第31話 五章 『自称』だったり『元』だったり、勇者も魔王も面倒くさくて困るのだが(1)
突如真っ赤に発光した魔王城を見上げて、メイアは唇を噛んだ。
周辺では誰もが異常な光景を見上げ、口々に騒ぎ立てている。
「メイア様っ、あの光は⁉︎」
ルシエは叫ぶようにメイアに尋ねる。
同じように疑問と恐怖のないまぜになった喧騒が王都を駆け巡ろうとしていた。
「魔王の指輪のもう一つの力だ!」
メイアは叫び返す。
「嵌めている者の外見を変えるだけではなかったのですか?」
「もう一つ――というかむしろこちらの方が本領かもしれないが、嵌めている者から魔力を吸い続け、あの宝玉に溜め込むことができるのだ。そしてその気になれば溜めた力を自由に行使することもできる」
「……でも、メイア様は一度もお使いになったことはありませんよね?」
「歴代魔王の力を溜め続けた宝玉だぞ? 得る力は莫大だろうが、使用者にも相応の負担がかかる!」
メイアはなおも光り続ける魔王城の一点を見つめた。
「ましてや、勇者といってもただの人間が使ったら……下手したら死ぬぞ!」
「とにかく、一刻も早く事を収めなければなりませんね。これであの勇者が暴れ出したりでもしたら王都は大混乱に陥ります」
ルシエは辺りを見回して言う。今やかなりの数の野次馬が魔王城周辺に押し寄せていた。反対に魔王城から離れようとする人々もいて、かなりごった返している。
「ですが、この状況は好都合とも言えます。今なら私たちが魔王城に入り込むのも容易いでしょう」
「よしっ、じゃあ強行突破といくか!」
と勇んで言ったわりに、メイアは慎重であった。まず、人通りの少ない裏道に入り、さらに人払いの魔法をかけてから城柵をよじ登り内部に侵入する。そして急いで物陰に隠れた。
「魔王じゃなくて空き巣にでもなったらいかがですか?」
ルシエは城柵を優雅に跳び越え、音もなく着地すると呆れ顔をメイアに向けた。
「遊んでいる暇はないんですから、さっさと魔王の間を目指しますよ」
「……それなんだが、魔王の間にはルシエだけで行ってくれ」
「ちょっ、メイア様、ここまできてわがままを――」
「違う違う、レイを助けに行くのが面倒ー、とかではなく!」
お小言を言おうとするルシエを、メイアは手を振って制す。
「通信魔法で聞いた限り、あの勇者――ん、というか今は魔王か? ――とにかく、奴の狙いはわたしを倒すことらしい。だからわたしがのこのこ魔王の間まで行ったら、即開戦みたいな流れになるかもしれないのだ。それは避けたい」
「……メイア様、まさか歴代魔王の力を手にした勇者――というか魔王? に恐れをなしたのではないでしょうね……?」
「なんでわたしがビビらねばならんのだ! レイじゃあるまいし、まったく! 冗談は程々にしろ」
「じゃあ何を気にして」
「ルシエ、よく考えろ」
メイアは鋭い眼光をルシエに向ける。
「城内で戦ったとする。そうしたらどうなる?」
「うーん、メイア様はどちらかというと広範囲魔法が得意ですから、不利になるとかですか?」
「違うだろ! 城内がメチャクチャになるだろうが! そうしたら修繕にいくら掛かると思ってるんだ! 修繕費は民の血税から出るのだぞ!」
この非常事態になんと現実的な思考なのかしら、とルシエは脱力した。
「メイア様はホント変なところ真面目ですよね……」
「税金の使い方は大事だろうが!」
「仰る通りです」
「と、いうわけで」
メイアはぴしり、と魔王城の天辺を指差した。
「わたしは城の屋根の上で勇者を待ち受ける! あれ、魔王か。ええいややこしい!」
「……確かに、攻城戦に備えて外装は頑丈ですからね」
ルシエも納得したように頷いた。
「でも、どうやって屋根の上に勇者を誘い出すのですか? 普通、敵の呼びかけになんか応じませんよ?」
訝しげなルシエにウィンクを飛ばしながら、「任せろ、わたしに作戦がある」とメイアは自信があるようだった。
ルシエは、ついさっきメイアが立てた作戦に従った結果レイが捕まってしまったことについて敢えて黙っていた。
「では私は城内を上がって魔王の間へ行き、レイさんを救出する、と」
「うん、ついでにあの七三議長をぶん殴っといてくれ」
メイアはぐっぐっ、と屈伸している。ルシエはちょっと嫌な予感に襲われる。
「ちなみに、メイア様? 屋根の上にはどうやって行かれるんですか?」
「ん? 決まっているだろうが」
ぶわり、とメイアの足元から熱波が噴き出す。
「飛んでいく」
にやり、と不敵な笑みを残して、メイアは一本の火柱のように空に舞い上がった。
城の周辺の喧騒が、一層大きくなった。
(さっきまでコソコソしていた意味は?)
