第23話 四章 うちの元魔王が陰謀に巻き込まれてしまったようで困ってます(1)
砂漠越え二日目。
容赦なく照りつける太陽が中天に上る頃、陽炎のようにぼんやりとしているが、遠くの方に街らしきものが見えた。
「おいっ、あれ街じゃないか?」
レイはがたっと身を乗り出す。
「そうですね。恐らく日が暮れる前には到着できるでしょう」
「良かったー! これでようやく不毛な砂漠からはおさらばだ!」
「不毛じゃなければ砂漠とは呼ばんだろうが……」
メイアが水を差すも、歓喜に震えるレイの耳には届いていないようであった。
「砂漠を抜けたら、明日には外壁街、明後日には内壁街、その翌日には王都に着きますね」
「……考えてみたら、この前隠居したばかりなのにもう王都に舞い戻るのかぁ」
「なんだ、気が乗らないのか?」
物憂げなメイアにレイが尋ねる。
「そういうわけではないが…………まぁ複雑なんだ」
「ふーーん? あ、そういえば前に国民投票によって魔王の座を降りた、と言っていたな。やっぱり国民からも嫌われているのか?」
「おい、『やっぱり』と『も』ってなんだ? お前もしかしてわたしのことが嫌いなのか?」
「逆に好かれていると思ってたのか?」
「――メイア様はとても立派な魔王でした。民たちだってそれはわかっていたはずです」
言い合う二人に、ルシエはやや強引に割って入る。
「実を言うと、私はあの投票結果を疑わしく思っているのです。開票は非公開で議会の手によって行われましたからね。やろうと思えば結果の改ざんもできたはずです」
「ルシエ……お前、そんなこと一言も言ってなかったじゃないか」
表情を強張らせて言い募るルシエに、メイアは戸惑いの目を向ける。
「だって……そんなこと言ったらきっと、メイア様は議会と徹底抗戦したはずです」
「当たり前だろうが! 仮にそんな不正があったとしたら許せないだろう!」
「だから言えなかったんですっ。あの頃のメイア様は長引く戦争の対応に追われ、疲れ切っていました。それに魔王と議会、魔界の二大権力がぶつかり合うなんて事態、この戦争中にあってはならないと思ったのです」
「――っ、言いたいことはわかるが……」
それでも納得はできない、というようにメイアは腕組みをして深く座席に沈み込んだ。
ルシエも気を落としたように俯いてしまっている。
突如気まずさが支配した車中で、レイは一人あたふたとした。
(ど、どうしよう……この気まずさを払拭するには……。――よしっ)
レイは寝たふりをしてやり過ごすことにした。何事においても弱腰な男であった。
ルシエの予想通り、午後も大分まわった頃には一面砂地であった風景に彩りが増えてきた。そしてまもなく馬車は舗装された街道に入り、人通りの多い四つ辻に程近い馬車留めに停車した。
「レイさん、起きて下さい。着きましたよ」
「……んにゃっ?」
寝たふりのつもりがいつの間にか眠りこけていたレイを、ルシエが揺さぶり起こす。
「街に着いたので、一緒に買い出しに行ってもらいたいんです」
寝ぼけた声を出していたレイはそれを聞くとキリリ、と覚醒する。
「もちろん、お供します!」
「良かった! それじゃお願いしますね」
数分後、四つ辻には呆然と立ち尽くすレイと、それを白けきった目で見ているメイアがいた。
「……一緒に買い出しに行くって?」
「わたしと一緒に、ということだな」
「そんな……詐欺じゃん……」
「お前の早とちりだろうが。ルシエは宿を探してくれているんだから文句を言うな」
さっさと行くぞ、とメイアは先に立って歩き出す。
日暮れ前の街の人通りは多く、小柄なメイアを見失わないようにレイは急いで追いかけた。
「何を買うんだ?」
「買うものはルシエからもらったメモに書いてある。何も考えず、そこに書いてある通りに買うだけの簡単なお仕事だ」
「なんでちょっと胡散臭い言い方するんだよ」
「別に他意はない」
もはやお決まりになった軽口を叩きながら、メイアとレイは人混みの中を歩く。
やはりこの街も活気があって平和そうに見える、とメイアは思った。
そんなことを思いながら歩いていたから、ふいに聞こえてきた物騒な話にどきりとした。
出所は通りに面したレストランのテラス席で食事をしている人たちであった。メイアはその話に耳を澄ます。
「――なんでも、西の国境線が破られたらしい。勇者一人で戦局を変えちまったって話だ」
「それじゃあ、人間の軍が魔界に入ってきてるってこと?」
「ああ、その上勇者は単独で魔王城を目指してるって話だ」
「……ねえ、それ誰から聞いた話?」
「ソースは俺」
「眉唾かよぉ」
それっきり会話は別の話題へと移っていったので、メイアも落としていた歩調を戻した。
「どうした、メイア?」
いつの間にか先を歩いていたことに気付いたレイが不思議そうに振り返る。
「いや……それより戦争について話している奴はいるか? 今さっき物騒な話を耳にしてな」
「んー、俺は何も。気になるんなら買い物ついでに店の人にでも聞いてみればいいんじゃないか?」
レイの提案に乗り、二人は買い出しのついでに情報収集を行った。その結果、西の国境線が破られた、というのはどうやら本当らしいとわかった。話の大元は現地への物資の輸送に関わっていた商人が軍から得た情報だということで、信憑性は十分にあった。
「うぅむ……」
レイに持たせた荷物の山から果物を一つ取って齧りながら、メイアは唸る。
「あ、こらっ! 明日からの分の食料なんだから食うなよ!」
レイの注意も知らんぷりで、メイアは齧るのと唸るのをしばらく繰り返した。
そうして先程馬車を停めた辺りに戻ってくると、折よくルシエも宿探しを終え戻ってくるところであった。
「メイア様、ちゃんとお買い物できましたか?」
口を開くやいなや、心配そうに尋ねるルシエ。さながら子どもを初めてのおつかいに送り出した母親――いや、ばあやの面持ちであった。
「買い物くらいできるに決まってるだろう。子どもじゃないんだから」
大変遺憾である、と頬を膨らませるメイア。
「……せっかく買ったものを我慢できずに食べてしまうのは子どもじゃないのか?」
「むぅ、果物の一個くらいでぐちぐちと……むしゃり」
「おい、それ四個目だぞ」
「メイア様ぁ……」
二人から湿った視線を向けられ、メイアは少しバツが悪そうな顔をした。
「そ、そんなことより、ルシエ。どうやら戦争の状況が変わってしまったようだ」
それを聞いてルシエも表情を曇らせる。
「そのようですね。私も不穏な噂を耳にしました」
「そっちもか……これはどうやら急いだ方がよさそうだな」
「……それともう一つ、気になることも」
ルシエはそう言って、ちらり、とメイアを窺う。
「? 何があったのだ?」
「いえ、それが…………今の魔王に対することなのですが」
言い淀むルシエにメイアとレイは首を捻る。
「ふむ、戦況が芳しくないことへの不満か? 魔王は何をやっているのか、と」
取り敢えず思いついたことを口にしたようなレイの言葉にルシエはかぶりを振った。
「そうではなく。……『今の魔王はいったい誰なんだ?』と」
今度こそ本当にわけがわからない、といったふうにメイアは首を傾げた。
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