9 コリンシアの想い5

「姫様、今日は可愛らしさを強調致しましょう」

 武術試合が行われる今日は、侍女頭のイリスが熱心に勧めてくれた淡い桃色のドレスを着ることになった。普段あまり着ない色だけど、昨夜ティムとお話しできてふわふわとした気持ちがまだ続いている状態で強く勧められれば否とは言えない。気付けばプラチナブロンドも巻き髪にされて可愛らしい装飾品で飾り立てられていた。姿見には年相応の……もしかしたら実年齢よりも幼く見える自分の姿が映っていた。

「お似合いでございます」

 ティムと早く釣り合いたい。その思いからいつも大人びた服装を選んでいたのだけど、今日はもしかしたら父様か母様の意向が働いたのかもしれない。不満は残るがイリスを筆頭とした侍女達の仕事は完ぺきだったので不平を言うのは単なる我儘になってしまう。

「陛下とアレス卿がお待ちでございます」

「分かりました」

 今日の武術試合、母様はいつも通り午後の決勝からの観戦になるけれど、ティムが出るので私は朝から観戦する事にしていた。貴賓席への扉の前で待っていてくれた父様とアレス叔父様と合流すると、2人にエスコートされて席に着く。

 既に出場者は広場に並んで待機していた。皆、同じような防具をつけているので分かりづらいが、それでも一目でティムは分かった。父様が彼等を激励し、揃って剣を掲げる姿を私はうっとりと眺めていた。

「今年はオスカーが最有力だな」

「ティムも強いが、昨日の飛竜レースの影響が少なからずあるだろうから優勝は厳しいかもしれませんね」

 試合を観戦しながら父様と叔父様が聞き捨てならない話をしている。

「どうしてティムは勝てないの?」

「今回の参加者の中でもティムの実力はオスカーと並んで抜きんでている」

「だけどね、ティムは昨日の飛竜レースに出ていて、その時の疲労は残っているはずなんだ。ましてや、今日は暑い。決勝まで勝ち上がれるだろうけど、オスカーが相手の長期戦となれば分が悪くなるんだ」

 噛み砕くように父様と叔父様が説明してくれるけど、やはり納得できない。不貞腐れる様にして試合を見ていると、従兄のオスカーの番になった。年が離れている事もあってあまり話をする機会は無いけれど、会った時にはいつも優しく接してくれる。ティムよりも柔和な印象を受ける彼がそこまで強いのだろうかと見ていると、審判役の開始の合図からほどなくして相手の長剣を弾き飛ばしていた。

「既に一団を任せられるほどの力はあるのだが、当人の意向で昇進は慰留となっている。まだ先陣をきって戦いたいらしい」

「その気持ちは分かりますよ。なまじ位を貰ってしまうと雑務に追われますからねえ」

 父様と叔父様の会話を聞きながら改めて従兄の強さを実感した。ティムが強いのは知っているけど、ちょっと不安になってくる。

「お、出て来たな」

 グルグルといろんなことを考えているうちにティムの出番となった。昨日の飛竜レースのおかげで随分人気があるみたい。名前を呼ばれると大きな歓声に応え、対戦者に向き直る。

「え……」

それは一瞬の出来事だった。審判役の合図と共に彼は試合用の長剣で相手の胴を払い、倒れた所で相手の首筋に剣を突き付けた。

「これは、可能性があるな」

 何を今更と思いながら父様の呟きを聞き流し、私は大好きな人の姿を見つめ続けた。




 午前の試合が終わり、決勝へは予想通りオスカーとティムが勝ち上がっていた。休憩の為に貴賓席に隣接する広間に移動すると、集まった人達の話題はどちらが勝つかでもちきりだった。冷たい果実水を飲みながら聞いていると、たいていの人は父様や叔父様と同じくオスカーの勝ちを予想している。やっぱり悔しいな。ティムは本当に強いのに。

「姫様にはご機嫌麗しく」

 父様が会場に現れた母様を迎えに行ったほんのちょっとの隙を狙って神官服を着た恰幅のいいおじさんが私に恭しく頭を下げて話しかけてくる。一見すると人の好さげな印象だが、お腹の中は真っ黒な気がする。子供だったとはいえフォルビアに居た頃からおばば様の元を出入りしていた大人達を見て来たし、加えて6年前の内乱での経験から人を見る目は随分と養えられている。しかもこうして一人になった所を狙い澄まして声をかけて来るのが何よりの証拠だと思う。

 私は内心溜息をついて、どうこの場を離れるか考えを巡らす。父様か叔父様が呼んで下さるのが一番だけど、彼等はちょうど大神殿に赴任したばかりの神官長様に話しかけられていた。助けてくれそうな人を探したいが、話しかけられた手前、あからさまに周囲を見渡すことも出来ない。

それがしには息子がございましてな、礎の里で神官をしております。位はまだ低いのですが、年頃も近うございますので、ご留学中にお心細くなられることがございましたら存分に頼ってくださいませ」

 神官としての位は低いが、この場に居られると言う事はそれなりの家の出なのだろう。こうして貴族の子弟を紹介されたり引き合わされたりするのは、将来のフォルビア大公の地位を狙ってのことだろうというのは父様をはじめとした身近な人達の見解だった。

「姫様、陛下がお呼びでございます」

 対処に困っているとルークが助けに来てくれた。これ幸いと断りを入れて彼の後に続くと、わずかながらに舌打ちが聞こえた。呼んでいる相手が父様なので私を引き留める手立てはない。男が追い縋る事は無かったが、それでも休憩の間中絡みつくような視線を感じて居心地が悪かった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る