第19話 三章 元魔王の仲間にしてもらったけど扱いがひど過ぎて困っている(1)

「吐け。さあ吐くんだ。洗いざらい、全部!」


 メイアは対面に座っている自称勇者――レイに凄む。


「……嫌だ…………俺は、絶っっ対に吐かないぞ」


 息も絶え絶えに抗うレイ。


「ええい、強情な奴め。さっさと吐いてしまえば楽になるものを!」

「お前の言いなりになんかならないぞぅぅぅ……」


 レイは馬車の座席に座って悶絶していた。

 拷問――ではなく、普通に乗り物酔いであった。


「いや、もういいから。吐けって。目の前でそんなんやられていたら、わたしまで気分悪くなるだろうが」

「嫌だ……これ以上俺のイメージを悪くしてたまるかあぁぁぅぷ」

「安心しろ。どん底っていうのはそれ以上悪くなりようがないっていうことだ」

「今俺どん底なの⁉︎ ……っぷ」


 レイはかぱり、と急いで口を覆った。


「はぁ……ルシエ、一旦馬車を止めるよう頼んでくれ」

「はい、メイア様」


 ルシエは御者台の後ろ側の窓を開け、一時停止の旨を伝える。

 馬車は丘陵地を抜ける道の一隅で停止した。


「おい降りろバカ」

「あっ、蹴るな、出ちゃうだろぅぇ」

「こちらに袋がございますのでお使いに――あっ」

「もう手遅れだ」


 レイは大地に祈りを捧げるように跪いていた。


「まさか三半規管まで脆弱だとは」


 やれやれ、とメイアは肩をすくめる。


「逆に強いところってあるんですかね?」

「風当たりが強い、とかかな」

「まあ、可哀想に」

「勝手に人の境遇を想像して哀れまんでいい!」


 レイはふらふらと立ち上がる。ルシエがハンカチを差し出そうとすると、「あぁ、大丈夫。自分のを持っているから」とポケットから綺麗にアイロンの当てられたハンカチを取り出し、口許を拭う。


 メイアはそれを見ながらうっそりとした顔をする。


「言っておくが、自分のものは自分で洗濯するんだぞ」


 ぎくり、と身を強張らせるレイ。


「あ、当たり前だろう! 俺だって洗濯くらいできるさ!」

「嘘つけ。お前のパーティーのステータス、生活力に全振りしてたじゃないか。そのパーティーに見捨てられてソロとなった今、お前は戦闘だけでなく日常生活すらままならない駄人間だろう?」

「な、駄人間などではない!」

「そうか、人間であることすら捨てたか」

「そこは上方修正しろよ!」


 そう、レイは単身メイアとルシエの旅に同行していた。


「まったく、俺は別に見捨てられたわけじゃない。俺の方から帰したんだ。魔界を横断するなんて危険な旅、あいつらは足手まといになるからな」

「お前が言うなっ」


 ふっ、とアンニュイに空を仰ぐレイの頭を、メイアはべしり、とはたく。


「働いている二人は有給がもうなくなるところだったし、幼馴染はなんか彼氏が心配するーとか言ってたからしようがなかったんだ」


 メイアは遠くを見つめるレイに呆れたような視線を送る。


「よくそんな片手間に魔王討伐をしようと思ったな」

「やっぱり魔王を倒す勇者、というのは誰もが一度は夢見るものだからな!」

「現実はただの夢見がちな無職だが」

「無職とか言うな! これは充電期間だ!」

「一生充電していろ。そして過充電でダメになれ。すまん、もうダメだったな」

「悪口が過ぎるぞ⁉︎ 俺だって頑張って生きてるんだ!」

「もっとがんばりましょう」

「子ども扱いするな!」

「んっ、んー」

「どうした、ルシエ?」


 わざとらしく咳払いをする侍女を振り返って、メイアは尋ねる。


「楽しくおしゃべりされるのもいいのですが、一度しっかり今後の方針について話しておきませんか?」

「それもそうだな。あと全然楽しくなかった」

「俺だって楽しいわけないだろ!」

「……ほんと、気が合いますこと」


 ルシエは子どもを見るような生温い眼差しを二人に向けた。




「念のためもう一度、駄人間(無職)の情報を整理しよう」

「もう普通に呼んで?」

「善処しよう」


 三人はめいめい草地に腰を下ろした。


「では、僭越ながら。レイさんのお話では、『魔王が魔界の南端に潜伏している』という情報を勇者(大型免許)が掴んだ。情報源は勇者が王都に派遣していた密偵。その密偵によると、『確かな筋からの情報』である、と。つまり、魔王城のお膝元である王都に人間側と通じている者がいる」


