閑話 とある令嬢の願望

 私は運命の人と出会った。その方は竜騎士のティム・ディ・バウワー様。今日の飛竜レースで名だたる竜騎士を抑えて見事に一位帰着となられた方。お噂では陛下恩自ら武術の手解きをなさったこともある程有望な竜騎士だとか。

 竜騎士らしく鍛え上げられた体には一切の無駄は無く、黒い髪は彼の精悍さを引き立てている。平民出身だと揶揄されているのは知っていたが、陛下より直接褒章を受け取る所作は美しく上品でもあった。私はそんな彼に一目で恋に落ちた。

「お素敵でしたわ、ティム様」

 宴が始まると同時に自分を印象付けようと声をかけるが、それは私だけでは無かった。彼はたちまち若い女性に囲まれていたが、こんな所で負けるわけにはいかない。自慢じゃないが、体には自信がある。今日は特に念入りに手入れをしてきた体を摺り寄せると、彼と目が合った。

 やっぱり素敵……。などと思っている間に彼は恥ずかしかったのか、スッと体を離した。そこをすかさず他の令嬢が割り込んできて飲み物を差し出す。負けるわけにはいかない。私も給仕からワインを受け取ると、今まで多くの男を虜にしてきた極上の笑みを浮かべて彼に差し出した。

「……ありがとう」

 年下の筈だが艶のある声に身悶えしそうになる。やはり私の夫は彼以外に考えられない。どうにか酔わせ、介抱という名目で2人きりになれば大人の関係に持ち込むのも無理な話では無い。そうなればこちらのものだ。




 何だかおかしい。私だけでなく、他の令嬢達もお酒を勧め、その大半を口にしているのに彼は一向に酔う気配がない。逆に周囲を取り囲んでいる令嬢達の方が先に酔いが回って1人2人と抜けていく。

 今日振舞われているのは、皇妃様が所有する醸造元で作られたワイン。交流が復活したとはいえなかなか口にする事が出来ないブレシッド産のワインである。その口当たりの良さから彼女達も一緒になって飲んでしまったのだろう。ティム様のお酒の強さに舌を巻きながらも私は2人きりになる好機を待ち続けた。

「ティム」

 そこへ1人の竜騎士が近寄ってきた。ティム様の義兄、雷光の騎士の異名を持つルーク卿だ。ティム様は彼の姿を見て少し表情を和らげると、彼に呼ばれたのを理由に私達から離れていこうとする。

 だけど、このまま大人しく引きさがってしまえば好機を逃してしまう。私は恋人然として彼の傍らに居続けようとしたが、ルーク卿の有無を言わせない空気に思わず怯んでしまう。

「悪いね。コイツは明日も出番があるんで」

 にこやかにそう言い残すと、ルーク卿はティム様を連れて行ってしまった。

「諦めてなるものですか」

 取り残されて呆然としていたが、ここで引き下がってはいつまで経っても意中の人の妻の座を手に入れることは出来ない。私は連れだって会場を後にする2人の後を追う。しかし、あまり来た事ない本宮の中で私はすぐに迷ってしまった。気付けば中庭らしいところに出ていて、引き返そうにも広間の場所がよく分からなくなっていた。

「このようなところで如何されましたか?」

「ちょっと、道に迷ってしまいましたの……」

 途方に暮れていた所へ声をかけて来たのは礼装に身を包んだ若い竜騎士だった。さすがに本当の事は言えない。しおらしく答えるとどうやら信じて頂けた様で、丁寧に広間に戻る道順を教えてくれる。

「もう少しこの中庭を散策してから戻ります」

 本宮内にあるだけあって趣のある中庭だった。もう少し見ていたいのと、もしかしたらティム様に会えるかもしれないという一縷の望みをかけていってみたのだが、その若い竜騎士は少しだけ困った表情を浮かべる。

「ここは皇家の方々の私的な空間でして、許可のない方は通せない決まりとなっております」

 そうと言われてしまえば無理も言えず、仕方なく教えられたとおり広間へと戻って行く。途中、諦めきれずにティム様のお姿を探してみたが、暗い中では見つける事も叶わなかった。




 宴の後、ティム様との縁を取り持ってもらおうとすると、父は渋い表情を浮かべた。

「彼は陛下のお気に入りだからなぁ……。噂ではコリンシア姫の婿にと考えておられると聞いてる」

「まだ子供じゃない」

 夜会で姿を見かけたが、無理して背伸びをしている印象を受けた。

「まあ、彼としても労せずともフォルビア大公の肩書が手に入るのだから断る手もあるまい。彼の事は諦めて、他をあたった方が良い」

 父はそれだけ言うと、話を切り上げてしまったが、かえって私の闘争心に火をつけた。

「あんな子供に負けてたまるものですか」

 ここで諦めるにはまだ早い。明日はティム様も出場する武術試合があり、夜は舞踏会が催される。お近づきになる機会が残されている。明日の夜はどんな手を使ってでもティム様と2人きりになるチャンスを作ろうと固く決意した。

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