第30話 炉端談話・2

 王都へと入る前夜、宿で夕食を済ませた三人はめいめい部屋に引き上げた。


 部屋でルシエの淹れたお茶を飲んでもなんだか目が冴えて眠れなかったメイアは、宿の談話室へと足を向けた。その部屋の明々と燃える暖炉の火が少し彼女の心を落ち着けてくれる気がしたのだ。


 暖炉の火に照らされる部屋には先客がいた。


「どうした、眠れないのか?」


 メイアが声をかけると、レイは振り返って苦笑する。


「同じことを聞いてやろうか?」


 レイの隣の椅子に座りながら、メイアも少し笑った。



***



「……明日には王都に着くんだな」

「そうだな」

「なんだか長いようで短かったなぁ」

「そうだな」

「……どうした、元気ないな? いつもの毒舌が出ないなんて、具合悪いんじゃないのか?」

「お前はわたしをなんだと思っているのだ」

「…………」

「…………はぁ――たまにあるんだ。わけもなく眠れないことが」

「今日も寝る前にお茶を飲んだんだろう。そのせいじゃないか?」

「ルシエが淹れるお茶はデカフェのやつだから、それは関係ない」

「そうか……」

「……わけもなく、なんて言ったが、本当はわかっているのだ。ただ、そのわけをうまく言葉にできないだけで」

「話したいことがあるなら聞くぞ」

「……結構とりとめがないかも知らんぞ?」

「構わないさ。俺だって眠れなくて退屈してた」

「……そうか。じゃあ話すがな。わたしには父がいた」

「俺にだっている」

「茶々を入れるな――で、まぁ父も魔王だったのだ。当時を知る人々に訊いたら『あまり良い魔王ではなかった』と多くの人が答えるような、そんな魔王だった」

「なんだ、無能だったのか?」

「仕事はできたさ。だが穏健派だった。人間との戦争に反対で国内事業にばかり力を入れていた。人間ともいつかわかり合える日が来る、などと夢みたいなことを言っていたのだ」

「……良い魔王っぽく聞こえるぞ」

「魔界の民の多くはそう思わなかったって話だ。……だがわたしはそんな父が好きだった。わたしが魔王を目指したのも、そうすれば父がたくさん構ってくれたからだ」

「ファザコンだったんだな……」

「ファザコンじゃない! ただ大好きだっただけだ!」

「いや、だから……まぁいいや、続けてくれ」

「……、そうして父が死んでわたしは魔王になった。父に果たせなかったことを、わたしが果たしてみせようと、そう思っていたのだ」

「……人間と和解しようとしていたのか?」

「あぁ……けれどすぐに現実を思い知らされた。人間は――勇者は和解なんて望んではいなかったのだ。誰一人。考えてみれば当たり前だ。レイ、お前の言っていたように、人間は魔王を悪だと教えられて育つ。成長と共に価値観も固まっていく。ましてや勇者は、その悪の魔王を倒すための存在だ。始めから魔王であったわたしの言葉など、届くはずがなかったのだ」

「……メイア」

「だからわたしは和解の道を捨てた。父の目指していた道を違え、戦うことを選んだ。結局それが正しいのだと」

「…………」

「けれど、魔王ではなくなって思うのだ。本当にそれが正しかったのか、と。戦争は終わらず、今だって魔界は危機に瀕している。結局わたしがしてきたことは、何にもならなかったのではないか、と。その思いが、父の声、父の顔をしてわたしを苦しめるのだ。争いのない世界を夢見ていた父を――その笑顔を思い出す度に、死んでしまいそうな程胸が苦しくなるのだ……っ」

「…………」

「本当に聞くだけなんだな」

「……慰めてほしいのか?」

「まさか」

「……一つ言うとしたら――まぁどこかの誰かの受け売りだが」

「……うん」

「なるべき自分は、自分で決めるんだろう?」

「――っ」

「父親の夢は、お前の夢じゃない。同じように、父親にとっての正しさがお前の正しさだとは限らないだろ。自分で考えて、悩んで――そうして選んだのなら、それはきっと間違ってなんかいないよ。だから、俺はお前が選んだお前を――俺の知っているメイアを肯定する。お前が俺を肯定してくれたように」

「……うん。ありがとう、レイ」

「あれ、なんか素直過ぎて怖いな。もしや俺の知っているメイアじゃないな!」

「肯定すると言ったそばから、わたしの存在を否定する気か貴様!」

「あ、メイアだ」

「何基準なのだ⁉︎」

「主に凶暴性で判断している」

「よぉし、やはり人間との和解など無理だ。わたしは正しかった。よってお前を消し炭にしてやる!」

「あ、俺そろそろ眠くなってきたから部屋に戻るな!」

「逃げる気かっ」



***

 


 一人になったメイアは再び椅子に沈み込んだ。さっきよりも小さくなった火は、それでも燃え続けている。


「不思議なものだ。一人の人間の言葉で、こんなにも心が軽くなっている」


 メイアは膝を抱えて、そっと顔を埋めた。


「これが、わかり合うということなのかな」


 メイアの呟きは、柔らかな火の中に溶け込んで消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る