8 ティムの本音4
天気がいいのは良いが、午後になって気温も随分上がっている。そのおかげで試合用の防具を付けているだけで汗をかく。これは早めに決着をつけないと暑さだけで参ってしまいそうだ。
俺とオスカー卿は順に紹介されて並んで立ち、陛下(と姫様)がおられる貴賓席に向かって形通りの礼をする。午前にもまして華やかなのは、皇妃様だけでなく重鎮の夫人達も決勝を見に来ておられるからだろう。もちろん、一番華やいで見えるのは姫様だけど。
姫様のお姿に緩んでしまいそうになる気を引き締め直すと、作法に
ガキン!
刃と刃がぶつかる。1合2合と続けざまに打ち合うだけで今までの対戦者とは比べ物にならない力量を悟らされる。陛下のご指導を直々に受けたと言う彼の剣劇は思った以上に重い。まともに打ち合えば間違いなく俺の方が先に参ってしまうだろう。
俺の持ち味は軽い身のこなしを武器に、足を使っての
「さすがだね」
一旦間合いをとると、オスカー卿は楽しいのか口元に笑みを湛えている。どう攻めるか必死に考えている俺からすると、その余裕は羨ましい限りである。
「余裕ですね」
本日2度目となる質問に彼は笑みを浮かべて同じ答えを返してきた。
「そうでもないさ」
「そう見えないんですけど」
「結構ギリギリなんだよ?」
オスカー卿はちょっとおどけて応えると、「ちょっと提案があるんだ」と続ける。
「提案……ですか?」
完全に動きが止まった俺達に周囲からは不信の声が上がる。しかも観客からは盛大なヤジが飛んでいる。それでもオスカー卿は涼しい顔でそれらを聞き流して話を続ける。
「そう。邪魔だからコレ、外さないか?」
「外せるものなら外したいのですが……勝手に大丈夫でしょうか?」
彼が指差したのは胸当てだった。規定では着用が義務付けられているものだが、邪魔だからと言って勝手に外してしまっていいのだろうか?
「2人ともどうした?」
痺れを切らしたのだろう、審判役が話しかけてくる。夏至祭の武術試合というこの国で最も華々しい舞台で、何か不備があれば審判を務めた彼も罪に問われる可能性があるのだ。
「審判殿にお伺いをしたいのですが、この防具を外しても宜しいでしょうか? このままでは2人共真の力を発揮できません」
「それは、私の一存では……」
審判役は答えに躊躇する。まあ、確かに今までこんな提案をされた事は無かっただろう。ザワザワと周囲がざわめく中、判断に迷った審判役は待機している他の審判達の元へかけていく。そして中の1人が貴賓席へと駆け上がっていく。
「防具を外すのを許可する。2人共存分に戦うといい」
事情を聞いた陛下は立ちあがると良く通る声でオスカー卿の要望を許可した。俺達は騎士の礼で陛下に謝意を伝えると、その場で重くて邪魔な防具の類を脱ぎ捨てた。
体が軽い。俺とオスカー卿は体を慣らすように軽く体を動かすと改めて対峙する。ざわついていた広場は一瞬で静かになった。そして審判の号令一下、俺達は再び刃を交える。
先程まではどちらかと言えば押され気味だったが、防具を外した今はようやく互角と言える戦いが出来ている。オスカー卿も先程までとは打って変わって真剣な表情を浮かべており、俺も無心で剣を繰り出し続けた。
誰もが固唾をのんで見守る中、広場には俺達の剣戟だけが響いている。試合を再開してもうどれくらい時間が経っただろうか。俺も彼も肩で息をして長剣を握る手がしびれている。少しでも止まってしまえばもう動けなくなりそうだ。次で最後。俺は内心でそう決心して長剣を握り直す。
「そこまで!」
最後の攻撃をしようとしたところで、俺達の間に誰かが割って入って制止される。審判役かと思ったら、貴賓席にいたはずのアスター卿とヒース卿だった。
「この勝負、両者は互角とみなして引き分けとする」
状況がつかめないまま呆然としていると、陛下が立ち上がって宣言する。
「引き分け?」
「そうだ」
ああ、終わったのだと理解すると、急に体中の力が抜けていく。手から握っていた長剣が落ちる。
「ティム?」
ヒース卿の呼びかけに何か応えようとしたのだが、急速に意識が闇に沈んで何も返すことが出来なかった。
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実は1時間以上戦っていた2人。
暑さに加えてティムはオスカーの倍動いていたと言う事で、体が限界でした。
それに気づいて試合を止めさせたのですが、審判役が2人の間になかなか入る事が出来ず、やむを得ずアスターとヒースの出番となりました。
その辺はまた次のコリンシア視点で。
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