5 コリンシアの想い3
「ティム・ディ・バウワー」
名前を呼ばれ、父様の前に進み出た彼の姿に、私は思わず感嘆の溜息をついていた。隣に立つ母様にちょっとたしなめられたけど、癖のない黒髪をきちんと整え、竜騎士礼装に身を包んだ彼の姿に見とれるのは仕方ないと思う。それに思わずため息を零したのは私だけじゃない。この夜会に招かれている妙齢の女性の大半は彼に見惚れて熱い視線を送っている状態だ。
「本日の飛竜レースに於いて、飛竜テンペストと共にその持てる技を駆使し、1位帰着は見事である。その成績を称え、褒章を授与し、本日この時より上級騎士に任じる」
「謹んでお受けいたします」
彼は
結局、なかなか見ることが出来ないティムの礼装した姿ばかり見ていて他の入賞者が褒章を授与される所は目に入らなかった。皇家の人間は公平な態度を求められているけれど、やっぱり好きな人に視線が向いてしまう私は皇女失格かな。気付けば授与式は終わり、軽やかな音楽が流れて夜会が始まっていた。
「彼も大変だな」
父様が呟く。夜会が始まると同時にティムの周りにはたくさんの女性が集まっていた。煌びやかな大人の女性達。中には余程自信があるのか、豊満な体をわざと密着させる女性もいる。ティムはそんな状況でも相手に邪険な態度をとらずに1人1人丁寧に接している。
「お話、出来ないな……」
本当は直接お祝いを言って、色々お話をしたかった。だけど、さすがにそんな中へ突っ込んでいく勇気は無い。躊躇している間に私も既にうとうとしかけているエルヴィンも宴を退出する時間になってしまった。
「姫様、参りましょう」
「……はい」
オリガに促されて席を立つ。護衛として数名の若い竜騎士が付き従い、既に寝かかっているエルヴィンをルークが抱き上げた。そしてお腹に赤ちゃんがいるマリーリアも一緒に出口に向かう。もう一度ティムの様子を伺うと、彼は先程体を押し付けてきた女性に今度はお酒を勧められて飲んでいる所だった。何だか、悔しい。まだ自分が子供なのが悔しい。「ティムに近寄らないで」と言えないのが悔しい。
「姫様、如何されましたか?」
もやもやした気持ちを抱えながらとぼとぼと歩いていると、隣を歩いていたオリガが立ち止まって顔を覗き込んでくる。どう答えるか迷ったけれど、「ティムにお祝いが言えなかったの」と素直に白状する。
「そうね、随分と綺麗どころに囲まれていましたからねぇ」
気持ちを察してくれたらしく、オリガはため息をつく。そしてルークに視線を送ると、彼はエルヴィンを抱えたまま器用に肩を
「ラウル、シュテファン、ちょっと頼む」
「では、私はエルヴィンと一緒に先に戻っていますね」
ルークが広間の方に戻って行くと、マリーリアはエルヴィンを抱いたラウルを従えて北棟へ戻ってしまった。訳が分からず私がポカンとしている間に、オリガと残ったシュテファンとの間に話がまとまっていた。
「では、行きましょうか、姫様」
「何処へ?」
私の問いにオリガはただ微笑みを返した。
オリガに言われた通り、保育室に面した中庭にある椅子に座って待っていると、ルークに連れられたティムが姿を現した。嬉しくて立ち上がると、彼はすぐさま側に駆け寄って来て跪いた。
「姫様、どうして?」
「あのね、お祝いが言いたかったの」
好きな人の顔がすぐ近くにあって嬉しい。でも、どうしよう、顔が火照ってくる。顔が赤くなっているのがばれちゃうかな? 暗いから分からないと思うけど、でも、竜騎士は夜目がきくから……。そんなことをグルグルと考えていたら、ティムは後ろにいるルークを詰問していた。だけど、父様が了承しているという返事を聞いて安堵し、2人きりになったところでようやく肩の力を抜いた。
「飛竜レース、一位帰着おめでとう、ティム。明日も頑張ってね」
ようやく言いたかったことが言えた。すると彼は笑顔でお礼を言って、私の手の甲に口づけてくれる。もう、本当に幸せ。
「武術試合に出ると決まったら、団長だけでなくヒース卿にもしごかれた」
ティムはロベリアでの訓練を面白く脚色してお話ししてくれる。
他にもハンスがまたお使いの途中で迷子になってとんでもない所まで行ってしまったとか、キリアンのお嫁さんになったディアナが男の子を産んでバートが喜んだとか、馴染のある人達の近況をたくさん教えてもらった。
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