第18話 回想・2
「お父様、いる?」
メイアがぴょこり、と魔王の間を覗き込むと、父は「ふがっ」と枕にしていた腕から顔を上げた。
「もうっお父様、また仕事してそのまま眠ってしまったのね。ちゃんと休まないとダメじゃない」
メイアは父親の仕事机へ近づいていき、乱れた書類や本を整える。
「うーんっ、忙しいとつい、ね」
父は大きく伸びをすると、涙の浮かんだ目をメイアに向ける。
「それにしてもメイア、君はだんだんとお母さんに似てくるね」
優しげな微笑みを向けられメイアは髪の毛をいじる。
「そうかしら」
「うん、世話焼きなところなんかそっくりだ」
メイアは呆れたように息を吐いた。
「それはお父様がだらしないからでしょ? お父様がもっとちゃんとしてくれれば、わたしが毎日過労死していないかの確認に来なくても済むのよ?」
「ううむ、メイアが来てくれなくなるのは寂しいから、当面の間はだらしないままでいることにするよ」
「もぅ、お父様ったら!」
メイアが腰に手を当て怒ったポーズを取ると、父も済まなそうに謝る。
「ごめんごめん。メイアが可愛いからついからかってしまうんだ」
「もぉいいわっ」
照れ隠しのためか、メイアは机の上のものをせっせと片付ける。
「ねぇお父様、今はどんな仕事をしているの?」
メイアは書類の束をたんたんっ、と机に当てて端をそろえながら訊いた。
「うん? 最近はね、南の方の手つかずの土地の開墾事業に乗り出しているよ」
「……それって魔王の仕事なの?」
少し顔をしかめてメイアは言う。
父は自分が魔王にしては穏健派であると思われていることを知っていた。
そしてそれが必ずしも良く思われてはいないことも。
年頃のメイアがそういったことに敏感になるのも不思議ではないな、と呑気に時の流れの速さなども感じていた。
「メイアはどんなことが魔王の仕事だと思うんだい?」
「そりゃあ、一番は人間界との戦争に勝つことじゃない? 勇者を倒したりして」
身を乗り出すように言うメイアを父はにこにこと見つめる。
「ははは、メイアは勇ましいな。やっぱりお母さん似だ」
「……そうやってすぐ子ども扱いする」
メイアは不満げに頬をぷくーっとさせる。
「いやいや、そういうわけじゃないよ。ただ僕は弱っちいから、戦争とか勇者とかには気後れしてしまうんだよ」
「パパは弱くなんてないわ――」
メイアは不機嫌そうに言ってから、父を幼い時の呼び方をしてしまったことに気づいて顔を赤くした。
「――久し振りのパパは格別だなぁ」
しみじみとする父をメイアはばしばしと叩く。
「まあ冗談はおいといて――僕はね、魔王の仕事は魔界を平和に導くことだと思っているんだ」
「……勇者を倒せば平和になるんじゃないの?」
不可解だとでも言いたげなメイアに、父は苦笑した。
「一時的にはね。けれど勇者を倒してもまた次の勇者が生まれるだろう? 魔王も同じ。そんなことを繰り返していたらいつまで経っても平和になんてならないと思わないかい?」
「戦いに勝ち続ければ平和よ!」
メイアは自信満々に言う。
「いや、勇ましいな……そうじゃなくて、僕は戦いがなくなることが平和だと思っているんだよ」
「ふーーん……なくなるの?」
「やっ、それはこれから頑張って」
慌てる父に、メイアはふふ、と笑う。
「わかってるわ、お父様が頑張っていることなんて。それに戦いのない世界だなんて、お父様らしい」
部屋の中で楽しげにステップを踏むメイア。
「それはどういう意味だい?」
「それはきっと、素敵な世界なんでしょうね」
わたしも、そんな世界の方がきっと好きだわ。
メイアは歌うように口ずさんだ。
「……驚いたな、メイアがそんなことを言うなんて」
「もうっ、人を手のつけられない乱暴者みたいに言わないでよ! わたしだって、誰かとケンカしているよりも、仲良くしていたい、って思うわ」
そう言ってメイアは微笑んだ。
純粋で優しい笑顔だった。
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