第26話 四章 うちの元魔王が陰謀に巻き込まれてしまったようで困ってます(4)
「さて、なんとか王都には入れたわけだが……」
メイアはこれまでの醜態を打ち消そうとでもいうように、ことさら厳格な表情を浮かべて言う。
「魔王についてと、内通者について、どうやって調べる?」
厳格さはあまり長続きしなかった。
レイは拍子抜けしたように肩を落とす。
「あれだけ大口を叩いておいて、まさかノープランだったのか?」
「そういうところありますからね、メイア様は」
ルシエに至ってはもはや諦めきっている。
「おい、人をバカみたいに言うな。ちゃんと考えている」
嘘だった。しかしそれを悟られないよう必死に頭を働かせる。
そして閃いた。
「わたしの案はこうだ」
レイを見ながら、
「魔王城内部にレイを送り込む!」
「うぇええ……」
レイは心底嫌そうな顔をした。まぁ当然といえば当然であった。
「魔王城っていわばラストダンジョンじゃん? そこに俺が乗り込むの? 一人で?」
「まぁそう慌てるな。何も正面きって殴り込めと言っているわけではない」
逃げ腰のレイを宥めるようにメイアは続ける。
「まず、わたしとルシエは恐らく魔王城には入れない。わたしが顔パスで入れていた時は魔王の指輪を嵌めて外見が変わっていたから、今の素顔の状態のわたしでは元魔王とも認識してもらえない。ただの可憐な美少女では魔王城に入るなど不可能だ」
「可憐な美少女ねぇ……」
「わたしが退位した際にルシエの入館証は返却してしまったので、ルシエにも不可能。となるとレイが行くしかないのだ」
「いやいや、それなら俺だってただの凛々しい青年だ! 魔王城に入るなんて無理だろう!」
メイアは心配ないというように手をひらひらさせた。
「案ずるな。女々しい青年のお前でも魔王城に難なく潜入する方法がある」
「凛々しい!」
「いえそこはどうでもいいです。メイア様、続けてください」
無情なルシエのセリフにショックを受けるレイに、メイアは説明した。
「いいか、魔王軍は常に人手が足りていない。それゆえ志願兵も常時募集している。では志願者はどこへ行けばいいか?」
そこでメイアは馬車の窓越しに、王都の中央にそびえる黒々とした建造物を指し示した。
「そう、魔王城だ! つまりお前は志願兵として魔王城に入り込み、そこからはなんとか頑張って城の中枢を目指してもらう!」
得意げな顔で説明を終えたメイアであったが、レイが醒めた表情で挙手しているのを見ると不満げにむくれた。
「なんだ、何か質問でも?」
「いや、途中までは良かったんだが、城に入り込んでからの俺はどう頑張ればいいんだ?」
「…………それは自分で考えろ!」
「丸投げかよっ⁉︎」
「そういうところありますからね、メイア様は……」
ルシエの口調はダメな子どもについて話す親のそれであった。
「――っ、ええい! つべこべ言うな! そもそもここにくるまでお前が何かしたか⁉︎ タダ飯食らって、タダ泊まりして、タダ乗りしてただけだろうが! そろそろ何かしら役に立てよ!」
メイアの計画は正直穴だらけであったが、レイについての指摘は正鵠を射ていたのでレイは何も言い返せずに口をパクパクとさせるだけであった。ルシエもその点については薄々気づいていたので、まぁこれもいい機会でしょうとばかりに何も言わなかった。
二人が黙り込んだのを見て了承と取ったのか、メイアは唇の端を吊り上げる。
「よし、決まりだな。頼んだぞ志願兵B!」
「せめてAで!」
「いえそこはどうでもいいです」
ルシエはこんな行き当たりばったりで大丈夫かしら、と今更ながらすごく心配になった。
「あぁぁ、大丈夫かしら。あんなへっぴり腰で志願兵だなんて言ってまともに取り合ってもらえますかね?」
「うるさいぞ、ばあや」
