第24話 四章 うちの元魔王が陰謀に巻き込まれてしまったようで困ってます(2)

 朝靄がうっすらと立ち込める街、まだ活気とは程遠いその風景の中を一台の馬車が走り去っていく。

 その車中ではメイアが眉間にしわを寄せて唸っていた。


「うぅぅむ……今の魔王はいったい誰なんだ?」

「まだそのことを言っているのか」


 レイが半ば呆れた顔を向ける。

 メイアはむっとしたように言い返す。


「しかし、それがわからなければお前だって魔王討伐が果たせないのだぞ」

「…………はっ」

「レイさん、もしかして考えてませんでした?」

「そそそ、そんなことはありませんよ?」


 だらだらと冷や汗をかきながらレイは嘯いた。


「……まぁ魔王を特定したところでお前が倒せるとは思えないがな」

「うぉい! じゃあわざわざ言うなよ!」


 抗議の声を上げるレイを無視して、メイアはルシエに向かって言う。


「いつまで経っても戴冠式が行われた様子がないのは気になっていたが、それが『行わない』のではなく『行えない』のだとしたら?」

「と、言いますと?」

「つまり」


 とメイアはにやりと口角を上げる。


「魔王の座は空席のままなのではないか?」

「……しかし、そんなことが」

「可能だ。わたしが退位した時に議会と交わした取り決めを覚えているか。『次期魔王が決まるまで魔王の職務を議会が代行する』というものだ。つまり、魔王の座が空席のままである限り、議会が魔界を掌握できる」

「理屈では可能ですけど……そんなことバレたら議会の信用は地に堕ちますよ?」

「そうだ、そこを突くのだ!」


 メイアは我が意を得たりとばかりにルシエを指差す。


「はぁ」


 人を指差しちゃいけません、とルシエはメイアの手を握りこませると膝の上にそっと置かせた。


「議会の奴らがひた隠しにしている魔王の座の現状をわたしたちで暴き、それを公表する。そうすれば民たちも議会の欺瞞を暴いた公明正大なわたしこそが魔王にふさわしいと、そう思うはずだ。そうしてわたしは魔王の座に返り咲くのだ!」


 一息で言い切ってメイアは鼻息を荒くする。


「魔王城の中にいる内通者を見つけるのが目的だったのでは?」


 ルシエがつっこむと、


「それもまぁついでに」

「ついでですか」


 メイアの中では完全に魔王復権が最優先事項になっていた。


「……メイア様は、本当に魔王に戻りたいのですか?」


 ルシエは何気なくそう問いかける。というよりも、何気なく問いかけたように見せているだけだったかもしれない。彼女の目はとても真摯にメイアを見つめていた。


 メイアはそれまでの笑みを引っ込めてルシエを見つめ返した。


「ああ。随分前にも言ったと思うが、わたしにはまだやり残したことがある」


 それに、とメイアはレイに視線を向ける。ほんの一瞬ではあったが。


「魔王として長い時間を過ごすうちに忘れてしまっていたことを思い出した。今度はそれを忘れずに、もう一度魔王をやり直したいのだ」


 メイアの眼差しはどこまでも真っ直ぐで、ルシエは諦めたように息を吐く。


「そこまで言われたら、私も従わないわけにはいきませんね」

「ごめん、ルシエ」


 ぽつりと呟いたメイアに、ルシエは驚いたような顔を見せる。


「どうしてメイア様が謝るのですか?」

「だってルシエは、わたしが魔王をやめたことを喜んでいたじゃないか。そしてそれは他でもないわたしのためだ。それなのにわたしは今、そんなお前の気持ちを裏切ろうとしている、だから」


 ごめん、とメイアは再び吐息と共にその言葉を吐き出した。


 ルシエは知らなかった。メイアがそのことに気づいているなど。知られないようにしていたはずだった。それなのに。


「……メイア様には、お見通しだったのですね」

「当たり前だ。どれだけ長い間一緒にいたと思っている。お前がいつだってわたしのことを一番に考えていてくれることなど、とっくにわかっているのだ」


 メイアの口調はいつになく優しげで、ルシエは油断したら勝手に零れてしまいそうな涙をぐっとしまい込んだ。そして誤魔化すように笑う。


「私だって、メイア様のことなんてお見通しなんですからねっ。一度決めたことは私が何を言ったって曲げようとしないことは」

「だから、先に謝ったんだ」


 メイアも少しバツが悪そうに笑った。

 それまで無言で二人のやり取りを眺めていたレイも、ふっ、と頬を緩める。


「話もまとまったみたいだし、後は王都に急ぐだけだな!」


 意気揚々と言い放ったレイの足を、メイアは無言で踏みつけた。


「――痛ったっ! えっなに⁉︎」

「お前が仕切るな、この無賃乗車野郎」

「言い草ひどくないか⁉︎ ねぇルシエさん!」

「まぁでも事実ですし」

「うわあぁぁぁぁぁぁぁ」


 こうして目的を新たにした一行は、かしましく王都への道を辿る。

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