ルシエもまた釈然としない表情のままではあるが、城内へと突入した。
魔王の間ではようやく光の洪水も収まり、レイは恐る恐る目を開けた。どうやら倒れ伏していたようで、横向きの視線に少し戸惑う。
(そうだ、あいつは?)
身体を起こしながら、レイは視線を走らせる。と、少し離れたところに、いた。
「……おい、いったい何が――」
勇者が振り返り、レイは言葉を失った。
いや、勇者であった者――その目は魔王の指輪に輝く宝玉と同じ、爛々と真っ赤な光を放っていた。
その異形の存在に成り果てた元勇者を、レイは震えながら見ていた。いや、動けなかった。
「ふふふ、あは、はははは」
元勇者は、かぱり、と口を開くと砂漠のように乾ききった笑い声を上げる。
「力だ、今までとは比べ物にならない、いや、これこそが真の力だ」
うわ言のように、力だ、と繰り返すその姿にレイは戦慄した。もはや、レイの知る男などそこには存在しなかった。力への妄執が具現化したようなその姿から目を背ける。
すると、視界の片隅にさっき弾き飛ばされた拍子に転がったレイの剣が映った。
代々伝わる、魔を祓うと言われる聖剣。
魔の者に絶大なダメージを与える(当たれば)と言われる聖剣。しかし、魔に憑かれた者を貫けばその者は浄化される、という。
レイは気づかれぬように、そっと転がる剣の方へにじり寄る。
しかし、ようやく手が届く、と気を緩めた瞬間、ぬっ、と伸びてきた手がレイの剣を拾い上げた。
「これは、これは。どこのどなたか存じませんが、大層な剣をお持ちで」
七三分けの男はレイの剣を手の中で転がしながら嘯いた。
「くっ……!」
丸腰のままでは万に一つも勝てる可能性がない、と(あたかも武器があれば勝てる、というような口振りだが別にそんなことはない)レイは勝機を探して辺りを見回した。
その瞬間、窓の外で深紅の炎が噴き上がる。
部屋の中にいる三人が一斉に窓の方を向いた。
舞い上がってきた炎は、さらに上へと昇っていき――
「おい、聞こえるかっ、元勇者よ! わざわざこの『深紅の炎』である元魔王メイアが出向いてやったぞ! もしお前にわたしと戦う度胸があるのなら、ここまで上がって来い――っ!」
頭上でメイアの大声が轟く。
(いや、どっちも『元』でわけわかんないぞ……)
なんだかいまいち冴えない挑発であった。
が、元勇者は口の端を吊り上げ、邪悪な笑みを浮かべる。
「探す手間が省けたぜぇ……!」
言うが早いか剣を一振りする。バッ――! と剣圧で魔王の間のステンドグラスが粉々に砕けた。
「ま、待て!」
なぜ呼び止めたのか、自分でもわからないままレイは声を上げていた。
なぜだかどうしても引き留めなければならないような気がしたのだ。
けれど元勇者は振り返ることなく窓の外に身を躍らせた。
「弱い奴に用はねぇ」
そう言い残して。
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