二人は魔王城から少し離れた場所に停めた馬車の中から城門へと歩いて行くレイを見送っていた。緊張と恐怖でふにゃふにゃとした足取りで衛兵のもとへ進んで行くレイに老婆心ならぬばあや心を発揮しているルシエを邪険にあしらいながら、メイアはこれからの作戦を胸中で練り上げる。
「あっ、メイア様っ、なんとか通してもらえるみたいですっ。第一関門突破ですねっ」
テンション高めに報告してくるルシエを横目に見ながら、メイアは予め決めていた通りレイに通信魔法を繋いだ。
『聞こえるか? わたしとお前の間に通信魔法を繋いだ。今はどこに向かっている?』
『うわっ、えっと。これって頭の中で念じるだけでいいんだっけ? ――今は面接を受けるために衛兵詰所というところに向かっている。このままついていって大丈夫か?』
『取り敢えずはそのまま。大人しくしていろ。また後で指示をするから、一旦切るぞ』
『りょうか――』
メイアは返事を待たずに通信を切った。恨めしげなレイの顔が目に見えるようであったが特に気にしなかった。
「ルシエ、そろそろ準備をしておけ」
「はい、メイア様」
促され、ルシエは馬車を降りて通りに立った。つ、と片手を上げて辻馬車を呼ぶような仕草をしたが、通りには今降りてきた以外に馬車の姿はない。
次の瞬間、ルシエは突然走ってきた一人の男に突き飛ばされてしまう。
「誰かーーーーっ‼︎ ひったくりですーーーーっ‼︎」
転んだままルシエは王都中に響くような声を上げた。
男はその声に慌てることもなく走り去っていく。
そう、狂言である。
男は先程ルシエが雇ったその道のプロであった。
『レイ、そっちの様子はどうだ?』
メイアが通信魔法を繋ぐと慌てたようなレイの声が脳内に直接響く。
『すごい悲鳴が聞こえたんだがっ? あれ、ルシエさんだろ、大丈夫なのか?』
『ええい、狂言だから気にするな! それより衛兵は?』
『ああ、今詰所にいるんだが、ここまで連れてきてくれた人は悲鳴を聞いて飛んでいってしまった』
『他に衛兵の姿は見えるか?』
『いや、いない。衛兵の仕事は基本的に一人回しだと言っていた』
期待していた返事にメイアはガッツポーズを作った。
『よし、計算通りだ! 今からお前は詰所を出て、わたしが言う通りに魔王城内部に入り込め!』
『結構な力技だなっ⁉︎』
『早くしろっ。こっちもできるだけ時間は稼ぐが、いつまで衛兵を引きつけていられるかわからん』
『あー、もう! わかったよ。ちゃんとナビしてくれよ?』
『任せろ、魔王城はわたしの庭だ』
そして一人魔王城に送り込まれた、勇者に憧れる哀れな男・レイである。
彼は元魔王御用達であった抜け道、裏道を駆使して誰にも見つかることなく魔王城の内部を駆け上がっていた。
最初こそなんでこんなことを、と心中穏やかでなかったが、単身魔王城に乗り込んでいるという、なかなかに勇者的シチュエーションに今では満更でもない気分であった。単純な男である。
『で、これは結局どこを目指しているんだ?』
頭の中でメイアに問いかける。
『まずは魔王の間だ。中に誰かいるか、いないなら中に入って確認してもらいたいことがある』
『えっ』
魔王の間、という不穏な響きの言葉に、大股で動いていたレイの足は萎縮する。
『まじ? 魔王がいたらヤバくないか?』
『いや、それを確認しに潜入してるんだろうが。……もしやビビってるのか?』
『ままままままさかな』
『……まぁ取り敢えずわたしの言う通りに動けば誰かに見つかる危険性は低い。魔王の間への裏ルートも恐らくわたししか知らないはずだ。だから安心しろ――次の角を左に、そうしたら左手の壁の三つ目の壁龕、そこを手前に引くと隠し通路だ』
レイは言われた通りに壁龕を探り、取手になりそうな部分を引っ張った。すると、人一人がやっと通れるくらいの空間が出現する。少し奥に進むと階段で上っていく造りになっているのがわかった。奥の方には明かりもなく、真っ暗である。
