7 ティムの本音3

 前日に続き、武術試合の当日となった今日もいい天気になった。各騎士団から選出された代表と共に本宮前広場に整列していると、隣に立っていた男が侮蔑を込めて言い放ってきた。

「平民風情が」

 確か、第2騎士団の代表だったはずだ。ルーク兄さんの情報が正しければ、昨日の飛竜レースで帰着後の挨拶の後に突っかかって来た奴の親戚だった。更に付け加えるならば初戦の相手でもある。開会前のざわつきを利用して周囲には聞こえないように言ってくる辺り、陰険さを感じる。揺動も兼ねているのだろうが、かえって頭は冷えた。相手にせずに顔を上げていると、僅かに舌打ちが聞こえた。

 やがてファンファーレと共に陛下と姫様が貴賓席に姿を現す。今日の姫様はいつもと異なり淡い桃色の可愛らしいドレスをお召しになっている。この姿も……いいなぁ。

「我がタランテラ皇国の竜騎士として日頃の鍛錬の成果を存分に発揮し、悔いのない成果を残して欲しい」

 陛下の激励に応えるように俺達は剣を掲げた。その後俺達は一旦控えの部屋に戻り、試合の順番が来るのを待つことになる。

 さすがにそれぞれの騎士団から選ばれただけあって、試合を前にしても皆落ち着き払っている。先程の竜騎士は相変わらず俺を睨みつけているが、たいていの者は椅子や床に座って静かに瞑想をしていた。一方、今回の出場者では一番の若輩となる俺は、先程の件も重なって落ち着かないので控室の隣に設けられている鍛錬場で体を解していた。

「落ち着かないかい?」

 声をかけて来たのは陛下の甥でサントリナ大公家の嫡男オスカー卿だった。第五騎士団の代表として出場している彼は、今回の優勝候補と言われている。自信があるのか随分と余裕がある様に見受けられ、思わずそれを口に出していた。

「随分と、余裕ですね?」

「そうでもないさ。期待されている分、非常に緊張しているよ」

「それを感じないから聞いてみたんですが?」

 体をほぐしながら会話を交わす。その間に鍛錬場で体を解していた他の竜騎士は出番となって出て行ってしまい、俺とオスカー卿の2人だけとなった。

「さっきの事は気にする事は無いよ」

「聞こえていたんですか」

 あのざわめきの中で聞こえていたとは恐れ入る。

「当然だろう? 君の実力なら相手にもならないだろうから、存分に打ち負かすと良いよ」

「……」

 オスカー卿は意地の悪い笑みを浮かべて控室に視線を向ける。俺は背を向けているので分からないが、おそらく先程の竜騎士が様子を窺っているのだろう。だが、表情を引き締めると、本当の用向きを明かしてくれた。

「気負わずにやれ。陛下から頂いた助言だよ。君にも伝えてくれと頼まれた」

「……ありがとうございます」

 こうしてさりげなく目をかけて下さるのは本当に嬉しいのだが、気を使わせてしまって何だか申し訳ない。しかし……こうしてライバルになる俺にも頼まれたからってわざわざ伝言を届けてくれるこの人は、本当に緊張しているのだろうか?

「ま、順当にいけば決勝で当たるだろうから、楽しみにしているよ」

 ちょうど彼の出番になったらしく、係官が彼を呼びに来た。彼はそう言い残して鍛錬場を後にしていく。その洗練された一挙手一投足はやはり大貴族の出ならではのもので、一朝一夕で身に着くものでは無い。

 俺もあれくらいできれば陰口をたたかれずに済むのだろうか? いや、彼等が重視しているのは血統であって俺個人の技量では無い。例え努力を重ねて身に付けたところであざ笑うネタを提供するだけなのかもしれない。結局もやもやとしたものを抱えたまま出番になってしまった。

「第3騎士団所属、ティム・ディ・バウワー」

 進行役が俺の名を告げると、昨日の飛竜レースの影響もあってか、観客席から思った以上の大きな歓声が上がる。俺はその歓声に応えてから、先に紹介された試合相手の前に進み出た。被る事を義務付けられている兜で表情は分からないが、俺に向けられる敵意はひしひしと伝わってくる。

「始め!」

 審判役の掛け声と供に相手は長剣を振りかざしてきた。鋭い一撃ではあるが、今まで鍛錬に付き合ってくれた団長やヒース卿には及ばない。俺は余裕でそれを躱すと、がら空きになった胴に一撃を加える。

「ぐっ……」

 試合用の長剣とはいえ、まともに食らったので防具を付けていても相当なダメージだったのだろう。相手はその場に倒れ込んだ。俺は仕上げに相手の首筋に長剣を突き付けた。

「そこまで! 勝者、ティム・ディ・バウワー」

 審判役の裁定に歓声が沸き起こる。俺は勝ち名乗りを受けると、ちらりと貴賓席に視線を送る。陛下を始め、アレス卿やアスター卿、そして鍛えてくれたヒース卿はいかにも当然と言った様子だが、姫様は目を輝かせてこちらに熱い視線を送ってくる。嬉しいのだが、さすがにあからさまな合図は送れないので、形通りの目礼だけして試合場を後にした。

 控室に戻れば何か仕返しでもして来るかなと思っていたが、奴は医務室送りとなっていた。意味ありげにオスカー卿が目配せして来たので、どうやら彼が手配して遠ざけてくれたのだろう。はぐらかされるかもしれないが、後で礼を言っておこう。これでより試合に集中できる。

 その後も順当に勝ち進み、残すは決勝のみとなった。当然、勝ち上がってきたのはオスカー卿だ。慣例により決勝の前に貴賓席の方々が休憩に入られるので、俺達も休憩となる。負けた他の出場者は他の部屋に移動したので、控室には俺とオスカー卿の2人だけになった。

「さっきはありがとうございました」

「何もしていないよ?」

 やっぱりはぐらかされた。自己満足にはなるが、それでもきちんと謝意は伝えておきたかったのだ。その辺は分かってくれているらしく、1つ頷くと瞑想を始めた。俺も気持ちを落ち着けるべく壁に寄りかかって目をつむる。

「オスカー卿、ティム卿、準備をお願いします」

 しばらくして係官が呼びに来た。さあ、いよいよ決勝だ。俺もオスカー卿も既に心の準備は整っている。俺達は係官の誘導に従ってこの日最後の試合に向かった。


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