 ルシエは手早く既出の情報をまとめる。


「……というか、さっき聞きそびれたのだが、お前はこの情報をどこで手に入れたのだ。密偵だの、内通者だの、明らかに極秘事項だろ」


 メイアの鋭い視線をレイは華麗に受け流した。


「おい、こっちを見ろ」

「わかったから暴力反対」


 胸倉を掴まれては流しきれなかった。


「なんのことはない。勇者と件の密偵が話しているところを偶然聞いてしまったのだ」


 レイは服の襟を正しながらなんでもないことのように言う。


「そんな物騒な話を偶然聞くなんてあるのか?」


 疑わしそうな目で追求するメイアにもレイは動じない。


「あぁ、まったくの偶然だ。偶然街で勇者を見かけて、偶然行き先が一緒で、偶然奴の目的地に良さそうな物陰があったから息を潜めて休憩していたら、偶然奴と密偵の会話が漏れ聞こえてしまったんだ」

「思いっきり尾行してるじゃないかっ」


 メイアは何食わぬ顔のレイに手刀を食らわせる。


「どこの世界に偶然物陰で息を潜める人間がいるのだっ」

「勇者を志す人間の所行とは思えませんね」


 ルシエもレイに非難の視線を注いでいる。


「何を言う! 勇者を志すからこそ、どうやったら勇者を出し抜いて手柄を立てることができるかを常に考えているんじゃないか!」


 レイは憤慨する。


「その努力を正規の手順で勇者を目指すのに向ければいいのでは……」

「どこで歪んでしまったのだろうな」


 メイアとルシエはしみじみとレイの来し方を嘆いた。


「今気にするところはそこじゃないだろ! とにかく情報とその出どころは確かだとわかったはずだ」

「それはお前が信用できるという前提の話だろう」

「そこを否定されたらもう一歩も進めないよ!」

「じゃあお前はここに置いていく」

「――話を進めますね。そもそもメイア様が南の地で隠居するということを知っていたのは魔王城の中でも一握りです。それも極秘事項であったため城下の者が知ることはまず不可能だったでしょう」


 メイアとレイの下らないやり取りを横目に、ルシエは粛々と場を仕切る。


「つまり、人間側に情報を流した内通者は、魔王城の中枢に潜んでいるということだな」

「…………、えぇ、そうですよぅ」


 結論の美味しいところをメイアにドヤ顔で持っていかれたルシエはふくれっ面だ。


「それでその内通者を突き止めるために王都に向かってるんですよねっ」

「……何を怒っているのだ、ルシエ?」

「なんでもありませんよーだ」


 ぷぷーい、と拗ねるルシエ。メイアは首を捻っていたが、まぁいいか、というように立ち上がる。


「まぁ取り敢えず王都に行ってみないことには始まらないし、そろそろ出発するか」

「レイさん、お加減はどうですか?」

「あぁ、まあなんとか……」

「お前は休んでてもいいぞ…………一生な」

「おい最後の一言!」

「はいはい、元気そうなので行きましょ」


 ぱんぱん、とルシエが手を叩いて二人を急き立てる。さながら二児の母――いや、ばあやであった。


 そしてメイア一行は一路、王都を目指して馬車に乗り込むのであった――


「あっ、やっぱ無理! 匂いがっ……馬の匂いと揺れがぁぁぁぅぷ」

「…………やっぱりこいつ邪魔だなぁ」


 レイの悲鳴とメイアのぼやきを乗せて、馬車はガタゴトと不器用に揺れながら走っていった。

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