10 コリンシアの想い6
夜になり、夏至祭の最大の宴となる舞踏会が始まっていた。けれども今宵の主役の1人となるティムの姿は無かった。武術試合の決勝でオスカーと長時間に
心配でたまらなかったが、立場上お見舞いにも行けない。代わりに様子を見に行ってくれたオリガの話では少し休んでいればすぐに回復するので心配いらないらしい。それでも医師が大事を取って舞踏会への参加を止めたのだ。その為に医務室で休んでいる彼への褒賞の授与は後日改めて行うと父様は舞踏会に先んじて行われた授与式で発表していた。
堅苦しい授与式も終わり、舞踏会が始まった。軽やかな音楽にのせて父様と母様が優雅に踊っている。見つめ合う2人の間には甘さを含んだ空気が漂っていて、他の誰もが入り込むことが出来ない。
それがアルメリアお姉ちゃんとユリウス、ヒースと奥さん、ルークとオリガと続くにつれて更に濃密さを増してきて、見ている方が胸やけを起こしそうになってくる。
幸せそうな彼等を見ていると、自分もいつか大好きな人とこうして踊れるようになりたいと憧れる。
「もう帰ろうかな……」
予定では会場を後にするのはもう少ししてからだったけれど、ティムに会えないのなら居ても退屈なだけ。成人前なので授与式が終わればこの場に留まる義務はないので、早くに退出するくらいの我儘は許してもらえるはず。
護衛として付き添ってくれている竜騎士に帰りたい旨を伝えると、父様に伝えに行ってくれる。きっと昨日同様にルークとオリガが北棟まで付き添ってくれることになるだろう。
「姫様、お会いできて光栄でございます」
1人になった所を見計らってまたもや声をかけて来たのは昼間のあの神官だった。決めつけるのは良くないのだけれど、一度覚えてしまった嫌悪感は簡単に拭いきる事は出来ない。ずっと見られていたのだと思うとそのおぞましさから悪寒が走り、足がすくんでしまう。
「おや、お顔の色が優れませんな。あの平民上りのことがそれほどまでに心配ですかな?」
一部の貴族はいまだ家柄にとらわれた古い考えを持っていて、父様が文官だろうと武官だろうと能力があれば家柄に関係なく重用するのを快く思っていないみたい。この神官もそんな考えを持つ1人らしく、なんだか余計に嫌になってきた。
「姫様があの平民出の竜騎士を慕っておられるのは存じております。ですが、彼に無理をさせているのではありませんかな?」
確かに、私が彼を望んだ事でティムに重圧がかかっているのは知っている。そこをついて私を不安にさせるつもりなのだろうけれど、この辺りはいろんな人から忠告をうけていて心づもりは十分にできていた。それに、付き合いの長さを甘く見て貰っては困る。姉のオリガ以上に彼のことを私は知っている。彼の本当の姿を知りもしないで吹聴するこの男にだんだん怒りがこみあげてくる。
「先ほども綺麗な女性が彼を見舞うと言っておられました。きっと親しい間柄なのでしょう、お好きなものをお持ちしたと言っておられた。今頃は年頃の男女が2人きりでいるわけです」
彼は得意げに言葉を続ける。確かに昨夜の夜会ではティムは綺麗な女性達に囲まれていた。私と違い、大人の魅力あふれる女性ばかりだった。あの光景を目にしただけではこの男の言葉で不安になっていたかもしれない。けれどもあの後に直接会って話をしている。昔から変わらない誠実な彼の姿と言葉が私に力を与えてくれていた。
そのおかげで先ほどまで支配していた恐怖心はどこかに消え失せていた。そして調子に乗ったこの人は成人前の私に何を言っているのだろうと、冷めた目で相手を見ることができた。
やがて広間の入口のほうで大きなざわめきが起こる。何かが起こるのを神官は予測していたのか余裕の表情で振り返るが、みるみるうちに驚愕の表情へと変わっていく。
「ば……かな……」
その場に現れたのは礼装に身を包んだティムだった。医務室で休んでいるはずの彼が現れ、広間全体がざわついている。ティムは父様のもとへ向かおうとしていたけれど、私に気付いて近づいてくる。顔色は心なしかまだ青い。
「ティム……大丈夫なの?」
「ご心配をおかけしました。お1人でいらっしゃいましたけど、いかがなされましたか?」
いつの間にかあの神官は姿をくらましていた。先ほどの会話の内容と、ティムが姿を現した時の驚き様から、きっと陰で何か仕掛かけていたのだろう。心配かけるだろうけれど、後で父様に言っておこう。とりあえず護衛に伝言を頼んだのだと言い訳しておくと、それで納得した彼は私をエスコートして父様のもとへ向かう。
「もう良いのか?」
「はい。お見苦しい姿を御覧に入れて申し訳ありませんでした」
ティムは父様の前に跪いて深々と頭を下げる。
「いや、全力を出し切った結果だ。ただ、もう少し自分の体を
「は、肝に銘じます」
舞踏会は一時中断され、その場でティムの褒章が授与されることになった。彼の礼装の左胸には、飛竜レースの上位入着者に贈られた記章の隣に剣と矛をあしらった記章が加えられる。その姿はとても誇らしく思えた。
「コリンが部屋に戻る。北棟までの護衛を任せる」
ティムの体調を考慮して、父様が私を口実に広間からの退出を促してくれた。昨日に引き続き主役となった彼とお近づきになろうとする令嬢方が遠巻きにしていたけれど、退出するとわかってあからさまに落胆している。
「かしこまりました」
ティムは私の護衛を拝命すると、父様と母様に深々と頭を下げた。そして私達は他に数名の竜騎士を従えて大広間を後にする。
入れ違いに姿が見えなかったアスターが広間に入ってくる。私に深々と頭を下げて見送ると、そのまま父様のもとへ向かっていく。何かあったのかなと頭の隅で思ったが、ティムと一緒にいられるのが幸せでもう気にならなくなっていた。
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コリン:「ルーク、踊れるようになったんだね」
ルーク:「……努力しました」(遠い目)
ティム:「姉さんとだけ踊れるんだよね」
ルーク:「後で付き合え」(黒い微笑み付)
ティム:「あ、俺用事が……」(さりげなく逃げようとする)
ルーク:「まあ、付き合え」(黒い笑みを浮かべたまま義弟の肩をがっしり掴んでそのままどこかへ連れていく)
ちなみに8年前のルークは、ダンスをするのに女性に体を寄せるのが恥ずかしかく、腰が引けてうまく踊れなかった。内乱後は奥さんとなったオリガと練習したおかげで人前でも踊れるまでに上達した。ただし、他の女性だとやっぱり腰が引けてしまうので、オリガとしか踊れない。
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