2 コリンシアの想い2

 貴賓席に続く扉に近づくにつれて、外の歓声と共に熱気も伝わってくる。私達が扉の前に立つと、少し間があって外が静かになる。皇妃の母様が着いた事を知らされたのだろう。やがて重々しく扉が開き、静々と輿が進みでる。その後に続いて私も外に出ると、大歓声が沸き起こった。

「フレア」

 輿が降ろされると、すかさず父様が近寄ってくる。そしてエルヴィンを抱き下ろして床に立たせると、母様が降りるのに手を差し出した。もちろん、それだけで終わらない。「公の場では止めなさい」とソフィア伯母様にたしなめられているにもかかわらず、父様は母様を抱き上げて貴賓席へと連れて行く。当然、周囲からは囃し立てるような大歓声が沸き起こっている。

「エド」

 咎めるような母様の声など耳にかさず、まるで壊れ物を扱うように、優しく母様を席へ降ろしてその頬に口づけた。まるで昔大好きだった砂糖菓子の様に周囲の空気は甘い……。

「相変わらずだねぇ、君の父上は」

 苦笑気味で手を差し出してくれたのは母様の弟のアレス叔父様。この時期には毎年のように大陸の南方におられるお祖父様とお祖母様の使いでこの最北の国を訪れている。今回の夏至祭には賓客として招かれ、数日前からこの本宮に滞在しているのだけど、どこか疲れたご様子。父様や母様が目を光らせているので表面上は穏やかだけど、実は、陰では未だ独身を貫いている叔父様の妻の座を狙って激しい争いが繰り広げているんですって。

「さあ、お手をどうぞ、姫君」

 エルヴィンは肩に担がれてはしゃいでいる。叔父様は「落ちるなよ」と軽くあしらいながら私の手を引いて席まで案内してくれた。私は父様の右隣、エルヴィンは父様の左隣に座っている母様の隣に座って更にその隣に叔父様が座る。周囲にはタランテラ騎士団の各団長が座っている。名だたる竜騎士が揃っているのでこれだけで警備は問題ないのだけど、後ろの方にはルークと彼の部下達も控えて万全の態勢だ。ちょっとやり過ぎな気もするけど、母様が絡むと父様は周囲が見えなくなるくらい心配性になるから……。




「そろそろか……」

 父様が呟くと同時に南の空に飛竜の姿が見える。目を凝らして見ても私には判別できないが、父様やアレス叔父様、アスター等々、名だたる竜騎士にははっきりとその姿が見えているらしい。

「来たな。テンペストだ」

 父様の呟きに私は安堵する。やがて、その姿は私の目にもはっきりと映り、紛れもなく彼の相棒である飛竜テンペストだと確認できた。

 周囲の空を見渡すと、南西の空にもう1騎、姿を現した。距離的にはテンペストの方が近いけど、だからと言ってまだ油断は出来ない。もう8年前になるけど、ルークはこの差を逆転している。

「ダナシア様……」

 皇家の人間が贔屓ひいきをしてはいけないのは分かっている。公の場では公正でなければならないと父様や母様に常々言われているのだけど、今日ばかりはどうにもできそうにない。思わず大母神ダナシアに祈りの言葉を捧げていた。


カラーン……


 ゴールの鐘が広場に鳴り響き、観客から大歓声が沸き起こる。その紐を握っているのは黒髪の青年。私が幼い頃から恋している彼に間違いない。2番手の飛竜はちょうど広場に降り立ったところで、その乗り手は少しだけ悔しそうに顔を歪めていた。

「見事だ、ティム」

「恐れ入ります、陛下」

 神殿で押された5つの印章の確認が済み、父様の前にティムが進み出る。こうして間近で彼の姿を見るのは1年ぶり。また背が高くなったみたい。昔の面影に精悍さが加わって一層かっこよくなった。それにシャツの上からでも鍛えられた体がよく分かる。女官や侍女達が騒ぐのも無理はないよね。でも……ちょっと複雑。昔はずっと一緒にいたのに……。

「テンペストを休ませてやれ」

「はっ、失礼いたします」

 形通りのあいさつを終えてティムは待たせている飛竜の元に戻って行く。入れ違いに2位の竜騎士が父様の前に進み出る。顔見知りだったのか、すれ違いざまに何か話していたけど、貴賓席までは聞こえなかった。

 ティムは観客の歓声に応える様に片手を上げると、再びテンペストの背に跨る。そして貴賓席にいる私達に目礼を贈ると、本宮の着場へと移動していった。気付けば2位の竜騎士は挨拶を終えており、彼も自分のパートナーの元へ戻って行く。その間にも3位以下の竜騎士達が続々と帰着し、飛竜レースは目立った問題も無く終了した。



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