第22話 炉端談話・1

 日が沈み、代わりに降りてきた闇が、砂の地平線と空の境界を曖昧にぼやかす。


 メイアたちは岩陰に馬車を停め、そこを野営地とした。


 砂漠の夜は冷え込む。

 ルシエが宿場町で買い込んでおいた薪で簡易な炉を作り、そこにメイアが火を入れた。

 その火で、ルシエは料理を作り、メイアは暖をとる。


「……ふんっ、……ふんっ」


 レイはなぜか少し離れたところで寒さに打ち震えながら剣の素振りをしていた。


「……メイア様、彼はなぜ素振りを?」

「ああ、わたしが言ったんだ」


 火に手をかざしながらメイアはこともなげに言う。


「今日の己の弱さを反省するために素振り千回でもしていろ、と。そしたら奴は、なんてもっともなお言葉だろう、と感涙にむせび、言いつけ通りに素振りをしているというわけだ」

「嘘おっしゃい。どうせまた意地悪を言ったんでしょう」


 ルシエがぴしりと言うと、「まぁ嘘だな」とメイアは悪びれたふうもなくけろりとしている。


「素振りしないのなら飯抜きだと言ってやったのだ。それ以降奴は脇目も振らずに剣を振り続けている」

「はぁ、ご飯もうできちゃいますよ。一緒に食べてもらわないと冷めちゃうじゃないですか」

「それもそうだな。おーーい、ご飯ができたからもう素振りやめていいぞー」


 あっさりと前言撤回するメイアにレイは呆然とした顔を向けた。


「まだ千回終わってないんだが」

「構わん。というか本当にやるとは思ってなかったしな」

「はあぁぁぁあ――⁉︎」

「まぁまぁレイさん。ご飯食べましょう?」


 鼻息荒く詰め寄ってきたレイの鼻先に、美味しそうな湯気の立つ椀が差し出される。


「あ、これはどうも。ルシエさんが作ったんですか?」

「はいっ。外でする料理には慣れていないのですが、(メイア様に)美味しいものを食べて頂きたいので頑張っちゃいましたっ」

「すごく美味しそうです!」


 可愛らしく両手で拳を作ってみせるルシエにレイは相好を崩す。


「……ルシエも罪な女だ」


 メイアは二人の一見微笑ましいやりとりを眺め嘆息した。


 そして三人は火を囲んで、手近な岩に腰掛けて夕食をとった。



***



「メイア様、お茶をお淹れしましたよ」

「ああ…………ん? もしやとは思うがルシエ、お前ティーセットまで持参していたのか……やけに荷物が多かったわけだ」

「もちろんです。お茶を淹れるのは私の生きがいですもの」

「趣味からランクアップしている……!」

「ふふ、――あ、レイさんにも。どうぞ」

「ああ、ありがとう。すごく美味しそうです」

「……お前さっきからルシエに対して『美味しそうです』しか言ってないな。芸のない男はモテないぞ」

「あら、私は嬉しいですけどね」

「嬉しいってさ」

「ニヤニヤするな。気持ち悪い」

「ひどいっ」

「お二人とも、温かいうちに召し上がってくださいね」

「……ん」

「……ずず」

「……こくり」

「……ねぇ、レイさん。聞いてもよろしいでしょうか」

「なんでしょう? ――はっ、恋人ならいません! 幼馴染? あいつとは腐れ縁で全然そんな関係じゃ――」

「聞かれてもいないことをベラベラと喋るな、鬱陶しい!」

「はい、そのようなことが聞きたいわけではありません」

「……真顔で言われるとショックです」

「ごめんなさい……ですが私が聞きたかったのは、勇者ではないレイさんがなぜ勇者を名乗り、魔王を討伐しようとしていたのか、ということなのです」

「…………勇者に憧れているからではないのか?」

「うーーん、それはそうなんだが――魔王討伐に乗り出した経緯を語るには、俺が勇者に憧れている理由、そして勇者にならなければならない理由から話さなければならないんだ。きっと長い話になる」

「わたしは構わないぞ。つまらなかったら寝るからな」

「いやちょっとは構えよ」

「質問したのは私ですから、私がちゃんと聞きますよ」

「ルシエさん……!」

「おーい早く話せー」

「んん……まぁいいか。そうだな、実は俺の家系は代々最も勇者を輩出してきた由緒ある家柄でな」

「ぐごー」

「冒頭から面白くないとダメか⁉︎」

「まあまあ。続けてくださいな」

「はぁ、じゃあ続けますが……。それで、代々勇者の家系でして。俺の祖父も、父も名高い勇者だったのです。そしてその次の世代の勇者には俺――ではなく、俺の兄がなると思われていました」

