11 ティムの本音5

 目が覚めると寝台で横になっていた。独特の匂いから医務室にいるのはすぐにわかったが、上質な夜具と見覚えのない天井から西棟の騎士団にあるものではなく、南棟の貴人用に設けられているものだと気付いた。

「目が覚めた?」

「姉さん……」

 声を掛けられて首をめぐらすと、寝台の傍の椅子に姉さんが座っていた。額からずれ落ちた布を取ると傍らの水を張った桶に入れ、ハーブ水が入った杯を渡してくれる。そこでようやく武術試合後に倒れたのを思い出した。

「姫様が随分と心配なさっていたわ」

 それを言われるとつらい。俺は黙って杯を飲み干した。

「医師の見立てでは数日の安静が必要よ。今夜の舞踏会は欠席を勧められたわ。陛下にも既に報告が行っているはず」

「分かった」

 しおらしく返事をすると、扉をたたく音がしてルーク兄さんが入ってくる。まるで少女のように頬を染めた姉さんはすかさず伴侶に近寄る。

「代わるから支度をしておいで」

 ルーク兄さんは優しい声で姉さんを促す。窓の外から差し込む光は傾き、舞踏会の時刻が刻一刻と迫っているのがわかる。女性の支度は時間がかかるので、交代しに来たのだろう。だけど、起きているのが分かっていて目の前で口づけを交わさないでくれ。思う相手と会話もままならない状態の独り身には目の毒だ。

 口づけを終えた後も互いに見つめあう。名残惜しそうに視線を絡ませながらも、本当に時間がないのか姉さんはルーク兄さんに軽く手を振ると部屋を出て行った。俺のことはもう眼中にないらしい。

「無茶したな」

 姉さんが部屋を出ていくと、途端に兄さんの雰囲気が変わる。容赦ないダメ出しが始まるのを覚悟して思わず身構えた。

「分かっています」

「力の使い方が雑すぎる。もっと制御しろ」

 兄さんはそれだけ言うと、持っていた包みを傍らに置いた。もっとねちねちとダメ出しをされると思っていたのだが、あっさりと終わって逆に拍子抜けする。

「昼間、姫様が妙な奴に絡まれていた」

「なぜ捕まえないんですか?」

 おとなしく寝てなどいられない。俺は慌てて体を起こした。

「姫様の話では自分の息子が礎の里にいるから、向こうに行ったら頼ってくれといった話だったそうだ。狙いはあからさまだが、それだけではさすがに罪に問えない。」

「……」

「狙いが姫様だとすると、お前の存在は邪魔なはずだ。何か仕掛けてくる可能性がある。十分に用心しろ」

 俺が神妙に頷くと、兄さんは持参した包みを俺に手渡す。

「一応礼装を用意した。念のためシュテファンに監視させているが、こちらが予定外の行動を起こせば向こうも行動を諦めるだろう。遅れてでもいいから顔を出せ」

「分かった」

 包みを開けると新品の礼装が入っていた。作った覚えはないから、姉さんがあつらえてくれたものだろう。今までのがまだまだ使えるからもったいない気がするのだが……。

「姫様も手伝っていたぞ」

 ありがたく頂戴しよう。俺の考えはバレバレだったらしく、兄さんは苦笑すると自分の支度のために部屋を出て行った。




 再度医師の診察を受け、短時間の出席を許可してもらうと俺は大急ぎで着替えて広間に向かった。1人で行動するなとくぎを刺されていたので、広間まではラウルさんが付き添ってくれる。

 この2日間ですっかり顔を知られてしまったらしく、広間に出たとたんに周囲がざわつく。とにかく陛下に挨拶をと思ったが、姫様の姿を視界の隅にとらえて足の向きが変わった。傍らにいるのは神官の服装をした男。俺の姿を見てあからさまに狼狽えているところを見ると、ルーク兄さんが言っていた妙な奴に違いない。俺が近づくとそそくさと逃げていったが、シュテファンさんがしっかりマークしているから後は任せても大丈夫だな。

「ティム……大丈夫なの?」

「ご心配をおかけしました。お1人でいらっしゃいましたけど、いかがなされましたか?」

 俺の姿を見て姫様はほっとした様子で表情を和らげる。きっと心細かったに違いない。護衛はどうしたのかと思ったら、帰るために陛下への伝言を頼んだところであの男が絡んできたらしい。どれだけ姫様を観察してんだ。けしからん。

 伝言を終えた姫様の護衛も戻ってきたが、このまま残しておくことなどできるはずもない。俺は姫様をエスコートして陛下の御前に進み出た。

「もう良いのか?」

「はい。お見苦しい姿を御覧に入れて申し訳ありませんでした」

 陛下の前にひざまずいて頭を下げる。気分を害された様子はなく、むしろ苦笑しておられるようだ。

「いや、全力を出し切った結果だ。ただ、もう少し自分の体を労われ」

「は、肝に銘じます」

 今回の無茶な試合を言い出したのがオスカー卿だったこともあり、それほどまでに咎められることはなく、内心ほっとする。陛下はその場で一時舞踏会止められ、特別に褒賞の授与式を行ってくださった。新たに長剣と矛を象った記章が加えられ、誇らしい気持ちになったのは言うまでもない。そして陛下は思いもがけないご褒美も用意してくださっていた。

「コリンが部屋に戻る。北棟までの護衛を任せる」

「かしこまりました」

 歓喜の雄叫びを上げそうになるのを必死に堪え、どうにか平静を装うと姫様の護衛という大役を謹んで拝命した。

 さすがにまだ人目があるので、北棟までの道中は護衛に徹するよう自分自身に言い聞かせる。そうでもしないと、ついうっかりスキップをしてしまいそうだ。しかし、広間の出口ですれ違ったアスター卿が意味深な笑みを浮かべていたのでどうやら完全には隠せていなかったらしい。

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