第27話 四章 うちの元魔王が陰謀に巻き込まれてしまったようで困ってます(5)

『そろそろ新しい魔王を決める、と言っている』

『なっ、しゃべっているのは誰だっ⁉︎』


 レイの報告を脳内で受けたメイアは噛みつくように尋ねる。


『いや、俺が知るわけないだろ……』


 呆れたようなレイの声にメイアははっとする。


『それもそうだな……すまん。レイはそのまま聞こえる声を一言一句もらさず中継してくれ』

『了解』


 しかし、それ以降レイはしばらく黙り込んだままであった。

 その間にメイアも考え込む。


(魔王を決める頃合い、か。発言者は恐らく議会の何者か。それよりも気になるのは発言の意図だな。わたしが退位してから今になってようやく魔王を決める意味とはなんだ? 頃合い、というのはなんらかの準備あるいは根回しが済んだ、ということだろうか)


 必死に頭を巡らせるが、どうにも情報不足は否めないな、とメイアは頭を抱えた。


「メイア様!」


 そこに狂言騒ぎを起こしていたルシエが帰ってきた。


「ルシエか。ご苦労だった」

「いえ、それよりちょっとした情報を掴みまして」

「……なんか帰りが遅いと思ったら、聞き込みでもしていたのか?」

「騒ぎを聞いて駆けつけてきた衛兵から、少し聞き出しただけですわ」

「……ちゃっかりしてるなぁ」


 澄まし顔のルシエに感嘆とも呆れともつかない視線を向ける。


「それで? どんな情報だ?」

「はい、勇者の動向についてなのですが」

「ふむ」

「西の国境線を突破した後、なぜか魔王城のある王都ではなく、北へ向かったようなのです」

「北ぁ? 中央でも南でもなく北か? 北なんて何もないだろうが……」


 あるいは南であれば再びメイアを狙ってのことかとも考えられたが、北へ向かう理由となると見当もつかない。


 メイアはまたしても頭を抱えた。


「いったい、魔王も勇者もどうなっているんだ……」

『……なぁメイア? さっきから何か変な声が聞こえるんだが……』

『ちょっ、おま、聞こえたことは一言一句わたしに伝えろと言っただろうが!』


 久し振りに語りかけてきたレイにつっこむと、


『いや何か聞こえるんだけど、聞き取れないんだ』


 予想外の困惑した反応が返ってくる。


『声が小さいということか』

『いや、声ははっきりと聞こえるんだが――理解できない?』

「『――――詠唱か!』」


 突然声を上げたメイアに、ルシエはびくりとした。

 おっと、と口を押さえメイアはレイに語りかける。


『その声はどこから聞こえる?』

『んー……はっきりとはわからないが、玉座の後ろ側の少し離れた位置から聞こえている気がする』

「『やはり、転送魔法陣だ!』」


 合点がいったというように拳を握りしめるメイアは、勢いよくルシエに向き直った。


「そうかっ、だから勇者は北へ向かったのだ! 北にはノルギスの谷がある! あそこの転送魔法陣を使って直接魔王城に現れる気だ!」

「――っ、まさか!」


 ルシエはひゅっと小さく息を呑んだ。


『おいっ、メイア! 俺にもわかるように説明してくれ!』


 疎外感に苛まれたレイがせっつく。


『ああ、魔王の間には転送魔法陣というものがある。対になる魔法陣のとの間で行き来ができるものだ。その一つが勇者が向かったという魔界の北、ノルギスの谷にあるのだ』

『なんでそんなものがあるんだ?』

『いや、魔王が勇者を待ち受けるのは魔王の間っていう伝統的な決まりがあるんだが。魔王の間って普通に仕事場だから、そこで戦ったりしたら次の日からの業務に支障が出るのだ。だから転送魔法陣で別の場所に勇者を連れていってから戦うのが習わしになっている』

『……なんだか七面倒くさい伝統だな。というかそんなものがあるのに、よく今までの勇者たちに利用されなかったな?』

『あの転送魔法陣は魔王の間から起動しないことには使えない。だから逆に利用されて勇者に攻め込まれる、なんてことはあり得なかったのだ…………内通者でもいなければな……!』

『――そうか、今ここで詠唱している奴が内通者ということか!』

『そうだ、恐らくそいつがわたしの情報を人間側に漏らした犯人、そして勇者をノルギスの谷に向かわせ今まさに魔王城に呼び込もうとしている!』


 しばしの沈黙。そしてレイがためらうように語りかけてくる。


『……なぁ、でも何しに魔王城にくるんだ? だって魔王は結局いないわけだろ? くる意味なくない?』

『………………確かに』

『……………………』

『――っ、ええい! そんなの知るかっ! 何が目的にせよ、あんな放火魔が魔界の中枢に入り込むのを見過ごせるか! ――きっとアレだ、魔界を火の海にしにくるのだ、まったく許せないなっ』

『――あっ』


 脳内で怒りをぶつけていたメイアは、レイが思わず、といったふうに上げた声に嫌な予感を覚えた。


『……どうした、レイ?』

『いや、今気づいたんだけど……』

『なんだ?』

『あのー、詠唱? 終わったみたい……』

「『はああぁぁぁぁぁぁ⁉︎』」


 メイアは急いで馬車の扉を開け放ち、魔王城の遥か上部――魔王の間の辺りを睨む。


 採光のため大きく造られているステンドグラスが、一瞬内側から光を放った。

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