4 ティムの本音2
煌びやかに飾り付けられた大広間に入るのは6年ぶりだ。内乱終結の年の秋、陛下の即位式の後の宴に功労者の一人として特別に招待されて以来になる。
一介の騎士見習いでは荷が重すぎると固辞しようとしたのだが、それは招待してくれた陛下に失礼だと団長を始め、総督や先輩、更にはルーク兄さんにも半ば脅されて逃げ道を塞がれ、無理やり出席させられた。正直、緊張していてその時の事はあまり覚えていない。後見になってくれたブランドル公夫妻の側で、少し背伸びして着飾った姫様の姿を眺めていたことぐらいだ。
「おめでとうございます、ティム卿」
「お素敵でしたわ」
飛竜レースの褒章の授与が終わり、宴が始まっていた。1位で帰着した俺は着飾った女性達に囲まれている訳だが、正直に言うとうんざりしていた。俺は姫様のお姿を遠目でもいいから観賞していたかったのに、彼女達の対応に追われている間に姫様は大広間を退出されていた。成人されておられないから仕方ないのだが、非常に残念だ。
話しかけてくる女性陣の相手に疲れ、気分転換に辺りを見回してみると、他にもめぼしい独身男性には同じような人だかりができている。一際多いのは今回の夏至祭に招待されているアレス卿だろうか。一瞬目が合って互いに苦笑した。
それにしてもこの女、しつこいな。やんわりと拒否した筈だが、ご自慢らしい体を摺り寄せてくる。容貌は悪くないが、皇妃様を筆頭に本当にきれいな女性を見て来たからこの位じゃどうってことは無い。それに、化粧でごまかしているが、姉さんよりも年上だぞ、きっと。少しでも条件のいい男を捕まえようと必死なのだろうが、いかんせんこの香水の匂いには辟易する。
「お飲み物は如何ですか?」
気をきかせてか、下心があってなのか、その場にいた女性達が次々とワインを勧めてくる。後者の線が濃厚だが、無下に断っては角が立つ。仕方がないので適当に相手をしておく。酒豪にウワバミにザルに底なし。体質もあるだろうが、そう言った面々の第3騎士団の中で揉まれて来たので、お嬢さん方には申し訳ないがこの程度で酔う事は無い。
「ティム」
声をかけられて振り向くと、ルーク兄さんが近づいて来る。1人でいる所を見ると、姉さんは姫様に付き添っているのだろう。俺は内心「助かった」と思いながら、群がっている女性達に断りを入れる。
「すみません、義兄が呼んでいますので、これで失礼します」
だが、それでもさっきの女だけは側を離れない。
「悪いね。コイツは明日も出番があるんで」
ルーク兄さんがにこやかに断りを入れると、彼女もようやく引き下がった。経験の差か、今の俺にはそこまで愛想よくするのはさすがに無理だ。
「助かったよ、ルーク兄さん」
「感謝しろよ」
貸しが出来たけど、兄さんならそこまで無茶な要求をしてくることは無い。ほっと一息ついて手渡してくれた酔い覚ましの水に口を付けた。
「じゃ、ちょっと付き合え」
「え? 今から?」
「助けてやっただろう?」
ルーク兄さんの笑顔が心なしか黒い。絶対、何か企んでいるよ、この人。
「……分かったよ」
渋々頷いた俺が連れて行かれたのは本宮の南棟と北棟の間にある中庭の1つ。保育室のすぐ側で、普段は小さい子供達の遊び場にもなる場所だ。当然、夜だから今は遊んでいる子供などいないが、月明かりに照らされた庭の片隅、木製の椅子に誰かが座っていた。
「姫……様」
見間違える筈はない。結い上げたプラチナブロンドが月光の下でもキラキラと輝き、近づく俺達に気付いた姫様は顔を綻ばせて椅子から立ち上がった。その破壊力抜群の笑顔は反則だろう。だが、こんな暗い所で待たせていたのかと思うと、血の気が引いてくる。慌てて姫様に駆け寄り、その前に跪いた。
「姫様、どうして?」
「あのね、お祝いが言いたかったの」
少しはにかんで答える彼女に思わず表情が緩んでしまいそうになる。それをどうにか堪えると、背後にいるルーク兄さんを問いただそうと睨みつけた。
「この一帯は人払いした上で警護を数人配置している。陛下も了承済みだ」
手際、良すぎだよルーク兄さん……。気持ちを落ち着けてもう一度辺りの気配を探ると、兄さんの言うとおりこの中庭の周辺に見知った気配を感じる。
「用が済んだら声をかけろ」
気をきかせてくれるつもりらしく、ルーク兄さんはそう言い残して闇の中に紛れて行った。俺は肩の力を抜くと、もう一度姫様を見上げる。
「このような暗いところで怖くありませんでしたか」
「大丈夫。さっきまでオリガがいてくれたから」
自分の瞳に合わせて青いお召し物を着る事が多い姫君は、今も昼間とは異なる濃い目の青いドレスを身に纏っている。結い上げた髪には見事なサファイアの髪留めが飾られ、首元にも大粒のサファイアが誇らしげに存在を主張している。これ一個で俺の年収の何倍だろうか? 根っからの貧乏性なせいか、ついついこんな事ばかり考えてしまう。
「飛竜レース、一位帰着おめでとう、ティム。明日も頑張ってね」
「ありがとうございます」
化粧もしているからか、大人びた印象を受ける姫様が満面の笑みを浮かべて激励してくれる。頬が緩みそうになるのを堪えながら、彼女の手の甲にそっと口づけた。
もしも願いがかなうならば、この幸せな時間がいつまでも続きますように……。
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出会いはティム13歳の秋。5歳のコリンシアに一目ぼれ。
周囲(主に先輩竜騎士)からは後々までからかわれます。
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