋へと帰っていく。その後ろ姿を見送ると、俺は淹れなおしてもらったお茶に口をつけた。

 自分でも思っている以上に体は疲れていたようで、いつの間にか眠り込んでいた。気付けば毛布が体にかけてある。竜騎士として鍛えているはずの俺に気取らせないとはさすがオルティスさん。年季のなせる業だ。

 毛布をきちんとたたみ、用意されていた果実水で眠気を払ったところで陛下がアレス卿を伴ってお戻りになられた。眠りこけているところではなくて助かったと内心思いながら、立ち上がって迎える。

「疲れているのにすまんな」

「いえ、大丈夫です」

 毛布があるので寝ていたのはバレバレだ。陛下もアレス卿も触れないでいてくれるが、なんだか気まずい。そんな気まずさをものともせずにオルティスさんは熟練の技で俺たちにお茶を用意してくれた。

「まずは、昨日に引き続き優勝おめでとう」

「いえ、あれは完全に俺の負けです」

 オスカー卿が防具を外そうと言ってくれなければあそこまで互角の試合はできなかっただろう。しかも止めてもらった直後に倒れるという醜態までさらしている。今日の試合は完全に俺の負けだった。

「オスカーも似たような状態だったぞ。それは気にしなくていい」

「ですが……」

「公式の裁定がなされているんだ。遠慮することはないよ」

 アレス卿にも口添えされてしまい、どうにも反論ができなくなってしまった。

「両方で優秀な成績を収めたのは間違いない。君がこの国有数の竜騎士であることが証明されたようなものだ」

「そうでしょうか?」

 陛下はそう言ってくださるが、昨日といい今日といい、平民出であるだけで見下されればにわかには信じられない。

「信じられないか? 言っておくが、私は6年前の即位式の折にお前を招待することで私にとって特別な存在であることを世に知らしめた。しかもブランドル家という後ろ盾を用意することでその立場をより強固なものにした上で、だ。そのお前を蔑ろにするということは、己の無知をさらけ出している愚か者か、私に歯向かう反逆者となる」

「え……」

 確かにブランドル家から後見をしてもらっているが、飾りのようなものでそこまで意味のあるものだとは思ってもいなかった。しかも即位式は周囲に半分脅されて出席したのだ。そんな深い意味があるなど今まで気づきもしなかった。

「そういうわけだから、いたずらに己を卑下することはない。よく頑張った褒美を与えたいのだが、何か望みはないか?」

「十分、頂いてますが……」

 両日とも報奨金として今まで手にしたこともないような額の金貨を頂いている。これ以上望むのは贅沢すぎるような気がする。

「本当に欲のない奴だな。今後の希望でもいい」

 そうは言われても俺の希望はもっと強くなりたいだけだ。独力でも姫を守れるくらいに強くなれるのならば、一時的に国を出ることになっても構わない。意表を突かれたせいか、油断してそれが思わず口に出ていた。

「だったら、聖域に来ないか?」

「聖域……ですか?」

 アレス卿の誘いに俺は目をしばたかせる。内乱中に世話になったが、かの地の竜騎士は精鋭揃いだ。魅力的な提案だが、俺が行っても役に立つだろうか?

「私としては国に留まってほしいのだがね。ただ、君が今以上の成長を望むのであれば、アレスの提案を受けるべきだ」

「コリンの留学中だけでも来て腕を磨かないか? 君ならみんな歓迎するよ」

 陛下は少し不本意な様子だが、反対しないところを見るとあらかじめアレス卿に打診されていたのだろう。強くなりたい俺にとっては、これ以上はないくらいに魅力的な提案だった。ただ、話を聞くと、姫様の出立までは待っていられないらしく、礎の里への護衛は諦めるしかなさそうだ。それでも俺は将来の為に聖域行きを決断する。

「俺……行ってみたいです」

「そうか」

 俺の決断はすでに予想していたのだろう。陛下は特に反対されなかった。

「本来ならコリンシアの護衛に選ぶところだが、それはオスカーに任せることにしよう。腕を存分に磨いてこい」

「はい。ありがとうございます」

 話がまとまると、改めてアレス卿に向き直る。

「よろしくお願いします、アレス卿」

「こちらこそ、よろしく頼むよ」

 俺が頭を下げるとアレス卿が手を差し出す。その手を握り返して契約が成立した。けれども第3騎士団以上にいろんな意味で強力な聖域の騎士団についていけるだろうか? 一抹の不安はよぎったが、もう後には引けない。姫様の為にもっと強くなろうと俺は改めて決意した。



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自分の力にまだまだ納得していないティム。

国を飛び出して更なる成長を目指します。

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