『はぁ、こんなコソコソと魔王城を攻略した勇者なんて今までいなかったろうな……』
『そうだな。良かったじゃないか、お前が先駆者だぞ』
冷静に考えると道案内が元魔王という時点でもうわけがわからない。なのでレイは極力何も考えずに隠し通路を進んでいった。
長いようにも短いようにも感じられた隠し通路は、唐突に頭を襲った硬質の痛みにより終わりを告げた。
『頭ぶつけた』
『通路の終わりだな。右手側の壁を探ってみろ。窪みがあるからそこを取手にしてスライドさせるんだ』
そうして暗闇の中なんとか窪みを探し当て、少しずつ力を込める。音を立てないよう徐々に動かし、ついに片目で外を覗ける程度の隙間が出現した。
外を窺うが、見えるのは書棚のようなものの下段ら辺で、どうやらかなり低い位置に通路の出入り口はあるらしい。
『どうだ、何か見えたり聞こえたりするか?』
しばらく目を凝らすが動くものは何もない。次に耳を押し当て全神経を集中させてみるも、何も聞こえない。
『いや、どうやら誰もいないっぽいな』
レイが返事をすると、しばらくの間の後メイアが次の指示を出した。
『……それじゃあ、通路から出てみてくれ。慎重にな。そして玉座の背もたれの上部、凝った装飾が施されている部分があるから、そこに赤い宝玉の指輪が嵌っているかどうか確認してくれ』
『玉座に指輪、だな。了解』
冷静に返事をしたものの、正直安全な隠し通路から出るのはかなりの勇気が必要であった。
音を立てないよう、そしてどんな音も聞き逃さないよう、ゆーっくりと通路の出入り口を広げ這い出る。素早く周囲に目を走らせるが、やはり誰もいない。十分に確認すると、レイはようやく全身で魔王の間に立った。
改めて見ると、隠し通路は玉座らしき厳しい石造りの椅子の下部に、その出入り口を構えていた。
『玉座の真下に隠し通路って……あれか、勇者との戦いで逃げる時とかに使うのか』
『いや、それはわたしがお忍びで城を抜け出す時に使っていたものだ。ほら、仕事中に無性に甘いもの食べたくなる時とかあるだろう』
『いや、仕事しろよ……』
呆れたように脳内で会話をしながら、レイは玉座の正面に回る。
見上げると確かにゴテゴテとした装飾があり、その中央には真っ赤に濡れたような妖しい輝きがあった。
『……指輪、あるみたいだぞ』
『本当か! ……やはり魔王の座は空席だったのか。うぅむ……』
考え込んでしまった様子のメイアに、次に何をすればいいか聞こうとしたレイは身を硬くした。微かにだが、レイには聞こえた。それは誰かの足音のようであった。
耳をすますと確かに、遠くから段々とこちらに近づいてきている。
『メイアっ! 誰かっ、こっちに来てる! どうする⁉︎』
『――っ、取り敢えず隠れろ! 通路に戻れ! 急げっ――音は立てずに急げっ』
『簡単に言うなよ、くそっ』
レイはばくばくと跳ね出した心臓の音を感じながら、急いで通路に身を押し込める。そして音を立てないよう、慎重に入り口を塞いでいく。
足音はもう部屋のすぐ外まで迫っていた。
石の擦れる小さな音に顔を歪めながらも、レイはなんとか通路に隠れきった。音だけは拾えるようにほんの数センチの隙間を残して。
それとほぼ同時に部屋の扉が軋んで開く音がした。
コツコツと近づいてくる足音。
レイは体の中で暴れまくる心臓に必死で静まれと念じながら小さく呼吸を繰り返す。
やがて足音は玉座の前で止まった。
「……さて、そろそろ新しい魔王を迎える頃合いですかね」
笑いを堪えるようなその声は、隠し通路で身を縮めるレイの耳にも不気味なほど鮮明に聞こえた。
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