「お兄様がいらしたのですね」

「はい。俺は、もうおわかりのように勇者になれるような才能もないポンコツですが、兄は勇者になるべくして生まれてきたかのような人物でした。勉学に秀で、剣の才もあり、誰にでも分け隔てなく優しく接する。曲がった事が大嫌いで、それを正す力を持っている、そんな人物でした」

「…………でした、というのは」

「……はい、御察しの通りです」

「それは……心中お察しします」

「はい……新しい自分を探す、と海を渡っていってしまった兄のことを思うと胸が締め付けられます」

「あれ、ちょっと察したのと違ってました。てっきりお亡くなりになったのかと……」

「いえっ…………あぁ、でも確かに。あの頃の兄はどこにもいないという意味では、死んでしまったと言えるのかもしれません」

「何があったのか聞いても?」

「構いません。むしろルシエさんには聞いてもらいたい」

「はぁ」

「……兄は、勇者になる前に、その道を閉ざされたのです。ルシエさんもご存知のあの勇者に」

「メイア様を狙ってきたあの男ですね」

「そうです。あの男の家系も勇者輩出率第二位を誇る名門なのですが」

「勇者輩出率とかあるんですね……」

「ええ。今の世代では俺の兄と、奴のどちらかが勇者になると思われていました。ですが、全ての面で奴は俺の兄に一歩及ばなかった。奴もそれをわかっていました。そこで奴は兄を蹴落とすことを選んだのです」

「蹴落とすとは……?」

「奴のせいで、兄は二度と剣を持つことのできない体になってしまった。奴は剣の稽古中に事故に見せかけて兄の腕に深い傷を負わせたのです。剣を持つことは勇者の生命線。それを失った兄はもはや勇者にはなれなかった」

「なんてこと……」

「最初は俺も不幸な事故だと思おうとした。けれど、俺が奴とその密偵の会話を盗み聞きした時、奴は自分の口から兄の件は事故ではなく故意だったと言っていたのです」

「……お辛かったでしょう」

「確かにショックでした。けれどそれよりも俺が思ったことは、兄のためにも、真実を知った俺があいつを正してやらなければということでした」

「大変な覚悟があったのですね……そうとは知らずに失礼なことを随分言ってしまいました。申し訳ございません」

「いえいえ、そんなっ。ルシエさんはだいぶ優しくしてくれていましたよ。ひどかったのはメイアの方です」

「――っふが」

「いびきなんかかいて、メイア様ったら」

「ははっ……それで、奴を正そうとは思ったものの、今の俺ではそれは叶わなかった。結局俺が盗み聞きしたというだけで確たる証拠はなし、そうなれば現勇者である奴の言い分がまかり通るのは明白。だから俺は魔王討伐の功を挙げることによって勇者の座を手にしようと考えたのです」

「…………」

「――あー、なんか色々偉そうなことも言いいましたが、実際にあいつを目の前にした時はビビっちゃって何もできなかったんですけどねっ。いやぁ情けないな」

「そんなこと、ありませんよ。レイさんのその気持ちはきっと、天国のお兄様にも届いていますっ」

「いや死んでないです」

「あっ、ごめんなさい。でもきっと海の向こうにも届いていますっ」

「……はは、ありがとうございますっ。長々と重たい話をしちゃいましたけど、ルシエさんが聞いてくれてなんだか心が軽くなりました」

「いえ、今の私たちは共に旅をする仲間です。遠慮なんてしないでくださいね」

「……――っ」

「? どうしました?」

「――っ、ルシエさんっ、その、良かったら俺とっ――!」

「ふわーあ。あ、長話は終わったか?」

「つ――! つうか、お前起きてたのかっ!」

「まったくメイア様ったら。寝たふりなんてして」

「いや、寝たかったんだけどレイの声がうるさくて」

「悪かったなっ!」

「まぁまぁ。――それじゃあもう夜も大分更けてきましたし、寝ましょうか」

「そうだな。ようやく静かに眠れる」

「…………はぁ、それじゃあ、お休みなさい」

「レイさんはお疲れでしょうから、ゆっくり休んでくださいね」

「はいっ、それはもうぐっすりと寝ます!」

「明日こそは一個くらいいいところを見せろよー」

「ちっ、うるさいな」

「なんだこの反応の落差は」

「はいはい、メイア様も寝ましょうね。子守唄いります?」

「いや、子どもじゃないんだからいらないに決まってるだろうが……」

「はい、じゃあお休みなさい」

「……お休み」

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